第二十三話 共有

「すごい!!!鳥の羽も、目の瞳孔も、人間の要素を損なわず共存する形で発現しているんですね!!ぼくっ、実は初めて見た時からずーっと気になってたんですこの構造!!!」

「ぬぁーっこそばいこそばい!!!」 


あれから、サクタと課長の意向で、モモの情報開示が行われた。

モモの母の事。鳥になった条件と、現在の様相が続くと鳥化が進行すること。


彼女が自ら鳥の姿になったこと。



「こら〜、チヨタロウ少し落ち着きなさい。モズちゃんが困ってるだろ?」

「すっ、すいません!!!」

「こんにゃろ〜」

「あのっ!あのあの、それで九条さん。この方の状態の定義をお聞きしたいのですが…」


確かこの人…、自分のことを新参者だって言ってた人だっけ?

聞くに、動物と触り神の研究に従事しているらしい。モモの今の状態にとても関心があるみたいだ。

俺達とほぼ同年代くらいに見える、三つ編みに丸メガネの大人しそうな男。


「先ほど説明した通り、彼女は現在鳥の特徴を発現した、いわゆる「妖怪」に近い姿になっています。身体能力も跳ね上がり、視覚も嗅覚も鋭くなる。彼女の場合、この姿になると虫のみで生きていくことも可能になります」

「す、すごーーい!!!…ここまでくると、変化よりも進化というべきか!いや、神話通りいくなら退化なんですけど…」

「私がタイカしてると!!?」

「間違ってはない、ね」

「がーんっ」 


明らかに落ち込むモモ。羽ががくっと下がる。

こんなモモには悪いが、退化という言葉に変に納得した自分が居た。

皮を剥がされる行為が元祖返りに近いものだとすると、それに現代の人間の魂や肉体が傷つくのは当たり前だ。

だからこそ、近衛は欲しいのだ。

皮剥がしを受けた母から生まれた、退化の性質を継いだ鳥の子供を。


「僕の父と母の話になりますが、課長もご存知の通り、ざまざまな怪異と式の研究をしていました」

「九条涼太郎…、桜子研究員か」


久世パパが乗ってきた。あんなに静かだったのに。

面識でもあるのだろうか。

…それと、鯨崎の当主(仮)は全然喋らんな。隣の鍵枝とかいう奴は、めちゃくちゃなスピードでメモとってんのに。


サクタはそんな皆の様子を一瞥して、深呼吸した。

俺は息を呑んだ。


「僕は今、ここにいる皆さんと取引をしたい」


俺を含め、この場に出席した全員が、目を丸くした。


「…だろうね。いいよ、話しなさい」


課長と、サクタが目を合わせる。

まるで、このために彼らをこの場に集めたと、そう言うかのように。



「退化した人間を治す力を持っているのは、この世に僕一人だけです。同じく、人から人の皮を剥がす力を持つのも、近衛水仙のみ。

僕らは互いに同じ魂を共有していて、近衛はハタゾンビのような屍人を作り出す事ができる屍人使いと想定される。これらの事実は、皆様に知っておいてほしい前提条件です」


「僕は陰陽連に、九条両名の研究資料を公開しようと思う」

「取引は」

「この下階にいる、『鬼』の開放」


課長は、その薄い目をさらに薄くして、サクタの言葉に耳を傾けている。

さらに、サクタは容赦なく続けた。


「研究資料の開示に伴い、前前代当主のかけた封印を解く必要がある。これから言う名の方は、ご協力を願いたい」


人形廻

人形伽月

鯨崎鈴

宇佐美琳

林百

久世柳

野々瀬千代太郎


サクタは一息ついて、席に座った。


会場の限界まで張り詰めた空気は、確実に、サクタの威厳をはらんだ冷たい声のせいだ。


















「その顔…なにか不満があるようですね?モノちゃん」


桜の散る、日差しの穏やかな春の日。

彼らの、ハレのヒ。


庭園の白い砂利の上には、理想的な夫婦が着物を身に着け、草履をからんころんと鳴らしている。



「さくちゃんのいけず!!今私はこの可っ愛い顔を保持できるような元気がないのっ」

「おや、僕らの門出を応援してくれるんじゃなかったのか?物部モノノベ

「私はまだお前のことを夫だとは認めてないからなッ!!」


私はとても不満なのだ!!!

彼らの結婚式。陰陽連の仲間たち、もっといっぱい呼べば良かったのに。諏訪ちんとか、久世っちとか…。

身内だけでやりたいとかなんとか言ってたけど…。

私としては、彼らだけの蚊帳の内を通る愛をしみじみと見せつけられた気分がして、非常に我慢ならん。


本当にサクちゃんを愛しているのは、リョウではなく私なのだと、私は姑のごとくアイツに示さなければならない。

サクちゃんを本当に愛しているからこそ、お前に預けるのだと…!!



「張り切りすぎよ。無理して後半参加できなくなったらどーすんの」

「アシのすけ!お前さっきまでどこに居たんだよ〜」

「縁側の奥にあった椅子持ってきたのよ。ほら、トクミツがよく座ってるやつ」


目の前にゴトッと置かれたのは、ラタンの縁側椅子。

猫の毛が数本、静電気でひっついている。


「やった〜!よし、座っちゃえっ」


どすーん、と椅子に座る。

トクミツの野郎、こんな上等な物に座ってたのか。あのゲームオタクめ!


