第二十話 式神
「めちゃくちゃ探しましたよ!まさか高校生が虫取りするとは思わないし、ここの森広いし!!」
「はぁ〜ん?高校生だって虫取りくらいしますぅ!てかサクタ、このお姉さんナニモンなの?」
「あのね、えっとね!急に目の前が青色になって、涼しくてね!!えっと、モモちゃんがリノ達を抱えてバサバサーって!!」
「すげーーっ!モモすげぇ!!ほら、羽はえてる!」
「結構な割合がトリに戻ってしまったー!!サクタ、これは一体どういうことなんだ!?」
駄目だ…、情報量過多で頭がパンクしてしまう。
百歩譲ってリュウさんが僕に用事があるのは分かる。けど、上空を舞っていたこの子達は一体どういうつもりだ!?
どういう経緯?どういう過程?!
「この人ダレ?」
「私の恩人だぞ!サクタという名前だ」
「えっとね、ウチのお兄ちゃんの師匠の友だち!」
「??へぇ〜、すごいね!!サクタさん!」
リノと同い年くらいの男の子。きっとモモ達の新しい友だちなのだろう。
目をキラキラさせた、いかにも小学生。
リノも彼も、モモに普通に接している。
けど、腕に雑に生えた羽毛や、片目の下瞼に浮かび上がった黒い模様。極めつけに、肩甲骨あたりから生えた、大きな鳥の翼。
明らかに、あきらかに…。
「お前…、皮をまた剥がされたのか?」
「いーや、近衛には会っていないから違うぞ!二人を助けるために頑張っていたら、急にこんな風になっていた」
手をぐっぱぐっぱ、とするモモ。
モモは至って冷静だったが、これは僕にとって全く予想も出来ない事態だった。
なぜなら、人間は自らの力で皮を破ることはできないから。
「…リュウさん。聞きたいことは山程あるでしょうが、一旦この騒動を片付ける必要があります。手伝ってくれますか?」
「えっ、あのっ、ええ!!?」
急展開にさっそく狼狽えるリュウさん。
どんなに動揺していようと、どちみちリュウさんには着いて来てもらわなければこちらとして非常に困る。
このことを陰陽連に馬鹿正直に話されたら、ホント溜まったもんじゃない。
「おい、ガキンチョ。お前等かわいいんだから、このお姉さんに着いて来てくるよう、上目遣いでお願いしてみろよ」
「なんだ師匠、私達を小間使いにするつもりか?」
「やらし〜!」
「???や、やらしい!!」
「シぃー!」
リン達がなにかコソコソと話した後、小学生組三人がリュウさんの足元にわらわら集まり始めた。
「「いっしょに、きてください!」」
「お、きゃわっ…ハッ、はいィっっ゙!!!」
可愛さに丸め込まれたリュウさん。ツインテがぴょぴょーんと跳ねている。
さすがの僕も、ちょっとにやけてしまった。
「ご、こほん。それでは一旦本堂に…」
「…ちょっと待てサクタ。変な音、するよな?」
ぱき、ぱきぱき
みしみしみしみし
耳の良いモモが、一番最初に気付いた。
木の折れる音。
地面を踏みしめる音。
なにか巨大なものの、歩く音。
「なんか暗くなったぞ…?」
息を飲む僕達を覆う、なにか、大きなイキモノの影。
森の由来の触りではない、異形の影。
「…当主。あれ、どうします?」
「残念ながら、僕の専門ではないです。久し振りに見ました」
「じゃあ今から逃げ…」
スーツの袖を掴む。
手に持っていた虫網を突きつけ、退路を防いだ。
「あなた、仮にも久世の陰陽師でしょ。腕の見せ所ですよ」
「くそっ、やっぱ名前割れてるか…。私こう見えてほんっとに弱いですよ!?やるならアナタにも協力してもらいますからね」
「当然です。取り敢えず、子供たち逃がしましょうか」
「…っすぅ!!!」
目の前の大きな人形。僕らの三倍の大きさ。
三つ編みで、女子中学生を思わせる服のデザイン。
目のくるみボタン。手首に刻まれた赤い刺繍。
一目見れば分かった。
コレは間違いなく、『
「リン、お前足速いだろ。リノとこのコ連れてけ」
「まかせろ」
「サクタ、私はどうすれば良い?」
「お前は、僕の後ろに居て。僕がなにかお願いするかもしれないから、気ぃ抜かないで」
「了解したぞ!」
モモの掛け声をきっかけに、観念したリュウさんは、スーツからツルの折り紙を出した。
それに勢い良く息を吹き入れ、ツルをぱっと膨らませる。
「…これニガテなんだけどなぁ…」
「自分だって、うまくいったことないです。古い式だし、家系によって特徴も全部変わるし」
「そーなんだよ!!!マジめんどいっ」
ツルが空を舞い、透明なキラキラとした糸を巻はじめた。
それは灰人形にゆっくりと絡みつき、動きを縛る。
「すごっ、初めて見ました。綺麗ですね、あなたの式神」
「他人事なんだから、この高校生はっ…!!!」
