第二十一話 始まりに

この出来事は、きっと始まりに過ぎない。

そう思ったのは、私が牢屋に入って、彼と色々な話をしたからだと思う。


思い返せば、過去の私は酷く環境に左右されてきた。

望んでいないものばかりを与えられ、ずっと欲していたものを取りあげられる。

お父さんから虐められるのも、一家心中に巻き込まれるのも家が無くなるのも、私はうんざりで。


自分の生死を決めたり、自分の人生を否定する人は、いつだって私自身が良かった。

だから、私はこういう生き方を選んだ。


私が、そのマス目に望んで止まったから、全ての歯車が噛み合った。

いろんな人の、いろんなサイコロの目が一斉に揃う感覚。


どれも欠けちゃいけない、この大きなシナリオそのものだったって、分かった。


『独りなら、私と一緒に陰陽師やってよ!私も家追い出されたんだよねーっ、さっき。あんまりにも落ちこぼれだったからさ!たはーっ』


『式神なんていなくても、私が飛んで助けに行くよ。大丈夫、この業界に連れてきた責任は私がとるから』


『やったーーっ、試験受かったね!!これで戦いにいかなくても済むね!』



『…シロが殺されるような目にあったら、私、皆のこと容赦なく切るから。安心して』



…今の私が居ることで、この陰陽連も、カミサマ達の概念も、はたまた人間の概念だって大きくネジ曲がっていくだろう。

今まで隠されていた事実も、どんどん公になっていくに違いない。


でも、とうの昔に、平和な日常になんて戻れるわけないってこと、私達は知っている。

それを承知で、自らサイコロを振ったのだから。










「サクター!!」

「ハタゾンビおはよう。突然だけどコイツ食べられそう?」

「よしキタ!」


私は今、すごい光景を目にしている。

屍人が、札を貼った直後に目の前から飛び出してきた。まるでアニメのワープシーンでも見たみたい。

その屍人を、モモという女の子がガバッと背負った。


「ハタ、いいか。私がいっせーのせと言ったら飛ぶんだぞ」

「ワカタ!」


式神がそろそろ悲鳴を上げ始めた頃、二人の息のあった掛け声が森に響く。


彼は大きく宙を舞った。



「当主、アレ…っ!」

「僕のハタゾンビです。陰陽連からは、ちゃんと承認済みですからね」

「…っ、初めて見た、屍人っ…!!」


なんていう身軽な身体なんだ。戦える陰陽師でも、あんなに飛ぶ人を見たこと無い。

内臓も肉も感じない、しなやかなバネのよう。

人形のふかふかの頭にぼすっと着地しても、重心がドンと安定している。


「本体は残してね!術のかかってるガワだけ食べれば良いから」

「エ〜。ボク今お腹ペコペコなのにー」


そう言って彼は、ぶちぶちぶちと巨大な人形の頭を引き裂く。すぐに人形はバランスを崩し、膝をついてうなだれた。

空から毛糸の髪がひらひらと落ちてくる。

怪力だ。とても素手での所業とは思えない。


「…登録上、九条家が『屍人使い』ってのは知ってましたけど…。まさかこんな戦い方する祓い屋が現代に居たなんて、想像もつきませんでした…」

「陰陽連に出入りしてませんし、実質的に屍人の式を持っているのは九条家くらいですからね。情報公開も上層部限定ですし」

「やっぱりそうっすよね…。ってことは、おじいさんも前代当主も屍人を使役していたんですか?」


「いや〜それがですね。平安から現在にかけて、屍人を作れたのは、九条家初代と僕だけなんですよ」


降ってくる人形の真綿と共に、とんでもないことを告白される。

なにコイツ、もしかして何千年に一人のイツザイ的な!?


「…そんな期待に満ちた顔しないでください。僕自身、じいちゃんや父さん達みたいな『研究』とか『札作り』とかの才能は無いし、鼻が効くくらいしか他にウリ無いし」


軽くいなされたが、私は分かった。

彼はもう一つ大きい秘密を抱えている。彼の細い瞳が、少しだけキョロキョロとしていた。

声もちょっと白々しい感じだし、なにより皮剥がしの人間とこんなに親しいの、めっちゃ怪しい!!!


