第五章 雪女・雷鳴・閑話休題

第二十九話 身代わり

陰陽連による緊急会見から二週間後。

騒がしかった日常に、ようやく緩やかな日が差し込み始めた。


僕らは夏休み前の中間テストを返してもらって、一喜一憂。しかし、僕ら三人とも、補修の緑色プリントを貰うことはなかった。

理由として、テスト勉強会を開けちゃったくらいには、騒動の無い平穏な日々を過ごしていたからだ。


「っしゃあ!!数学赤点回避したぜっ」

「俺も!!師匠すげーっす!」

「あんだけ勉強したのに、赤点取るほうがドン引きだよ」

「ぉお〜ん?そういうお前は何点だよっ」

「九十二」

「っあっぷ」


テスト期間が終わったことで、部活動や委員会が活動を再会し始めている。

吹奏楽のチューニングの音や、サッカー部の脚の揃ったランニングの音。どれも懐かしささえ感じてしまうくらいだった。



「結局さぁ。諏訪?とかいう奴の話、よくわかんなかったわ」

「魂がどーたら、神がどーたらのヤツね」



ココ最近、聞き慣れた位には広がっている話題に、僕達はふと足を止める。

あの会見のせいで、ここ一週間はクラスの中がお祭り騒ぎだった。


「俺等には関係ないことだろ。陰陽師の人みたいになにか見えるわけじゃないしさ」

「でも気になるじゃん、これからなにが起こるか。もしかしたら、私達も悪い人たちに妖怪人間にされちゃうかもよ」

「…それこそさ、やっぱ意味わかんねぇ〜よ!あんなこと言われて簡単に信じろって方が無理な話なんだよな」

「やっぱそっか〜。…もし本当ならさ、ちゃんと守ってよね?お兄さん陰陽師やってるんでしょ?」

「兄ちゃんの所属、仙台だよ?ムリムリ」


会話の一部始終に聞き耳をたて、リンとふと目を合わせる。

僕は苦笑いをしたけど、リンは若干困ったような表情をした。

それくらい、事情を分かってる僕達でさえ困惑するような、現実味のない話。


「コウスケ。部活がんばってね」

「うっす!!師匠もサクタさんも、気を付けて帰ってください!」


コウスケが出待ちの女子達に囲まれるのを見届けて、僕達は正門をくぐった。

リンと二人きりになり、よくわからないため息をついて、そこら辺の公園のベンチに腰を掛ける。


「…コウスケ、モテ過ぎだよな」

「無自覚イケメンだもの。しょうがないよ」


小学生のヨーヨー遊びを見ながら、飛んできたシャボン玉を掴む。

ほのかに、手のひらに石鹸の匂いがする。



「……なぁ。本当に行くんだよな?」

「当然。…仮にも僕は祓い屋なわけだし。ハタゾンビにも、これ以上肩身の狭い思いはさせられないでしょ」

「…っでもさ」


カシャン、とヨーヨーが地面に落ちた音。

リンは眉毛をハの字にして、やりきれないように膝を抱えた。


「お前が居なくなるの…、ちょっと怖いよ」

「…まだ先のことだよ。それに、これからなにが起こるか分からないのに、先のことばかり心配してもいられない」

「でもさぁ〜…。…そうなんだけどさぁ」


リンが肩を落とす理由。

それは、来年の2月12日に開催される「祈年祭」で僕がこの街を離れることになるからだ。




「全国の神社で行う祈年祭ですが、今年は取りやめとします!!!」

「「えぇーっ!?」」


会見時、諏訪の口から語られた祈年祭の中止。

それと共に発表された、もう一つのこと。


「特別対象地区隔離宣言」


特別対象地区というのは、山梨・静岡・東京・大阪の四箇所。そこに大規模結界を張り一般人の介入を一切禁じる期間を設けるというのが、今回の主な宣言だ。


表向きでは、「祈年祭の代わりの大規模な神事を行う」という設定。


…裏向きに言えば、祈年祭当日は「近衛から指定された」いわゆる決戦の日だった。いろんなことを含めあんまりにも急な発表すぎて、ガラケーをぶん投げるところだった。


…いつの間に、あの人は近衛と接触したのか…。


「陰陽師と、指定の祓い屋は強制参加。九条家なんて一番参加しなきゃダメなんだよ。因縁怨念バトルがあるだろうから」

