第十九話 人形
「リノ、これはショウリョウバッタだぞ!食べると…、ちょっと草の味がする!」
「えっと〜、これはナナホシテントウだから…、苦くて死ぬほどマズイ!!」
「綺麗だろ?これはアゲハ蝶というんだ!食べると口が粉だらけになるからオススメしない!」
「…これ、全部食レポだ!!」
「モモちゃん、虫が主食だったって言ってたもんなぁ…熱意がすごい」
今日は青空いっぱいの凉しい日。
午前中の小学校を終わらせて、今日は昼からずっと、モモちゃんと新しく友達になったアラタくんと遊んでいた。
アラタくんはおしゃべりで、皆のリーダーみたいな男の子。私と同い年で、髪が真っ黒い。
モモちゃんは言わずもがな、木登りかけっこ本読み…他にもなんでも出来るチョーすごいお姉ちゃん!
「あちち、もっとそっちに寄って〜」
「あれ、太陽が傾いてきたんだな。あちちち」
今日は凉しいといっても、日差しは強いらしい。
日焼けのせいで腕がぶくぶくと腫れてしまった。
なので、私達は園長先生に長袖のカーディガンを借りて、庭の端っこの木陰で虫取りをすることになった。
「虫取り大好きだぞ!!」
「虫取りもいいけどさ、モモはどうして俺達と学校行かないんだよ?プールとか、歌うたうのとか、いっぱい楽しいぞ?」
「そうしたい所なんだがなぁ…。園長先生によると、私はコセキというものが無いらしくて、発行?するのに結構時間がかかっているらしいぞ」
「へぇ〜…、コセキが無いと学校通えないんだ。不便なの〜」
「まぁな。でも、リノ達とずっと一緒に居られるのは、とっても嬉しいことだぞ!」
「はいはい俺もー!」
いつか、皆で学校に行きたい。
けど、私とアラタはまだ小一だし、モモちゃんは八歳だから、クラスも階も離れちゃう。
結局、皆と一緒に居られる今が一番楽しいのだ。
「おいで〜リノちゃん、モモちゃん、アラタくん。新しいお友達が来ましたよ」
「「新しい友だち?」」
「とがた…、かづきです。よろしくおねがいします」
男の子…?女の子?私とおんなじくらいの身長。
短パンに水色パーカー。暑そうなタートルネック?ってのを中に着ている。
くせ毛の黒髪は片目を隠していて、表情が少し見えにくい。
それと、可愛い三つ編みをしているお人形を持っていた。
「かづきくんは、まだお喋りが得意じゃないんだけど、皆といっぱい仲良くしたいそうです!みなさん、ゆっくり話しかけてあげてね」
「「はーい!!」」
「俺さ、お手玉得意なんだけどさ、かづきは?」
アラタが、ひょこっとカヅキに近づきに行った。
他の子はそわそわして、皆外に遊びにいっちゃったのに、アラタはなんにも気にしないみたいに話しかけに行った。
だからか、カヅキは猫みたいに目を丸くしていたけど、小さな声でちゃんと返事をした。
「…かづきはね、絵かくのすき」
「そーなんだ!絵とか俺全然描けないから、すごいね!!」
思い出すと、私達に初めて話しかけてくれたのも、アラタだった。いっぱい喋るし面白いから、皆から頼られる。
私は人見知りをしてしまうから、いつも元気いっぱいなアラタは凄いな〜って思ってる。
「これ、使ってさ。一緒に絵かこ!!」
「う、うん」
二人が静かに絵を描くのを、私とモモは少し遠くから見ていた。
なんでかモモちゃんは、おにんぎょうを見てから喋らなくなっちゃった。けど、別にカヅキのこと悪く思っていないのは分かった。
しばらくして、絵を描きおわったのか、二人は緊張が終わったみたいに少し笑った。
「キリン、じょーずだね」
「…キリンすきだから」
人形を抱えながら描いた絵は、少し線がよろよろしてたけど、でもすごく上手かった。
「お、お…」
「お?」
その時には気づかなかったけど、モモちゃんの我慢ゲージはいっぱいっぱいだったみたい。
二人を見ていたモモちゃんは、とうとう二人の前に飛び出した。
私はびっくりして、あっ、と声を出した。
「お前…っ、お前なんなんだその人形!!なんでそんな危険なものを大事に持っているんだ?手放せない理由でもあるのか!?」
私達は最初、モモちゃんの言っていることの意味が分からなかった。
「…モモ?どうしたんだよ」
「アラタっ」
突然のことであたふたしていると、席に座っていたカヅキくんが、がたと、人形を持って立ち上がった。
私は嫌な予感がして、モモちゃんとアラタくんの後ろにこそこそ隠れた。
「…これ、ボクのおねぇちゃん」
「おねぇちゃん?」
カヅキくんはふふと笑った。
モモちゃんもアラタくんも、かたまってじっと人形を見た。