「それ何の顔ですか!?…それより、浄化師の出番がそろそろ来ますよ」

「あ、はい!!!」


当主に若干うざがられつつ、私は人形の前に足を進めた。

手袋を急いではめ、深呼吸をする。

顔を隠すものはあいにく持ち合わせていない。ここは覚悟を持ってやりきるしかないのだ。


「やるぞ、いくぞ…」


どんな汚いものも、どんな醜いものも視る覚悟を持て。


「酒紙はもっていないので…、詠唱でいきますよ」

「耳、塞ぎますか?」

「よろしくお願いします」


精神を落ち着けろ。

大丈夫、詠唱とか噛んだことないし。それに、相手はもう綿だらけのボロボロ人形だ。

お腹から飛び出た、人形の本体…核を浄化すればこっちのもの。


「ハタゾンビ!!!モモ!!!僕の側に来て!」

「「はーーい!!」」


三人の声が遠くなる。

良かった。集中できてる。


…やるんだ、シロみたいに。





『祓エ給イ』

『清メ給エ』

『神ナガラ守リ給イ、幸エ給イ』















「カヅキ、今から皆でかくれんぼしよ!鬼はあのおじさんね」

「俺等はあの部屋に入るから、お前はあの和室に隠れるんだ」

「ちゃんと隠れるんだよ〜。見つかったら外に逃げちゃえばいいからね〜」


「…みんな、今日は遊んでくれるの?」

「もちろんだ!!カヅキは皆の可愛い弟だからな」

「そっ、か。そっか…。ふふふ」


「おねぇちゃん」

「はーい」

「また後でね」

「うんー!またね、カヅキ」



おっきな爆発の音。

真っ赤になった視界。

軋むからだに、燃えるような痛み。


「おね、おねーーちゃん!!!はすみくんっ、かすみちゃん!!!!」


家が崩れたんだ。

だから自分は、下敷きになった。

天井になにもない部屋だったか、すぐに出られた。外の空気を吸うと、頭がすっきりする。


心臓の音がした。

身体の内側が熱く、冷たく、でもただの肉の皮のようにも思えた。

自分の痛みは、心の痛みは、感じる間もなく塵になっていって、空を舞う。


そう錯覚している内に、まっ黒焦げな自分を見下ろしてる気分になった。 

火の海になった自分の家と、一体になった気がした。

自分が溶けた液体になった気がした。

生きていた実感が、するすると無くなっていく。


それから、自分のことを自分の目線で見ることができなくなった。


どんな酷いことも、どこか余所事だからなんでも出来て。

お願いされたら、おねえちゃんの灰で人形もつくることができた。


初めて声をかけてくれた友達を、空にほっぽることも、簡単にできた。



「…よかったぁ」












「あ、うぅ、うううぁ」


リュウさんの浄化が終わり、小さくてボロボロになった人形だけが残った。

お腹の中から灰の入ったビンが出てきて、それがコロコロと僕らの方へと転がってきた。



「…大丈夫ですか。どこも痛くありませんか」

「うん、うん…」


結界術を使う時、目隠しをせず行う術師は、たまにこうなる事がある。

特に浄化結界となると、持ち主の記憶の束に触れる必要があるから危うい。


記憶に触れることは、つまり持ち主の一番弱い部分に入り込むということだから。


「カヅっ…、カヅキくんは…?」

「まだ施設に居るかもしれないぞ。サクタ、私達も行こう」

「…そうだね」


モモに優しく促され、僕らは森を後にすることになった。


リュウさんからジャケットを借りて、ハタゾンビは縫い目のある頭を隠しながら移動をすることに。

ボロボロの人形と、灰のビン。

そして、子供のように泣くリュウさんを連れて、僕らは養護施設についた。


…ついたのだが。





「ふふふ!ねぇねぇ、サクタ。アレってなに話してるノ?」

「あはは!なんか園長先生が大声だしてるぞ!」

