第九話 兄
「ありがとうございます!お家に上がらせてもらえるなんて感激っす!」
「外は暑いし、何より話しづらいこともあるでしょ」
「お気遣い感謝っす」
風鈴の鳴る、涼し気な縁側で、ラムネ瓶を冷やしながら話をする。
ここまで来る道中に、何度も女子に話しかけられていたのが気に食わなったが、すこしばかりリンと似たようなポンコツ感があった。ちょっと面白かったので、モテオーラのことは許した。
本当に気さくで、多分全人類からモテるのだろう、コイツは。
「そうだ、師匠はどこへ…?」
「あの山について調べてくれてるよ。意外と地域のおばあちゃんとか、こういうの詳しいでしょ」
「確かに…!今度なんかおれいさせてくださいっ!」
「嬉しいけど…、それは事が解決してからね。それで、詳細を教えてくれる?」
「そっすね〜…。いやぁ、どこから話したらいいもんか…」
まずは家族のことですかね。
僕の父ですが、母の再婚相手でして。いったら血の繋がりはありません。確か俺が十四歳の頃に、うちに初めて来たと思います。
かなり乱暴者の父でしたが、別に夜勤でほとんどいなかったし、学校に通わせてくれるので嫌いとかそういうのはありませんでした。
あと、物忘れはひどいけど優しいばあちゃん。介護施設から末期がんを宣告されて、一年前から家に来ました。
あと、父の連れ子の兄ちゃんと、唯一血の繋がった七歳の妹っていう構成です。母が病気で死んでからはずっとその皆で暮らしてきました。
兄の名前は相生そら。妹は梨乃といいます。
兄ちゃんはここに来た時から鬱病を患っていました。すごく優しくておっとりした人なんですけど、気分の明るい日しか、基本部屋から出てきてくれませんでした。でも、リビングに出てきてくれた時は、必ずと言っていいほど遊んでくれました。
十四の俺には、優しい兄がずっと自慢の存在でした。
ただ、なぜそんな彼が鬱を患っているのか不思議で、思い切ってきっかけを父に聞くと、必ずといっていいほどキレらました。
…だから、ずっと後悔はしていて。
学校も行かない兄ちゃんが、初めて外に出ていった時、もっと早くに俺は追うべきだったなぁって。
「母に会いに行く」
って置き手紙を残されたら、どうにも追いかける気になれなくなっちゃって。
母以外の母に、できるなら俺は出会いたくなくて、彼を放置してしまった。
兄ちゃんが見つかったのは、その次の日でした。
「モズの早贄」って、知ってますかね。
鳥が獲物を木に刺す…、そう、これです。
兄はおそらく首吊りをして死んだ後に、こんな風に木に釘刺しにされました。
警察に報告して、遺体は結局調べてもらわずに火葬することになりました。
父と葬式のことについて話していたんですけど、ふと、父がコンビニに言ってくるといい始めて。
それから、父と生きて会うことは、もうありませんでした。
おばあちゃんも数週間後に、夜中に家を抜け出して行ってしまいました。
買い物も、家の戸締まりもできないおばあちゃんが、夜中にロープを買って山に行ったっていう事実が、あんまりにも信じられないことで。
「警察の捜査は…?」
「それが、なんにもわかんなかったぽいです。確か、あの早贄を人間が作った形跡が無い、みたいなこと言ってて。しかも俺の家族以外も、自殺者がどんどんでてきて、事件性があるようなないような…ってうやむやになってきちゃって」
「そっか…。大変なんてもんじゃ、きっとなかったよね」
「もう終わったことなんですけど、確かにあの頃は、ずっと眠れなかったすね」
はは、と彼は爽やかに笑う。
あまりにいたたまれない気持ちで、僕は少しうつむいてしまった。
かこん、とラムネのビー玉が落ちる音が、横で聞こえる。
ラムネを飲む彼の瞳は、青空をまっすぐみていた。
そこには辛さだとか苦しさは少しも感じなくて、あくまで「あったことを話しただけ」という淡々としたものだ。
彼にとって、この事件はすでに過去なんだろう。
今の目的は妹を助けることであって、それは弔いでも復讐でもない。
苦しいほど、まっすぐな、妹への想い。
「妹さんはいまどこに…?」
「もうすぐ小学校から帰ってきます!よければ、サクタさんも一緒に迎えにいきませんか?」
「…いいの?」
「はい!もちろん。きっとよろこびます!」
カラスが、かあかあと鳴きはじめた。
