第十八話 調査
「ごめんください!!誰か居ますか!?」
ドンドンと、九条家の事務所の扉を叩く。
あまりの人気の無さに、半ば私は絶望していた。
「誰かぁ…」
東京からここまでくるのに、新幹線とバスを乗り回して、大金をはたいてしまった。
土曜日だからか、新幹線の中が大混み。いろんな人にサンドイッチされて、ごはんもろくに食べられる状況じゃなかった。
これで誰もいないなら、帰り賃を守るための野宿コース確定。それだけは勘弁!
そもそも、なんちゅう場所にあるんだこの神社!別に、商店街の中の喫茶からスタートしなくても到着出来るし。なんていう遠回りをさせるんだちくしょう…!
ガラガラ
「はいはい〜。当主は不在ですぞ〜」
中から長老みたいなのが出てくる。
仰天して二歩後ずさってしまった。
「は、はじめまして!!九条家で合ってますか、ここ!?」
「あっとるけど。なになに、こんな美人のお姉さんと仲良くなったのか、サクタのヤツ」
まじまじと見られて、もう一歩下がる。
この甚平おじぃ、もしかして九条家の前前代当主じゃないか?!
なんか知らんけどDSポケットに入れてるし。なんなら自力で振ってコインためてるし!!
「おお。スマンな。とりあえず中入っていきんさい。要件だけでも通しとくからな」
「あ、ありがとうございます…!」
取り敢えず、ほっと一息ついて中に入る。
冷房の涼しさが身にしみた。
「お前さん、もしかしかたら三浦が言っていた…久世なんとかさんかのぉ」
「あ、そうです!久世柳といいます。その節はお世話になりました」
「いえいえ、こちらこそ孫達がお世話になったのぉ」
お年寄りの祓い屋関係で、あんまり良い経験が無かったから少し驚いてしまう。
変に頑固そうな感じも無いし、高圧的な雰囲気も感じない。優しいオーラ全開だ
「そうだ、サクタから話聞かせてもらったんじゃけどな〜?お前さん、
「あ、そうですね。まぁ去年やっと合格出来て、部署に配属されたって感じですけどね…」
「別によいよい。最近は独学で事故を起こす祓い屋も多いからありがたいんじゃよ。サクタにも取れと毎年言っとるんじゃが、なかなかのぉ〜」
「試験会場、なんでか北海道ですもんねぇ。高校生じゃなかなか手が出ないっすよ」
「やっぱそうじゃよなぁ〜。会長に直談判しにいこうかのぉ」
「…おぉ」
肝の冷えることを言われた後、居間に案内される。
机の上に置かれた麦茶。氷がいっぱい浮かんでて、結露したコップが冷たくて気持ちいい。
落ち着いた空間にほだされていると、おじいさんが座布団を用意してくれていた。
「そんで、今回の用件はなんじゃろか」
「あっ!えと、」
すぐ応答しようとしたが、言葉がつまってしまった。
「…それが、なにから話したら良いのか分かんないくらい、いろいろ立て込んでて…」
「陰陽連におったら、難しいことでいっぱいじゃよなぁ。いいじゃよ、ゆっくりで」
座布団に座りなおす。
一呼吸おいて、自分は口を開いた。
「…九条桜子と九条涼太郎の、研究資料を見せてほしいんです…!!!」
…少しの沈黙の後、おじいさんはう〜んと唸ってしまった。
「おじいさん!!」
「ムリカモ」
「なんでぇ〜!!ここまで来たのに!!」
「だって、どうやって封印したか覚えてないしぃ。もう誰も開けないようにしてるしぃ」
「物理的に無理ってこと!?それって、え、おじいさんが資料封印したの?」
「うん」
「わーーっ」
駄目だ!!詰んだ!!!
ごめんシロ、助けられそうも無いよぉ。これじゃ鬼娘として、このまま研究所の皆にあんなことやこんなことされちゃうことに…。そんなの絶対に嫌なのに!!もしかしたら死刑だってありえるのに…。
どうしようどうしよう…!
「もしかしてお前さん、誰か皮剥がされちゃった?」
「え、」
「あ〜その感じ、ワシ分かるよ。陰陽連で出ちゃったんじゃろ、皮剥がし」
「出ちゃったって…どう言うことです?」
「近衛会も大きく出たもんじゃ。こうなったら、そろそろワシらもじっとはしておれんなぁ」
皮剥がしのこと、なんでそんなの普通の事みたいに言ってる?それに近衛会?なにをいってるんだ、この甚平おじぃ。
…人間の皮だとか、妖怪だとかって、そんなの神話の中だけの話だろ。
大真面目に会議してる陰陽連の連中がおかしいんじゃないのか?
