第四章 追憶・小説家・魂

第二十二話 招集

「みんな行っちゃったね」

「モモ元気かなぁ」

「サクタさんと師匠がいるから大丈夫だよ」


嵐が過ぎ去ったように綺麗な青空。

あんなに暑苦しかったのに、今では軽い風が吹き始めている。園の騒々しさも去り、落ち着いた雰囲気へと遷移をしていく。

リノはというと、今日のことを絵日記に描くため、別室へと走っていった。

サクタさんをよほど信用しているようだし、モモもいるので心強いのだろう。

カヅキのことだって、多分まだ信じている。

リノがそういうのに頓着ないのは、いつもの事だ。


「思えば俺って…、あんまり頼りにならないよなぁ…。ごめんね、アラタ」

「なんだよ〜。俺は凄く頼りにしてるのにさ」

「…ごめんー。なに言ってんだろな、ホント」


ポロッと口に出てしまった言葉。

心の何処かで沈んでいた、俺の本音。

落ち込む俺を見て、アラタはぽんぽんと足を叩いてくれた。


「なにそんな落ち込んでんだよぉ〜。コウスケは、リノのおにーちゃんやってるだけで、十分偉いのに!」

「アラタ…」


「…実はさ、カヅキに声かけたのはさ…、俺もコウスケみたいに誰かのおにーちゃんになってみたいって思ったからなんだぁ。園の皆のことも家族だって思ってるけど、俺バカだから相手にされないし…。だからついつい、俺のことなんも知らない人に、いい顔しようとしちゃうんだよぁ」


そう彼は言った。

それは痛いくらい、心を抉られるくらい分かった。

俺もそうだ。皆にいい顔したくて背伸びしすぎる。自分が弱いのを分かってて、それでも皆と同じ目線で居たいから、無理矢理つま先で立つ。

俺は、嘘は良くないって教えられてきたから、その罪悪感を抱えながら今まで生きてきた。


けどサクタさんと会って、それは違うと分かったから、俺は少しだけ嬉しかった。


「…俺もアラタも、カヅキもさ。本当は皆おんなじくらい弱いのかもしれないのに…、皆誰かのために無理矢理強くなってる。その無理矢理に、お互い頼り合って、助かり合ってる。それって…、俺すごくかっこいいことだと思ったんだ」