糸に触れた部分から、徐々に煙が出ている。
焼けた稲の香りが辺りを包み、巨大な人形の動きを弱めていく。
が、しかし、リュウさんは頭を抱えていた。
「がーっ!!!やっぱり駄目だ!私の式神よっわい!!!もう数分も持たないよ!!」
「把握です。僕、もうすぐで式完成するので。あと少し粘ってください」
「ひえぇ」
人形が、細い糸をぷちぷちと取り始める。
綿毛が少しずつ漏れだし、その姿は凄惨なものへとなっていた。
目のボタンが、まるで深い怨念を抱えているようだ。
「…よし。モモ、よろしく」
「ふふふ。今、私はパワー全開だぞ。まかせろ」
「頼りがいがあるなぁ」
モモを自分の前に呼び、おんぶの体勢になってもらう。
その大きな背に札を貼って、その名を思いっきり叫んだ。
『ハタゾンビ、来い!!!』
「お前ら、あの人形のこと知ってる?」
「しってるしってる!!!あのね、おうちに新しくやって来た「カヅキ」っていう子の人形なんだよ!本当はもっと小さいんだけど…、おっきくなってた!!!」
背負われながら一息で喋るリノ。
半分興奮気味で、へふへふしながら、その「カヅキ」という子の事を話してくれた。
「その子、他になんか変なことしてた?」
「俺見たぜ!あいつがさ、教室におっきなマル書いてて!そんで、俺達あの円の中に入っちゃったから、きっと空に飛ばされたとおもうんだよ。ねー」
「ねー!」
なるほど、意味わからん。
でも、そのカヅキって子が確実になにかしらの術?を使ったのは分かった。
あと、円に気をつけなきゃならないことも。
それを知ってるサクタ達が対策してくれているだろうけど、目的がまだ分かんないから、どこに逃げたらいいのか分からん。
「取り敢えず、コウスケに電話するからな。お前の名前は?」
「アラタ!
「よし。ありがとな」
肩車中のアラタが、自信満々に名前を教えてくれる。
自然な流れすぎて気づかなかったが、初対面の俺に随分心をこんなに開いてくれている…。小学生の子に懐かれるのはまんざらでもない。
俺はちょっと嬉しくて、上機嫌で電話をした。
「あ、コウスケ〜!!今さ、リノとアラタっていうどちゃくそ可愛い子達と一緒に居るんだけどさぁ」
「っ師匠ーーー!!!あのっ、え、そっちに二人共居るんですか!?」
スマホがカチ割れそうになる。よほど心配していたであろうバカデカ声量だ。
確かに早朝とはいえ、自分の妹が消えたとなれば一大事。早く安心させなくては…。
「心配すんな!二人は無事だぜ。さっきいろいろあって合流したんだ」
「!!よかった…、ありがとうございます!」
リノに電話を代わり、施設での事を色々と報告してもらった。支離滅裂でも、とりあえず話さないよりはマシだと思った。
「おにぃちゃん!リノは本当に大丈夫だから。うん。うん、もう帰るよ」
リノとコウスケが通話している中、アラタは少し寂しい顔をしていた。
俺はちょっとだけ頭を撫でた。
距離感間違えたかもしれなかったけど、アラタは笑顔になってくれた。
「ししょー!今から施設来てっておにぃちゃんが」
「分かった。じゃあおにぃちゃんに、十分待ってって言っておいて」
「わかた!」
通話を終え、また俺は二人を抱えて走った。
全力疾走の最中、俺は胸騒ぎを感じていた。
事件の多発。
サクタの周りに、大人達の大きな影がどんどん迫ってきている。
どの騒動もなんとか解決してこれたけど、きっとこれからは一筋縄じゃいかなくなる。またサクタは殺されてしまうかもしれない。
ハタだって、きっと…。
「朝ごはんたべたいなぁ。今日はアラタの好きな豚汁だよ〜」
「よっしゃぁ!じゃっ、それじゃあさ、師匠さんも一緒にたべよー!」
「園長先生にオッケー貰えたらな」
「「やったー!!」」
なんだかんだ、最後には戻ってきてくれていた日常が、段々と姿を消していってしまうんじゃないか。
…なんて、嫌なことを考えてしまった。
「良い原稿かけた〜!」
「締め切りギリギリをせめないでよ、モノちゃん」
「分かってるよーん。でも、私、このシーンだけは手直ししたくてさ〜」
「はいはい。じゃあこれ持ってくからね。あ、冷蔵庫のプリン食べてて良いわよ」
「やったーー!アシのすけ大好き!」
部屋に一人になる。
冷蔵庫のプリンへと車椅子を滑らせ、ご馳走にありついた。
「幸せ…」
そう言うと同時に、頭に浮かんだいろんなプロット達。愛しのプロット達。
「そうだよなぁ。妖怪人間の末路は、もっと劇的に仕上げなきゃ…」
第二十話 式神
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