第十話 悪意

おかあさん

おかあさん


お母さんの声をもう一度聞きたくて、私は毎日お母さんの名前を呼んだ。


お母さんは、私が小さい頃から鳥だった。

なんでかはわからない。確か、四歳くらいまでは、半分鳥で半分人間くらいの見た目だったとおもう。ちゃんとは喋ることはできないけど、名前は呼んでくれたし、ご飯も作ってくれた。


でもある日、完全に鳥になった。もふもふの、おっきなぬいぐるみみたいになってしまった。


どうすればいいかわからず、二三日ぼーっとしていたら、変な女が家にやってきた。

怖かったけど、そいつは優しく私に教えてくれた。


「お母さんを元に戻したいなら、人間の肉を、お母さんに食べさせてあげなさい」



もともと人の少ない集落で、二人で暮らしていたから、お母さんの巨体は誰にも知られることは無かった。

私達は、食べられる人間を探しに旅にでた。


「人の居ない夜なら、お母さんも少しづつ移動できるし!たまたま人に見つかっちゃったら、その時は食べちゃえばいいんだし」



一つ山を越えて、私達は下町に降りてきた。

運の良いことに、私達は誰にも見つからず、とある小さな山に到着することができた。

しかし、お母さんの体力はもう尽きてしまって、私達はここで人間を捕まえることになった。



「お母さん、どうしよう。私もそろそろ鳥みたいになってしまうかもしれない」


自分の右腕。それと背中に、お母さんと同じ羽毛が生え始めた。

私も、お母さんとおなじ、大きな鳥になってしまう日が来るかと思うと、怖くてしかたがなかった。


そんな時出会ったのが、相生だった。



「お腹すいてない?あめちゃんいる?」

「…お前誰だ!不審者か?」

「ちがうよぉ。僕は、ここに探しに来た人がいるの」


相生は、目にいっぱいくまをつくった、優しい人間だった。

おっとりの、ゆっくりって感じ。耳に残る温かい声をしていた。


私はその時、初めて「飴」というものをたべさせてもらった。びっくりするぐらい甘くて、いっぱい涙が出た。

こんなの、田舎のお家にも無かった。相生はとても喜んで、他にも美味しいお菓子があると、いろいろ食べさせてくれた。

私は相生が大好きになった。


「…君にお母さんはいる?」

「いるぞ!!お前はとってもいい奴だから、特別にあわせてやろう!」


ウキウキで大きい鳥になったお母さんを見せた。相生はすこし黙って、優しく羽毛をさわった。

その後、なぜだかわかんないけど、相生は泣き始めた。

私は戸惑ったけど、それでもお母さんのために泣いてくれていた気がして、少し嬉しくなった。


「相生、お前は、少しお母さんと似ている気がするぞ。なんでだろうな」


私がそう言うと、相生は、泣きながらだけど、少し笑った。



その後、私が目を離したちょっとの隙に、遺書を残して彼は首をつってしまった。

遺書にはこう書いてあった。


『僕をお母さんに食べさせてください。これからは僕が人を連れてくるから、もう心配しなくて大丈夫だよ。

あとお願いなんだけどね。いつかお母さんが人間に戻れたときには、僕のことは秘密にしていてね』











「師匠?なんだそれ、ぜんぜん意味わかんないんだけど!!」

「それもそのはずだ。お前はずっとこの山に居て、外の世界をしらないからな」

「…なにがいいたいんだ?」


男は、ずいぶんとボロボロだった。

服はどろんこで、髪に葉っぱが何枚もついている。

相生の師匠と言い張り、意味不明なことばかりいってくる。


「俺は、人の生き死に口を出す趣味はない。死期を決めるのは自由で、命にどう責任を持つかも、その人次第だと思ってる。俺はそうやって生きたり死んだりしていった人を、何人も見てきた」

「…」


「そういう意味で相生は…、相生そらは許されないことをしたと、俺は思う」

「なんでだ…?相生は別に、悪いことなんて」


「弱い人を、死に誘導した。心の隙につけこんで、ここに連れてきた」



リンと名乗ったその男は、一個の紙切れを取り出し、私の眼の前で破いた。


「お母さんは、俺とサクタで救う。だから、今はそこで眠っていてくれ」

「は、はあ、なんっ」


視界が地面に近づく。

私は、なんでこんなところで眠たくなっている?