「かっこいい?」

「そう!かっこいいにきまってる!!だって現に、独りだったカヅキに、アラタは声をかけたんだろ?心を無理矢理にでも強くして」

「…うんっ!!!」


瞳に煌めきが戻っていく。

その目を見て、俺は兄の優しい笑顔を思い出した。


俺は、きっと皆のように戦ったりはできないし、誰かのピンチを救うなんて出来ないかもしれない。

頼りないなんて、当たり前だ。

けど、側からちょっとだけ支えることなら、きっと俺にも。


「あんさ、サクタが帰ってきたらさ、絵渡そうよ!カヅキにも他の皆にも、色々描いてさ」

「わーっ、それ良いね!!よし、リノ呼んでこよーっ!」


…俺にも、きっとできる。


「早く帰ってきてね〜。夕飯までにはかえってきてねー…」












東京都庁 地下四階 陰陽連重要会議室

午前十時頃、会議要出席者が集まる。


「遅れました。鯨崎澄クジラザキトオルです。仮代表として参りました」


「欠席の亜蔵雄三の代理人、鍵枝雷市カギエダライチです。今日は仮出席なので、どうぞお構いなく」


「とっ、どうも野々瀬千代太郎ノノセチヨタロウです…。新参者ですが、よろしくお願いします」


久世師泓クゼシオウ。娘が無礼をはたらいてしまい、すまなかったな」


ぞろぞろと、有力祓い屋達が出席をする。

僕は早速滝のような汗を流し、半ば虚無に近い感情で座っていた。


「…なぁ、あのひとってさ」

「…そうだな。やはり、里はあれからも継続してるらしい」


コソッと、リンと目を合わせる。


この癖強な空間の中で、やはり一番度肝を抜かれるのは、鯨崎家の新当主だ。


和服に身を包み、まぁ整った和顔を見せつけてくる。仮とは言いつつ、ちゃんとあれから里が復興したことを間接的に知らせに来たのだろう。

トオルと言う、二十代後半くらいの男。

本当に里の人間かも危ういが、なんというか、ビジネスマンっぽい雰囲気も感じる。


…まだ見もしない大人がこんなに居る中で、僕はちゃんと話せるだろうか。ちゃんと祓い屋の「九条家の当主」として話せるだろうか…。


「サクタ、ダイジョブだヨ」

「…うん」


昼間に、こんなに大勢の前に居るハタを見ると、少し変な気持ちがする。

それでも、落ち着いているし、ずっと僕の手を握ってくれていた。


「当主ぅ…、シロに会いたいぃ」

「あれっ、リュウさん。喋れるようになったんですね…!」

「わたし、シロ居ないと…、駄目なの」


すんすんと泣きながら、小さな声で僕に話しかけてくるリュウさん。

しゃがんで僕の服の裾を掴む彼女は、まだ小さい子供のようだ。


「あ、あのすみません。久世さん」

「なんだ?そろそろ会議は始まるぞ」

「そのっ…あなたの娘さんを、とある人に会わせに行ってもよろしいでしょうか」

「…良いだろう。現に、ここにいらない人間だからな」


僕はぺこっとして、取り敢えず二人で廊下にでた。

なんだか今の言葉にイラッとはしたし、彼女をあまりストレスのかかる場所に置いておきたくなかった。


「リュウさん。白丹…シロさんはどこに…?」

「わかんないぃ…」


階段を付近でオロオロしていると、下の方から声が聞こえる。研究室の人だろうか?

 

「すみません!!!あの、こっちです!!!」

「はいっ!?」


階段の踊り場で手をふりふりする男の人。

メガネで前髪が長い。白衣着てて、多分リュウさんと同い年くらいの男の研究員だ。


「久世さん。シロは下に居るから、一緒に行こう」

「シロぉ…」


あれ、名前を知っているのか。しかもシロさんとずっと一緒に居たみたいな口振り。

知り合いなのだろうか?


「あ、すみません。ここの研究員してます、安治秀介アジシュウスケです」

「こんにちは。九条朔太です。あの、…シロさんは今、研究所に?」


一瞬目をおっきくした彼は、またコホンと咳払いして、唐突に胸ポケットから紙を取り出して、なにかを書いた。


「あのっ…、こういうことなのですけど。後でこっちに来てほしいんです」

「…!!分かりました」


スパイ映画でよくあるやつだが、確かにこれは口に出せない。

…まさか、シロさんが。


「…今から会議があるんですけど、なにか伝えたいこととかありますか!!」

「伝えること!?…っじゃあ、これ!!」



またもや一枚の紙切れを見せられる。

僕は決心して、その紙を受け取った。


軽く会釈を終えた後、階段をゆっくり降りていく二人。


彼らの去っていく姿を見つめ、僕は背中がどしっと重くなるのを感じた。


「…がんばれ、僕」


色んなものを背負って、あの場に立て、自分。














「おや、遅かったじゃないか〜!」

「すいません、諏訪課長。ご挨拶が遅れました。九条朔太です」

「新しい当主の子だね〜。座りな座りな〜!今日は君が主役みたいなものだからね」

「はい、失礼いたします」


サクタの顔が、いつもより清々としている。

多分、さっきサクタの心を動かす何かがあったのだろう。

一年とちょっと付き合ってきたが、こういう時のサクタは大人がビビる程姿勢が崩れない。

モモもカヅキもハタもつられて、背筋がぴーんと伸びた。

俺は果たしてここに居て良いのか分かんないけど、取り敢えず目だけは凝らしておこうと思った。


「皆さま!今日は急な招集だったのに、来てくれてとても嬉しいです!ご存知の方も多いでしょうが、私の名前は諏訪鹿之助スワシカノスケと申します。暇な時は、主に戦闘に行ってくれる部下の育成をしております!」


…なんっていう胡散臭い笑顔をする男だ!!