「えぇ〜ーー!?だったら俺も連れてけよぉ〜!!ハタだって、半分俺みたいなもんだろぉ〜?」

「ぜんっぜん違うから!!フィジカルからまず違うし!!目が良いだけで後は一般人並みなんだから、裏方に回ってもらうよ」

「んぎーっ!せめて結界内!!さきっちょだけで良いからっ」

「やだな〜その言い方!!!んなもん殺されるに決まってんでしょ。だめだめ」

「わぁ〜〜!!」


リンがそこまで心配してくれるのは正直嬉しい。 

…でも、どれだけ運動しても鍛錬しても、漫画みたいに急に強くなったりしない。

ヤクザみたいな大人には殺されるし、力の及ばない脅威にはみじん切りにされる。

死なない僕でさえ、戦闘不能に陥れられる可能性は十分に考えられるだろう。


「来年のことだし、今はじっくり考えよう。それより僕達は、勉強と近衛対策!!」

「わかった!!!!俺だって式の一つや二つ…」

「式を習得できるのは、祓い屋の資格持ってる人だけ!!!勉強すんのは僕だけねっ」

「ガーンっ」


公園のベンチを飛び跳ねるようにして降りる。

こんな会話も出来なくなる日が来ると思うと、僕は少しだけ胸がチクついた。


青空に渦巻く雲が、僕らに仄暗く影をおとしていくみたいだった。
















「亜蔵さん。只今戻りました」

「ライチ〜!!元気してたかぁ!?」

「いててて。亜蔵さんこそお元気そうでなにより」

「あははは!めんこいめんこい」


亜蔵一門の楽屋の一角。

久しぶりの池袋の演芸場は、壁が塗り直されていて少し落ち着かない。


「ほら、お前の好きな弁当届いてるぞー!食べてけよ」

「いただきます。アグラさんはもう昼は?」 

「食べたけど、やっぱ食い足りないや。一緒にもう一箱食べようかな!」

「とんでもねぇ食欲ですね」


…豪快なこの爺さん。

七十過ぎても現役落語家で、多分体力なら俺よりある。はちゃめちゃに元気で、精神が誰より若い。裏表が一切なくて、動物好きの虫嫌い。

俺のこの世で最も慕う落語家であり、この亜蔵一門の親でもある。


この間の緊急招集に参加できず、俺をあの闇鍋パーティーにぶち込んだのもこの人。

まだ根に持ってるけど、手放しには尊敬できる。よき陰陽師だ。



「俺はぁ…あれだな!!近衛が直々に対決の日を決めるのが予想外だった。しかもその条件を「あの」諏訪があんーっなにあっさり飲むなんて」

「諏訪さんの考えていることは、私達にはよく分かりかねませんからね」

「だよな〜!!…そうだ、どうやって近衛が宣戦布告をしに来れたのか、諏訪から聞いた?」

「いいえ。アグラさんは?」


すると、アグラさんはヒゲを触りながらにやりと笑った。


「ふふふ…。まずはこれをみるが良い!!」

「なんですかいきなり!!…ただの紙人形じゃないですか」


アグラさんはニコニコ顔で僕を見る。

片手をおもむろにあげ、持った紙人形をぴりっと破った

すると、アグラさんがいきなり視界から消える。

どういう理屈かと思ってあたりを見渡すと、足元にモフモフした感触のナニカとぶつかった。


「…狸!?」

「どうも、タヌキアグラです!」

「ぎゃあ!!あぐっ、あぐらさっ!?」


アグラさんが狸になっている。片手にはやぶった紙を持ち、器用に二足歩行をしている。


「よし!じゃあ、次は俺を殴れ!」

「ムムッムリですよ!バカですかアンタ!!こんな可愛い狸殴れませんよ絵面的にっ」

「うるせーなー!…じゃあ俺の爪を少し切ってみろ!ほら、爪切りあるから」

「えぇ…」


楽屋の隅に置いてあった爪切りをとり、尖った爪をパチリと切る。

それを見て満足したかのように頭をぶるぶると振り、手に持っていた敗れた紙を重ね合わせた。

するとぼんっ、という煙と共に等身大のアグラさんが目の前に出没。


「あーっ人間に戻った!!!良かった…」

「ビックリしただろ?ほらみて爪」