「ふたりともっ、あんま笑わないの!僕が行くから」


園内で大喧嘩?というか怒鳴り合いが起こっている。

園児達が縁側から、わ〜っと顔を出しながらそれを観戦しており、リンとコウスケが滝のような汗を流しながらカヅキを背に匿っている。


「あの人は誰なんだ?声の低い…子供みたいなヤツ」

「多分だけど…、人形トガタ家一派の現当主だと、おもう…?あんな小さい人なのは知らなかっただけど」


ウルフカットにくりくりの目。腰にくたくたのクマのぬいぐるみをぶら下げていて、暑そうなバーシティジャケットを着ている男。

声の低さとヤクザばりの強気な態度に反して、子供のような顔立ちと、ハタゾンビより少し低いくらいの小柄な見た目に圧倒される。


「だからぁ〜!!!!はよカヅキ出せっての!トガタカヅキ、分かる!?」

「無理です!!この子はウチの園の子ですから渡せませんー!!!!!」

「お前らはコイツのしたことに落とし前つけれねぇだろって!!つべこべ言わず出せタコ!!」

「ふぬぬっ、子供達の前で暴言はかんといてくれますぅ!?この子供誘拐男ォ!!!」 

「んにゃろぉお〜!!?」


その混乱に乗じて、リンがこっちにぴゅぴゅーんっと走ってくる。


「どぉしよサクタ〜!!!このままじゃカヅキが連れてかれるっ!」

「くっそ〜!この場合、何が正解か分かんないけど、とりあえず僕が入っていくよ。ハタゾンビ達と、リュウさんのことよろしく」

「あっ、リュウさんいるんじゃん!あの人陰陽師だろ。サクタよりあの人に割って出てもらえば…」


リンがひょいとリュウさんの方をみる。


「うわぁーーん。うぇええ」

「よーしヨシ」

「ほら、私のあめちゃんをやるぞ」

「ううぅ」


…リンが綺麗な二度見をした。

確かに成人女性、少なくとも大学生くらいの女の人が大泣きしているのは、さぞかし妙な光景だろう。


「どどっ、どーしちゃったんだよあのお姉さん!!顔びっちゃびちゃじゃん」

「幼児退行しちゃったんだよ。…顔隠しせずに結界式使っちゃったから」

「ほえ…、よっく分かんないけど…あれいつ治る?」

「二日くらい」

「あんれまぁ」


頼れない大人が何人いてもしょうがない。

このままヒートアップする前に、僕は小走りで彼らの元へ体当たりしにいった。


「お前誰だァ!?部外者は黙っとれ!!」

「僕は九条朔太と言います!!!園長先生、ちょっと良いですか?」

「子供が出ると危ないから!!!」

「いや、先生の方が危ない…」

「九条家!?なんでそんなヘンテコ祓い屋がっ」

「ヘンテコぉ!?」

「サクタくーん!!」


場がもっと荒れてしまった。

もはや手に負えない。こうなったら…。



「ちょっとまったァ!!!!」



観念して手刀を振り上げたその瞬間、リンの大声が園に響いた。


「陰陽連に緊急招集が出たってーーーっ!!!!とりあえず、カヅキもソイツもぜーんいんこっち来ーーいっ!!!!」













 





九条朔太クジョウサクタです」

「ボク、ハタゾンビー!!」

「…人形廻トガタメグルでェす」

人形伽月トガタカヅキ…」

林百ハヤシモモだ!」

「一般人…、宇佐美琳ウサミリンですぅ…」 

「うわぁーん、ううぅんぅ」





始まりに過ぎないのだろう、こんなこと。


今までの事件と騒動。

被害者達が踏み作った、結末への大きな獣道。


皮を剥ぐ者と剥がれる者。そして与える者。

触り神と妖怪と人間。

器と魂。


全てが繋がってしまうのに、そう時間はかからない。

偶然のようで全て必然で、大昔から、すでに決まっていた事なのだから。


第二十一話 始まりに


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