な、なんで。


「あ、あい…」


相生…









「眠ったね」

「うん。ちゃんと、話を聞いてくれる子で良かった」


リンは眠りの御札をくしゃとポケットに入れ、顔の土を袖でぐいっと拭った。

昨日から今日にかけて、いろんなところを駆けずり回ってくれた。


「…リン、ありがとう。本当助かった」

「あたりまえよ。俺らのあつ〜い約束をわすれたか?」

「まさか」


僕は、リンの肩をぽんと叩いた。

さすがに疲れたみたいだ。少し下がっていてもらおう。


「俺が大ピンチになったら、おじいちゃん呼んできてね」

「まかせちょり」


リンとハイタッチをし、森を歩き始める。

首吊り死体を通り過ぎ、鳥の前へとたどり着く。

鳥は六畳の部屋を埋めるくらいには大きく、ゆっくりゆっくりと深く呼吸をしていた。

目は真っ黒で、もう人間の基質を少しも見失ってしまっている。それもそうだ。人間をこんなにたくさん食べたんだから。


ここまで取り返しのつかなくなった人間を相手に、僕が出来ることは限られてくる。


「どこかに、そらさんがかけた呪いがあるはず…」


羽毛を触っていると、ゴツ、と明らかに変なものが刺さっているのが分かる。 

硬い藁の塊だ。それをぎゅっと引っ張る。


「キィゃあああああああ」

「おわっ」


鳥は、その大きな図体をバタバタとさせて抵抗した。

その時にポロッと取れた、その藁の塊。


「ちっこい藁人形だ…」



遠くで、サクタ大丈夫かー!と声が聞こえる。

俺はグッチョブサインをして、もう一度藁人形を見る。


「変な匂い…?」


タバコみたいな、甘い匂い。

あと少し鉄っぽい。特有の酒の匂いもする。

頭・手・足・胴のみの簡単な作りの藁人形だが、一般人の手作りにしては綺麗だ。

まるで、何回も作ったことがあるかのように。

「…なんだ?これ」


胴に、なにかおかしな膨らみがある。

爪で藁に穴を開け、ツルッとした感触のなにかを引きずり出した。


「…写真?」





そこには

僕の、九条朔太の姿が写っていた。




「ぁ゙あ…?」




ぐさ




「…」



なんで。


落ち着いて、深呼吸をしようとして、汗がふきだす。

地面に膝をついた。

まさか、まさかこれが目的とは言うまい。

…僕は、悔しいことに、何も分かっていなかった。この事件にどれだけ近衛達の手が伸びているかなんて。


…そういえば、鯨崎さんの時もそうだったけど。

僕はあんまりにも考え無しで、今まで何度も利用された。


別に、それに関しては、仕方のないことだと分かっていた。

なぜなら、僕はあまり頭の切れる方ではないし、魂云々以外、ただの高校生だからだ。

社会の仕組みにも、人の心にも疎い。

だから、騙されるのも陥れられるのもしょうがない事なのだ、と割り切ることができた。


しかし、そうもいかなくなってきたのが、現実だ。


事実として、自分は不幸を呼ぶ存在だ。

ここ最近の事件は自分を中心に起こっているといっても、過言じゃない。

そんなの、僕は耐えられないし、別に耐えたくもない。



「…こんな事で、成功したつもりか。近衛」



胸から血が溢れ落ちる様子と、刃先を見るに、僕は日本刀かなにかで心臓を貫かれた。




やられてばっかりでは済むまい。

突然僕の後ろに現れたヤツは、僕を殺すためだけにここに呼び出されたらしい。その証拠に、リンの声がしっかり聞こえる。良かった。リンが死んでいたら、僕は今頃おかしくなっていた。


「リン!!!っぅ、頼んだぞ…!!!」


僕はもうすぐ死ぬ。なら、出来るところまでやるしかない。

この件は一旦全部忘れろ。後につなげることだけを考えるんだ。

決めた。決めていた、こうなった時のことは。


けど、絶対に、ハタゾンビだけは呼ばない。



ぐちゃ、ぐぐっ、ズルズルずるっ



「がぁあああぁつ!!!」


第十話 悪意

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