人形といっても、綿と布とフェルトで出来た、ぬいぐるみの人形。目もくるみボタンで、みつあみ髪は毛糸。口はずっと笑顔のまま。
私達にはそれが、危険なものには見えなかった。
「全然怖くないよ。かづきも、おねぇちゃんも、皆と仲良くしたいだけ」
人形の手をばいばいさせて、カヅキは小さい声で言った。
「…誤解していたみたいだ。カヅキの人形を悪く言ってすまなかった」
「うん」
土曜日の早朝。
モモちゃんもアラタも、まだ起きれないみたいで、うんうん唸ってた。
お兄ちゃんの方の部屋も閉まっていて、私は一人で顔を洗いに洗面所へ向かった。
私は昨日のモモちゃんのことを思い出して、少し足を止めた。
あれのこと、モモちゃんは危険な人形って言っていた。
私も、あの人形?ぬいぐるみが、怖いと思わなかったわけじゃない。でも、カヅキを心配するみたいに、あんなふうに言ったモモちゃんは少し変だと思った。
…ふと、足に伝わる冷たい空気でぼやぼやの目がはっきりしてくる。
小学生組の遊び場。昨日カヅキと話した場所だ。
私は気付けば、部屋の扉を開けて、中に入っていた。
「おはよう、リノちゃん」
扉を開けると、中にはカヅキが居た。
おにんぎょうを持って、並ぶ椅子達を全部壁に寄せて、部屋の真ん中に立っていた。
床にはチョークの粉が落ちている。
自分の足元を確認すると、なぜか木の床に大きな白い丸が描かれていることに気がつく。
「これ、どうしたの?」
「かづきの遊び場にしたの、ここ」
「え…?ここ、ここは…皆のあそびばだよ」
「ううん、もう違う」
カヅキは目をまんまるくして、私を見つめた。
私は、昨日のモモちゃんの言葉を頭の中で再生していた。
こわくなって、一歩後ずさった。
「ねぇ、こっち着てさ、おねぇちゃんと一緒にあそぼ?」
「えっ…」
カヅキがにこことして、こっちに手招きしてくる。
私は、何故かカヅキの方へと足が動いているのが分かった。
ん?あれ、私の意思じゃない。??
「…っ!!!」
「ふふ」
笑い声が頭に響いて、私は今、大ピンチなんだと気付いた。
もう目は覚めてるのに、まだ夢の中に居るみたいだ。身体が言うことをきかない。
「リノちゃん、かづき達とあそんで!」
「あ、っやだ」
円の中に両足が入っしまったその時、
「リノ!!!しっかりしろぉおおお」
「おわーーーーー!」
すっごく大きなモモちゃんとアラタの声が聞こえた。
シャツをぎゅんと引っ張られて、尻もちをつきそうになったその時
視界が真っ青になった。
「サクタ〜…。あともう少しなんだよぉ。ヘラクレスオオカブト見つけよぉぜ〜!!」
「もームリ!!ほら見て僕の腕、水ぶくれになっちゃったんですけど!」
「わーーんごめんーー!!でもヤダーッ」
「普通のクワガタで我慢しろよ」
「クワガタはちょっとフォルムが気に入らない」
「はぁ〜ん?!」
土曜日の貴重な午前中を虫取りに捧げる、高校一年生。
こんなことなら、凉しい補修教室に残ればよかったと思ってしまう。
「もうすぐ期末テストなんだから勉強しなよ。夏休み遊べなくなっちゃうじゃん」
「えぇ〜。ぎりぎり赤点回避できたら良いんだよ」
「お前はギリギリ回避できてないんだよ。ほら、家帰るよー」
「うぉおおお」
地面に抉り跡を残しながら、僕に引きずられるリン。
全く、元気なこと以外ポンコツが過ぎる。
「…なんか見えるぞ!!」
「なに?また僕も見えないようなやつじゃないだろうな」
「違うよ!!上々」
空を指差すリン。つられて自分も上を見た。
「…は!?」
モモだ。
それに、女の子と男の子…?
片方は多分リノじゃないか!?なんで、なんでっ
「サクタなんでだ!?あれっ…モズに戻ってるじゃん!?羽がっ」
二人を抱えながら、モモがパタパタと空を飛んでいる。
あのときの大きな羽毛をちらちらと上空に散らしながら、段々と下に落ちていった。
…ぼすん、という着地音と共に、誰かにぶつかったかのような音も聞こえた。
「やっばい、一般人に落ちちゃったか…!?」
「エグいて!!!」
森をかき分け、なんとかモモ達が落ちたであろう場所に辿り着く。
長い木の枝を跳ね除けていった先には、とんでもない光景が広がっていた。
「いったぁ!!!なんで今日はこんなことばっかりなんだぁーっ!!」
「すまない!こちらも着陸に手一杯だったんだ!お姉さんのおかげで助かったぞ!」
「なにを流暢にキミは…。…ん…?」
「ぎゃーーーっ皮剥がしー!!!!!」
悲鳴のその主。
かの陰陽連の、ツインテ浄化師だ。
第十九話 人形
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