オレンジの入道雲が、昼よりも、もっともっと大きく成長していた。
僕の気持ちも、さっきよりは軽くなっていて、相生の独り言に相槌をうてるくらいにはなった。
「なにしてるの?」
「写真です!ほら、かわいいねこちゃんっす」
彼は、日常のいろんなものを愛でながら歩いていた。昨日までは居なかった、小さくて可愛い花を、写真のフォルダにしまっては、満足げな顔をしていた。
「ふふ、ハタっぽい…」
「どしました?」
「…んーん。なんでもないよ」
「そうですか〜?」
歩きながら、ふといろいろ考えた。
僕の家族は、おじいちゃんとハタゾンビしかいない。
それでも楽しくやってきたし、それが普通だった。
だから、もともとあったものの喪失なんて、僕には計り知れない。
兄弟がいた人の気持ちとか、親のいた人の思いとか、きっと僕はわかってやれない。
彼にかけてやる温かい言葉なんて、きっと僕が言えば、全部薄っぺらになってしまうんだろう、と思う。
「にいちゃん!その人だれ〜?」
「友達のサクタくんです!こんにちわーっていってごらん」
「こんにちわーーーー!!!!」
声デッカ。あと顔似てる。ちっちゃい子の笑顔まぶっし…。
「ねえ、おにいさんは、あたしのこと好きー?」
「あっ、え、どうしよう相生」
「ごめんなさい…。なんかいっつも聞いて回っちゃうんだよな、この子は」
妹は、えへへ〜と笑って相生にぴょんと飛びついた。
すごく微笑ましかったけど、どこかで複雑な思いもあって。
ふたりとも、支え合いながら、強く生きてきたんだろうな。
「…この子も、色々見えるの?」
「いや、見えないっす。俺だけ、兄が亡くなった頃から見えるように」
身内の死から、「そっち」の感覚が鋭くなることは珍しくない。
ただ、あまりにも慣れすぎていて、僕は少し心配になった。
「僕らに頼んだのは、きっとこれが人間の仕業じゃないって、そう思ったからだよね」
「…はい。学校で、サクタさんがそういうの見える人って、なんとなく分かって…。たまに人の悩み事とか解決してたりするの見てたから…、だから、きっと話くらいは聞いてくれるかなって」
相生はそう言って、若干恥ずかしそうに首を掻いた。
…そうか、僕ってそんなわかりやすいヤツだったのか。学校では空気みたいに過ごしてたつもりだったのに…。駄目だ、恥ずかしくなってきた…。
「…相談してくれて、ありがとね」
僕だって、大体検討はつく。仮に人間がこんな派手な事をしておいて、なんの証拠もないなんてありえない。
人間が手を入れた形跡が無いってことはつまり、大きな化け鳥が、本当に人間を食料にしているっていう、そういうことになる。
ありえない。あまりに奇怪だ。
「任せて。出来るところまで調べてみるよ。なにがなんでも、君たちに危害は及ばせない」
やっと言えたその言葉で、相生はやっと肩の力を抜いてくれたのだった。
「おい、そこに誰かいんだろ」
「…いないけど!」
「嘘こけ。居たら返事しないんだよバーカ」
「バカ…?お前、今バカって言ったな!?」
木の上から、何かがバサッとおりてきた。
葉っぱをぶんぶんと振り落とし、俺の方を見つめてくる。
ボサボサの長い髪、白い大人用のシャツを着ている。
大体、小学生くらいの女の子だ。
「お前、名前は?」
「言わない!!お前から名乗るべきだっ」
ずいぶんとプライドが高いお子様だ。
腕を組んで、フンフンとこちらの反応を伺っている。
「俺は知ってるぜ。モズっていうんだろ?この地域じゃ珍しい、早贄をする鳥だ」
「な、なんでしってる!?わたしを知る者は皆死んだはずだ!」
「そりゃ、こんだけ森に人を呼んでれば、「妖怪がでた〜!」くらいの噂にはなるだろ」
「…なにがいいたい!!あれに文句があるのか?」
そう言って、積み重なっている首吊り死体を指さした。
おもわず目を防ぎたくなる。腐乱した死体の匂いと、獣臭さで、正直吐き気も止まらない。
けど、向き合わなくては。この子にも、この人たちにも。
「お前はなんなんだよ!!!!首つらないなら帰れよ!!!」
「ああいいぜ。ただお前には伝えなきゃいけないことがある」
「は!?」
「俺の名前は宇佐美琳。相生の師匠だ」
「相生の…!?」
第九話 兄
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