「信じる信じないの話より、意味不明の方がデカいじゃろ、正直。妖怪とか人間の関係は、大昔の出来事すぎて、今じゃ創作に等しいからのぉ」
「そうですっ、よぉ!!ほんとう、あの子になにが起こったのか意味が分からなくて…、それは陰陽連の偉い人たちも同じで…。それで、そのせいでっ、私の親友が酷い目に遭うかもしれなくて!!…魂研究家の一任者に聞くのが一番早いってことになったんです。それで、ここに来ました…」
それでそれで、と言葉がズルズル出てくる。
一息で喋ってしまったから、自分は自分の唾で噎せた。
お茶を一気に飲んで、とにかく落ち着こうとする。
「…どうすれば」
「そうじゃな。やることは大体決まった」
おじいさんが席を離れる。
居間から出ていき、廊下の奥からゴソゴソと何かを探す音が聞こえ始めた。
あったー!と声がし、ふんふんと豪快に居間へ歩いてきた。
「状箱?」
「これが研究資料じゃ。でも開かんようにしておる。ワシが世間の混乱を防ぐために、二十年前にした年代物の封印じゃ」
それを机にコトンと置く。
なにかしら紐が結んであるわけでもないのに、それは接着剤でもつけたかのように開かない。
「お前さんとサクタの力を使っても、全く歯がたたないくらいには固いからのぉ。決して一人で開けようとしちゃならんぞ」
「は、はい!分かってます…。でも、サクタさんは…?」
「ん、この街のどっかじゃ」
「おーざっぱ!!!とりあえず走ってきます!」
状箱を持ち、急いで九条家を飛び出す。
シロにもおじいさんにも、良い報告が出来るように。
「また戻ります!!!では!」
「よろしくたのんだぞ〜
そう言って家を威勢よく出たは良いものの、正直なところ…、今までの出来事の実感が湧いていない。
あのとき、
成瀬を焼却場に連れて行って、ほんの少しのことだった。
私が掃除道具を取りに行った後、「誰か来た」ってシロから聞いたことない大声で呼ばれて。
それで、シロはあんな姿に。
…きっと、近衛会の誰かに。
「一緒にさ、温泉いこぉね〜!それで、富士山みてさ、クッキーも買っていこうねぇ」
シロには。
あの子にだけは、笑っていてもらわなきゃ困る。
陰陽連の汚点だなんて、もう二度と言わせない。
「日焼けなんて気にしてらんねぇえええ!!!」
「…お腹すいたぁ」
「昼ご飯は食べましたよ」
「お肉が食べたいんだぁ、私は。今度リュウちゃんと焼き肉に行きたいなぁ」
「リュウさんと?」
「そうだよぉ。そういえば君ぃ、リュウちゃんと同期だっけぇ」
「そうです。よく知ってましたね」
「そりゃあ卒業式見に行ったしぃ、君は首席だったらしいじゃん。今も研究者でしょお?すごいねぇ」
「…別に。勉強出来なかったので進んだ道です。魂の研究は、とても楽しいので」
「そっかぁ。じゃあ、あれでしょぉ…。九条家の死海文書、探してたりしてるんでしょ!」
「な!!」
「ふふふ。私、この間九条家の当主さんと初めて会ったんだぁ。可愛かったよぉ?きつねさんみたいだった〜」
「高校生でしたよね。秘匿性の高い祓い屋一族なので、あまり詳細には知らないのですが…」
「私も。でも、すごく優しそうな子だったぁ」
「そうですか。よかったです」
彼女と話していると、まるで実家に居るかのような安心感に包まれてしまう。
あまり接近するなとは言われているけど、自分は彼女の居る牢の、格子ギリギリの所で座っていた。
彼女には、嘘みたいに鬼のツノが生えている。
先っぽがほのかに桜色に染まっていて、不謹慎だが、少し神秘的な印象がある。
片目の瞳孔が猫のように縦長で、少し怖い。けど他はどこも変わらない。食欲はたぶん…いつもより黄精になっている?んだと思う。
「…心当たりは?」
「ん〜…。多分人に触られたんだよぉ。肩を、とんっ、て」
「人…?」
彼女は肩を触りながら、少しうつむいた。
「一瞬だった。私、気付いたら頭が痛くなってて、本気で死ぬかと思ったんだぁ。でも、監視カメラも捉えられないぐらい一瞬で、全然捜査できないんだってぇ」
「…それって、近衛会の仕業じゃ」
「やっぱりキミもそう思う〜?だってさ、この間のモズ事件さ、おかしいもん。山に住んでた親子の、親の方が急に灰になって消えたって…。そんなことありえないでしょお?それに早贄だって、人間で、はたまた女の人が出来るような芸当じゃなかったしぃ。デカすぎるあの羽だって、きっと妖怪の落としものなんだよぉ!」
「まぁまぁ…。でも、妖怪という名称で胡散臭くなっているだけで、本当に起こることなのかもしれません。皮剥がしというのは。現に、あなたの状況が神話通りの状態なのなら」
「だよねぃ。あーあ、早くどうにかならないかな、このツノ」
ツノをつんつんとしながら、冷たい牢の床で寝転がる。
スーツのブラウスに血の跡が見える。ツノが徐々に皮膚を突き破り、今も定期的に出血があるのだ。
「…抹殺は、絶対に避けたいです」
「そりゃぁね。私、リュウちゃんと山梨行くんだぁ。九条家にもお参りしたいしねぇ」
「仲がよろしいんですね。大学にはいらっしゃらなかったのに」
「うん。私全部勘で生きてるからぁ。ほんと、結界術以外ポンコツなんだけどねぇ」
にゃはは、と笑いながら彼女は天井を眺めた。
「あとねぇ。リュウちゃんは私のヒーローだから。絶対に助けに来てくれるんだぁ」
「ぜったい?」
「うん〜!ぜったいだよぉ」
俺は、大学内での彼女を思い出していた。
彼女は、確かにヒーローと呼べるような人望ある人だったような。
でも、あまり良くないことを言われていたのを思い出してしまった。
『久世家の、落ちこぼれだって』
第十八話 調査
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