第二十八話 愛故

魂と肉体は、対である。


人間の内面が色鮮やかに多種多様なのは、つまり魂にも形があるからなのだと思う。

個人の特質性や心情の働き方。

衝動や性癖。他の人間との相性など。


魂が自由自在に形を変えることで、人は自分だけの新たなエネルギーを生んでいく。

つまり、自分が自分であるために必要な力の源とも言える。



「これを理解して極めれば、僕らは思った以上の力を発揮することができます」


我々が大昔から編んできた「式」という名の魔術。



それらは、現在では計算の式に酷似した形で継承された。

今思えば、この魔術達は「魂から生まれたエネルギーをどう変換できるか」というものを纏めた物だったのだ。


「基礎的ですが、定義をはっきりさせると、話が入って来やすいですから」


屍人式、念力式、人形式、呪禁式…。

先祖代々受け継がれているものもあれば、その血を引く一族しか使えない式だってある。

つまりは、それほど魂の力は強大で、未知数。


だから、神をも生み出したのだ。


「信仰のみで存在できるそれは、もはや僕らの手の及ばない高次の存在になってしまったかもしれない。でも、存在しているのだから、干渉はできる」


「…桜子さんも一度は会ったことがあると思いますよね?悪さをする神様という意味で、平安からこの世に姿をあらわし始めた「触り神」。

争いや諍い、災害から各地で神様信仰が生まれ、そして廃れたことにより、依り代を無くした哀れな存在です」


「…ちなみに、妖怪との違いは、祀られていること。たったそれだけ」


「そう考えれば、名前をつけて区別するのがおこがましいほど、私達が畏怖してきた存在同士は繋がっている」



…未知数すぎる魂の使い道。それを理解するだけで、きっと神は…、手の届く所まで来てくれる。


僕らは、彼らの生みの親なのだから。

















「サクタはよく寝る子ですね」

「生まれたばっかりなのに、もう君と顔が似ているのが分かるな」


出産を終え、一ヶ月が経っただろうか。

結婚式の前撮りを終わらせ、桜をみながらホッとする日が増えた。

よく散っているし、そろそろ鮮やかな葉っぱも生えてくるだろう。

鳥だって春のあったかさに腑抜けているけど、そろそろ痩せてどこかへ飛んでいってしまうのだ。

あぁ。はやく夏になってほしい。


夏祭りに行きたいんだ。彼女とサクタと一緒に。



「ねぇ、聞いて」

「なになに」

「ほらあなた、屍人式の解明の最中に教えてくれたでしょ?あれは屍人をつくる式でもあるけど、式中に制限を重ねに重ねた上での、擬似的な不変をつくるものでもあるって」

「そういえば言ったね。…でも、それがどうしたの?」 



「やっとだけど、私あの仮説を元にループ部屋をつくったの。話だけはあなたにもしていたでしょ?過去と繋がる仕組みにしたいって」


僕は呆気にとられて、口をぽかーんと開けてしまった。

なんだ急に。そんな、あんなのただの軽口かと。


「この間ね、雪さんっていう鯨崎家の当主さんと会ったの。予言を教えたいっていうことで」

「げっ、雪さんか…。あのぶっとびオジサン…。予言なんて出来っこないのに」

「ホント変わり者だけど、その日は真剣だったわ」


カレンダーを僕に見せる。

1993年3月1日。昨日の日付だ。そこに走り書きで「2014728」と書いてある。


「2014年7月28日よ。その日に繋げろって、彼が教えてくれたの。信用は出来なかったけど、繋がる保証もなかったし…、試してみちゃったわ」


息をのんで、頷く。

すると、彼女はサクタの手をとって言った。



「居たのは、成長していたこの子。そして、恐らくこの子が使役しているだろう屍人の男の子よ」


僕は思わず口をあんぐり開けて、呆然としてしまう。


「この子の仲間らしい子達も居たけど、ちゃんと繋がれたのは「妖怪」のような見た目をした人間達だけだった」

「…!?どっ、どういう」


俺がひどく動揺していると、サクラは少し悲しそうな顔をして、サクタをぎゅっと抱きしめた。

僕は心がざわざわとして、思わず俯いてしまいそうになった。


「そんな姿の彼らを見ていて、思い出した話があったの…。少し前、モノちゃんが教えてくれた昔話なんだけどね。

妖怪が生まれてから数年後、ある神様がきまぐれに妖怪に人間の皮を被せたっていう話…。人間と妖怪同士が仲良くなって、やがて区別すらしなくなったって。平安時代に生まれた穢れた魂が、人間のもとに回帰していく。とっても…平和な昔話よね」


彼女はサクタを寝かせ、ふわふわの頭をよしよしする。

それから、陰った顔で言った。


「…その話「イザナギ伝説」って呼ばれているみたいなの。平安時に生まれた民話らしくて。私、一族から敢えて教えられて無かったって気がついたわ。

無理もない。イザナギは九条家が無理矢理に祀った、古の神様だから…」


恥ずかしい歴史として隠していたかったのか、はたまた…。

考えれば考えるほど、ハテナが増えていく。



「なにも、全部真実なんて言わないわ。けど…、確かに人間が妖怪のようになっていた。

もう私には、なにが真実になっていくかなんて予測できっこない…。それでも確かに、この世は大きく変わるはず。この子と、屍人によって」


ぶわっと、縁側に風が舞い込む。

団子結びの髪が乱れ、彼女はふと縁側に目をやった。

鳥が、仲良さそうにチュンチュンと二匹で鳴いている





「…もう研究はやめよう」

 