不思議なことに、俺がアグラさんの手をどれだけ確認しても、爪を切った跡なんかは全く見当たらなかった。俺は全ての事が不可解で、アグラさんの周りをぐるぐると回る。

それから、紙を再びちぎったり合わせたりしてみても、アグラさんが狸になることは無かった。

俺は首を捻り、したり顔のアグラさんにしょうがなく教えを請うことにした。


「これは「身代わり人形」っていう、近衛が潜入の時に使った思われる式だ。俺のはジェネリックだけど」


そう言って、紙にスラスラと絵を描きはじめた。めっちゃ下手だけど、変換式の説明をわかりやすくまとめてくれているらしい。


「主に人形式と念力式を組み合わせて作ったものらしい。このヒトガタの紙に、なりたいモノのイメージを込める。そんで破れば、その人は思った物体になれるつっていう仕組みらしい。そんで変身中に受けたダメージは、元の姿に戻ればノーカンになる。俺の爪みたいにな」

「…なんだかドラえもんの道具みたいですね。戻る方法が紙を合わせるだけっていうのも安価で良い。その紙自体を無くしたらって考えると怖いけど…」

「もし紙を無くして儀式を行えなかった場合、ソイツは一生爪切り狸ってことね」

「コワーイ」


…潜入時に、近衛がコレをどう使ったか。

一番気になるのは、どんな姿で彼らの前に現れに行ったのかだ。


「アグラさん。近衛はこれを使って、なんの姿になりました?」

「最初は蚊だと聞いている」

「…でも、蚊なら対話なんてできませんよね」

「その通り!!狸なら一応でも発声器官があるからいいんだけどな」


熟考…。

もし蚊になって陰陽連に辿り着けたとして、近衛の姿に戻り「交渉」する必要がある。そうなった際、一番困るのは帰りだ。

捕まえられてないってことは、近衛がどうにかして陰陽連から抜け出したってこと。


「ヒント!!」

「え〜そうだな…。身代わり人形って、絶対に人以外の姿にならなきゃいけない?」

「いえす!」

「ヒトガタの紙の使用枚数に上限は?」 

「ない!」

「…それじゃん!!!一番のアドバンテージですよソレ!」

「がはは」


簡単なことじゃないか。

まず第一に、人間の姿ではよほどのことがない限り諏訪達からは逃げられない。諏訪の式で捕らえられるか、ボコボコにされて消されるかのどっちかだ。

でも、身代わり人形が何枚でも使えるのなら話は別になる。

いわゆるマトリョーシカのように、身代わりを何重にもしてしまえばいいわけだから。


「…私の推測として、近衛は人間の姿をしつつ、尻尾などを一部分生やすみたいな縛りを自身に設けたのではないかと。そして、身代わり人形の姿の自分が、もう一度身代わり人形をちぎるんです」


最初に諏訪と話す用の「近衛体①」になり、その後もう一枚紙をちぎり、近衛体①に被せるように「蚊」の姿になる。

宣戦布告をし終わった後に諏訪からの攻撃を受けただろうが、どれだけダメージを受けても、ギリギリで逃げ切って紙を合わせればノーダメの状態で逃げおおせる事ができる。

いわゆる、大掛かりな騙し討ちをしたのだ。


「ヌルゲーですね。仕組みがわかれば容易い。厄介ではありますけど」

「だろ〜?身代わり人形とは、よく言ったもんだ。この間の鬼になっちゃった結界師のお嬢ちゃんがいたろ?それが、この身代わり人形を使った近衛にやられたって噂なんだよ」

「蚊の姿かなんかで、彼女の体に触れたんでしょうね。あー、気持ち悪い…」


俺が怖気で肩をさすっていると、アグラさんが目の前でにそにそと笑ってくる。

なんだ?すごく嫌な予感がする。


「…この件、私は関わりませんからね!!!」

「やだ〜そんな顔してた?俺」

「何年一緒にいると思ってるんです?どうせまた東京かどっかに連れてくつもりでしょう。イヤダーッ」


「東京じゃね〜よ。大阪だから」


第二十九話 身代わり

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