「どう?痛くない?」

「ふふん、よきかな〜」


椅子の上で足をブラブラさせる。

…そう言えば、と自分の足を見つめた。


「…この足達とも、そろそろお別れか〜」

「…こらこら。縁起の悪いこと言わないの」


アシのすけはそう言ったが、でも否定まではしなかった。


「お義父さんは?」

「もうすぐサクタと来ますよ。お祝いの特別な札を作るんだって」

「なんじゃそりゃ〜。あれかな?ツルが飛び出すよ〜みたいな」

「宴会芸じゃあるまいし」


私は二人の会話を聞いて、次第にまぶたが重たくなっていくのを感じた。

ラタンの椅子は陽に当たると、暖かくて居心地が良いから、きっとそのせいなんだ。


…サクちゃんの、キツネみたいな細くて硝子みたいな瞳。

それが、弧を描いて、おだやかな笑みになってる…。


「…モノちゃん、すっかり眠くなっちゃったんですね」

「大概自由なやつだな。足立アダチ、毛布持ってきてやってくれ」

「分かったわ。あなたたちも、トクミツ遅いんだから縁側で休憩してなさいよ」

「はいはい」


しばらくして、縁側に二人分の重みがかかった。


私の足を、足袋越しに優しく触れてくれる誰か。

いつもさすってくれるアシのすけのゴツゴツした手じゃない、柔らかくて、細い指先。


まどろみの中で、私は二人の声を反芻している。


「モノちゃん、私は今幸せだから。もう大丈夫ですよ」






花は散る。

春はいつか終わる。


全てを後悔するときだって、きっと来る。


「…私は、なにも無駄じゃなかったって信じてます。だから遺す。未来のあの子達に」


私は、今でも彼女の言葉を


反芻している。

















「ツノですね…」

「ツノじゃないか!かっこいいな!」

「つの?ツノツノ!!!」

「すごい〜見てくるじゃ〜んよぉ…。はずかしぃ」


研究所が特別に管理している、なんてことない六畳の和室。

そこに、鬼化しているシロさんを連れ出し、わーっと駆け込んだ。

現在、時刻は昼の一時。僕達は陰陽連の用意してくれたご飯をモリモリ食べた。


諏訪課長とリュウさんの父は一度外出。鍵枝という人も「自分、ホントただの代理人なので」と言い残し、ピューンと別室に逃げていった。


僕の側でスピスピ眠るハタゾンビを除き、総勢九人で小さなちゃぶ台を囲むことに。



「ほらぁ、リュウちゃん。皆にこれ見せてあげてぇ」

「…ん」


会った時から、彼女がずっと小脇に抱えていた状箱。

すぐに、それが僕の両親の物だと分かった。


まさか彼女がこれを持ち出すとは、少し予想が外れたけど、陰陽連で皮剥がしが行われた以上今さら避けられようもないだろう。

それはちゃぶ台の中心にそっと置かれた。


『コレは、お前の力だけでは絶対に開かないようになっとる。そうじゃな〜、しっかり仲間集めして…、せめて一回くらいは死ぬ目にあってからじゃないと突破できんじゃろな〜』


…あの時言っていたことは皮肉にも、今日実現を果たしそうだった。


「ん〜サクタ、なにそれ?」

「リン。ハンカチ貸そうか」

「すいやせんね」


トイレから戻ってきたリン。いそいそと部屋に入るなり、状箱を凝視した。

その様子をチヨタロウや鯨崎当主が訝しげに見ている。


「…箱が気になるのですか?」

「おぉ鯨崎当主が喋った!!いや、なんかその…。キモイの巻き付いてるよね?蛇みたいな」


えっ、と眉をひそめる鯨崎当主。チヨタロウも驚いてちゃぶ台に張り付いたが、依然として、それはただの箱だった。


「いやいや御冗談よしてくださいよ〜!…本当になんか見えてるんですか…?」

「リンは目が良いから。てか多分見える物のベクトルが違うのかな?ほれほれ」

「イテテテ目こじ開けないで!!!」


リンの目は透き通るとんぼ玉みたいだ。

初めて会った時より、確実にそういう視力が上がっているのを感じる。僕じゃもう計り知れない。


「人形家二人組は?」

「今廊下で話してる。近衛の息のかかった支部を突き止めてやるって、怒り心頭って感じ」

「そう…」


…彼は、カヅキに対して、名字剥奪くらいの罰を与えるのだろうか。


話していて思ったが、案外メグルという顔役はしっかりした人らしい。

子供相手でも事を有耶無耶にしない。どうしたって口は悪いが、そういう隙が無い所はとても尊敬できる。

カヅキを追い込み、家を燃やし、彼を洗脳した奴らへの制裁だって徹底的にするはずだ。


「あれぇ、リュウちゃん。どうしたのぉ」


ずっとシロさんにひっついていたリュウさんが、もぞもぞと動き出した。

もう泣いていないが、でも、とても悲しそうな顔だ。


「あれ、どうしたんだ?リュウさん」

「…モモちゃん」


抜け落ちた羽を持っていたようで、それを手のひらに握りながらモモに近づいた。


「それ、渡してくれるのか?」

「…」


無言でこくこくと頷き、少し黙った後、彼女はモモに頭を肩にコツと寄せた。


「四人共、なかなおりしてほしい」




モモは、少し驚いたように手のひらをぎゅっと握った。

それから、ふふんと笑って言った。


「正直、私のためにリノを巻き込んだこと、絶対に許すつもりはないぞ!…けど、リノは今までソラやコウスケの事を見てきたから、話せばきっとカヅキの心の内を分かってやれると思う。

アラタだって、どうしようもないくらい優しい奴だから、カヅキの話を何時間ても聞いてやれるだろう。皆、私より小さいのに、何倍もおとなだから」


リュウさんの手をそっと取って、モモは少し自信なさげに、でも微かに微笑んで言った。


「…家族の呪いも幸も、私達だけは、分かち合ってやりたいんだよ」




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