僕はそう言った。

口が滑ったわけじゃない。

ずっと、言いそびれていた、僕の本当の言葉。



「…一人の人間が知ることの範疇を、これ以上超えちゃいけないと思うんだ。君の家系上、穏便な気持ちでは居られないだろうけど…。

でも、線引きしよう。

僕、君と長生きしたいと思っているから」



言い終わると、彼女は目をいつもより二倍も大きくして、それから笑った。


嬉しそうに、悲しそうに、寂しそうに笑った。



「…そうね!これからは、この子と貴方と…、陰陽連の皆で楽しく生きてきましょう!それがきっと良いわ。楽しくて良いはずだわ…」


サクタがそれにつられ、きゃっきゃっと笑った。

僕は、不安を押し殺しながら、一緒に頷き合うことしか出来なかった。












   








「…あなたは一体誰なのかしら…。ここは1996年の3月一日よ」

「やっぱりね〜!成功じゃん!私は、鯨崎の当主から呼ばれたんだよ。

雪じぃさん、変人のフリして隠してたけど予知夢見れるって言うからさ。今日の日付と、キミが雪じぃさんと話した日の事、全部教えてもらっちゃった。…まぁ、それも一年前のことだから、本当待ちに待った瞬間って感じだよ」


白銀の髪。

二十代?十代にも見えるくらい、不可解な幼さも感じる。

中性的な声と体型。地に根が張っているかと思うほどの、重心の低さ。

私はそんな彼女に、いまだかつてないほどの鳥肌をたたせながら、正面で対峙している。


ありえないほどの気迫、神聖な出で立ち。

そこに殺伐とした、明瞭な殺意もたしかに感じる。

只者じゃない。



「この空間に私が適応出来た理由、分かる?」

「…この式に順応できるってことは、九条家の血筋?もしくは、九条家の眷属…」

「前半が正解!!私は九条家の分家だ。先祖は屍人を作って追放されたから、屍人使いとしては私が本家になるね」


…いや、おかしい。

追放された屍人使いの先祖は、式を残してすぐに死刑になったと聞いた。

屍人は暗い井戸の底で隔離され、主人の死刑を聞いた屍人は、悲しみ抜いた結果自殺をした。

自殺といっても、自らを呪う式を編み出し、自分を呪い殺すという結末。


「九条家はちゃんと伝承を残すのが偉いところだ。キミも知ってるんじゃない?私達の先祖の不遇な結末」

「知らないわけないわ。でも、全てが真実とは思っていない。仮に貴方が、私達になにかしら恨みを持ってここに来ていたとしても、全てを把握出来ていない私にとって、償いも糞も無いわけなのだけれど」

「そんなそんな!!恨みなんて…。私はただ、分家が存在する事だけ伝えたかったんだ。血の繋がりは、気持ちの悪い呪いだけれど、運命には従ったほうが良いだろう?」


わざとらしく、お互いが猫の皮を被りながら、命を削って喋る。

恨みなんかないと言っているが、言葉の端に、ふつふつと憎悪にまみれたなにかを感じる。


「…聞きたいことがあったんだ。アナタは今、平穏な生活と退屈な生活のどっちに身をやつしていると思う?

神も妖怪も所詮、魂の有象無象と変わらないのに…、人間だけが肉体を持っていることで崇高視されているのは少々、気が悪くならない?退屈でたまらないでしょ」


彼女がぶっきらぼうに、そう問いかけてきた。


それが酷く冷めた瞳で、私は戦慄した。


「…退屈とは思わないわね。確かに人間は愚かにも自分が一番美しいと勘違いしたがる。けど、そう思う私も、そんな人間の一人なんだもの。

愛さざるをえないでしょ…?」

「そうか、キミ…。人間だもんね、ちゃんと」

 

彼女は少し怒ったのか、顔をぐしぐしと手で擦った。

情緒の浮き沈みが激しいのか、はたまた自分が何を思っているのか整理できない様子で顔を伏せた。

数分経って、ようやく重い口を開いた。


「魂が平等なのはフィクションだって、私わかってたはずなんだけど…。

…それでも、少しでいいから…祈りから守られたかったんだ。どうせ捨て子の私に、生まれてこられた価値なんて一欠片も無いけど…」


「あぁ。それでおもったんだよ。そんな私さえ救われないのなら、私は神様なんていらないって。そんな信仰の化身、利用するくらいしか価値がないって」



わからない。

なにもわからないのに。

彼女の、破壊的でもある自分自身への憐憫は、生命への嫉妬や妬みにも近い形をしていた。


そして、彼女の言っていること全て、私の終わりを想起させた。

想起させたのだ。



「…遺書を書いておいたほうが良いよ。神様の気紛れが起こるかもしれないからね」



彼女は好き勝手喋って、私の元を立ち去ろうとした。

どうしようもなく頭の回らない私は、彼女の服の裾を掴んだ。


「あなた、淋しいのね。だから祈りを欲しがるし、価値を羨む」

「…なに?急に」




「あなたの話は墓場まで持っていってあげるって言ってんの。恥ずかしい、子供のような人だって伝えられたくないでしょ?」


彼女は裾を振り払い、再び後ろを向く。

私は大きな声で言った。


「いいこと。九条家に関わるのなら覚悟をしておきなさい。執念深さだけがうちの家系の取り柄よ。

どんな絶望に落とされようと、いつかきっと親しい死が私達を突き動かす」


「ソレが屍人使いというものなんだから」




















1994年9月12。


「ぐぅ、ぐぅうううっ」

「もうっ、頑張らなくて、いいわ…。ありが、とう、リョウタロウ」


どさっ


「…さくら、こ…、ぼくっ…」

「いいから、もういいっ、の…。…わたしは、なにもっ無駄じゃなかったって…信じてます。だからのこっ、す。み、…未来のあの子達に」


「…ねぇ?リョウ、た……ろ」






九条夫妻の遺体が、物部研究員によって発見された。


第二十八話 愛故



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