キラキラしてる!!なんか星散ってるよ!?これ何かのセミナーだっけ?

課長?とかサクタは言っていたが、まだ三十代くらいにしか見えないし…。優男オーラ溢れる振る舞いと、顔のデッカイ傷がアンバランスすぎて怖い!


「も〜、そんな眼力で見つめられちゃ緊張しちゃいますよ、宇佐美さん?」

「んげっ、すんません」

「あはは、冗談です」


やっべぇ!!!色々見透かされてる感じがする!!ってか俺名字バレてんだ。やば〜。

俺が目良いのバレてんのかもなぁ。もしかして、それで今日俺も呼ばれた感じ?


「今はその子供のことは良いだろう、諏訪。それよりまず正すべきは、その人形家の稚児だ」

「ですよね〜。大丈夫です、段取りはできています」


カヅキに視線をうつす、久世パパ。

言動から見るに、冷ったそうなヒゲオヤジだが、仕事デキな感じはする。

課長はウンウンと糸目スマイルを見せながら、カヅキに話を振った。


「まずは、今回の騒動について。人形家のしきたりについて、彼が大きく外れた行いをしてしまったことを…話してもらうおうか!」


そう言われたカヅキは、虚ろな目で課長を見つめた。


「リノちゃんをころせって言われたからころしそうとした…。」


…マジかよ。

なんで?リノは普通の子供だろ。俺やコウスケみたいに触りが見える訳でもないのに。

頼まれたって、人形家は暗殺依頼でも受けてんのか。


「ふざけんじゃねぇよ。人形家に居んなら、人殺しも、人殺しに繋がるような依頼も通らないようになってんだよ。お前本当に人形家の人間か!?」

「落ち着きなさいメグル。まだ、彼は全て話していないようだよ」


声を荒げるメグルとかいうヤツ。

多分人形家の中でも有力者なんだろうが、どうしてこんな事態が招かれたんだろう。



「もしかして、近衛か?」



サクタが静かにカヅキに言った。

すると、カヅキ小さく頷いて、自分の服の袖を上げた。


酷い火傷の痕だった。


「かづきは、灰人形にされる用のにんげんだった。けど、おねぇちゃん達のおかげで生き残った。だから、死んだにんげんとして暮らし直した。近衛の言う事聞く集落だったから、かづきは人殺しの人形になった」


「家、もやされた。でもしきたりだったから、しょうがなかった」



それを聞いて、サクタもメグルも俺も、愕然としてしまった。


「おい諏訪課長!!コイツは悪くないじゃないか!まだカヅキを罪に問うのか?」

「…僕としては、被害者の君がそこまで言うなら、と言いたいところだが。そうだな…、この場合「リノ」という子をどうして近衛が狙ったのかが気になる」


確かに。

今の話でいくと、カヅキの居た集落は『近衛の言うことを聞く人達のいた所』だ。灰人形になるための人間を育成するようなヤバい所。彼自身、燃やされる羽目に遭った。

しかし、命からがらあの火傷だけで被害は済み、彼は世間的に死んだという扱いを受ける。人殺しをさせるだけの人形に成り果てたわけだ。


だとしたら、なぜリノを…?


「…だってさ。リノちゃん、モモちゃんと仲良い。仲良い子殺したら、モモちゃん怒る」

「…おまえっ、なに言ってるんだよ!!」


「モモちゃん怒れば、近衛の所に行く。モモちゃん特別な鳥さんだから、近衛すごく喜ぶ」


にまんと笑うカヅキ。

モモの羽が、一枚ひらりと床に落ちた。


「…大体分かりましたよね、課長。一旦会議の主軸を近衛に移した方が良い。この騒動は、死人が出なかったことを踏まえて人形家の方で処罰を決めるとして、まずはモモのことを話しておきたい」

「段階は乱れますが…、確かに一理あります。近衛が手に入れたいと願った…そこのお嬢さんの話、ですよね」


 

課長は薄い瞳で、鳥の姿をうつすモモを指差した。


第二十二話 招集

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