二章 百舌鳥・飴玉・祈り

第八話 百舌鳥

「はじめまして!!鈴成蕗と申します。サクタ様から肉体を頂きました」

「こ、これが百目鬼…?」

「普通の子供じゃねぇか」

今日は百目鬼、もといフキのお披露目会だった。

ちゃんと歩けるし、発音も完璧。

殴られても良いから、鯨崎さん達に会いたいと、フキたっての願いだった。


「アカネ様、メイ様。この度は大変ご迷惑をおかけしました。誠心誠意償わさせてください」

「そんなっ、別にあれをキミだとは思っていないし!君の方こそ大変だったよね。ほら、顔上げて」

「アカネ様…!」


すごい、ホントに女神みたいな人だ。

普通なら、自分達を陥れた化け物を許せないはず。


「これから行くアテはあんの?アカネと俺は、取り合えず里から見つからないよう、こことは違う神社に匿ってもらうけど…」

「そうなのですか。私は、私はそうですね。家も父も失ってしまった身なので、どこか私を雇ってくれる所を探さなければなりませんね」

「そんな〜!まだ子供なのに駄目だよ!!よし、俺が神主に直接話し合おう」


…きっとアカネさんにとって、寂しい時に側に居てくれた人という認識があるのだろう。

声色も、眼差しも、とてもあたたかい。


「お二人の側にお使えさせてもらって良いのですか?」

「そりゃ、別にお前が良いなら…な?」

「うん。ほっとけないもん」


フキは、ぱっと笑顔になって、何度も感謝をしながら二人にペコペコと頭を下げていた。

それは、なぜだか、僕がずっと望んでいた光景のようにも思えた。


「なんだか、フキ見てると、ちっさい頃の成瀬思い出すわ。あのジト目な所とか」

「あの人と、長い付き合いだったんですね」

「…まぁな。加藤が後輩に来るまで、アイツはほとんど俺の弟みたいな存在だった」


三浦のその横顔は、楽しかった日々を懐かしむ、とても寂しい顔だ。


「…三浦さんは、別にもっと居てくれて良いですからね?」

「俺だって仕事探すわい」



その後、眠そうなハタゾンビとおじいちゃんを起こして、彼らを全員で見送った。

初めて会った時、あんなに暗い顔をしていたのが嘘みたいだ。今の僕より遥かに元気そうじゃないか。


「じゃあーーねーー!!!ありがとーー!!!!」


鯨崎さん達には、いっぱい幸せになってほしい。



「…じゃあ、僕は学校の支度をしますね」

「そうだな。朝ごはんつくってやらぁ!」

「頼みます」













「ふんふん、今日も良い日だな!」


ぴょんぴょんと飛ぶ蛙を捕まえ、口の中にぽーんっと入れる。


「そーだな、今日はここにしよう!」


ちょうど良い木の上に寝転がる。前の人が落としていった本を片手に、そこら辺を歩いていたバッタを口にいれた。


「そろそろかな、まだまだかな」


鼻歌を歌うのにふさわしい、おっきな入道雲の映える良い天気だ。

おっきなあくびをした後、お決まりの音を聞いて、胸が高鳴った。


ギシ、ギシ、ギシ


「うふふ、これでまた母さん達よろこぶぞ!ありがとう、相生」


早く、もっともっと人間がいっぱいきてほしいな。











「こんなに暑いと、やっぱり夏本番って感じしちゃうよな」

「入道雲でか…。リン、傘持ってる?」

「持ってないぜ。てか雨降るんスカ?こんな青空なのに」

「だって雨の匂いする」

「だる〜」


昼休み、眠たい古典の授業を済ませ、僕らは中庭で昼ご飯を食べていた。

三浦のおにぎりは、リンのと違って少し甘い。これもこれで僕の好みの味だ。


「サクタさ、結局あの人たちには何にも言わなかったのな」

「…そーね。まあ、簡単に言えたものでもないし」

「そりゃそうか」


ぼんやりとした会話の中、発達していく雲をなんとなく眺める。

ハタゾンビとも一緒に見たかった。

…なんて、余計なことまで考えてしまった。


「そろそろいこうぜ」

「うん。次の教科なんだっけ」

「えーと、数学一だわ」

「うわ、絶対寝るんだけど」


ぐだぐだしながら下駄箱で靴を履き替える。

上履きに手を伸ばしたその瞬間、見知らぬ物がパサッと俺の足元に落ちた。

ぎょっとしてすぐにそれを拾い上げる。



「りり、リン」

「なんそれ、てがみ…」


二人して絶句する。

顔を見合わせて、再び手元に目をやる。


「「手紙じゃん!?」」


明らかにピンク色の可愛い封筒だ。

シールもくまちゃんのやつで、隅にまるっちょい字で「サクタさんへ」と書かれている。

これは、これは…。


「いや確だろ」

「いーやまてサクタ!!!これもなんかの罠だろ!お前狙われてるっぽいし」

「なんだよ人聞きの悪い。中身よませなさい」

「ぐああああ!おれっ、俺が読むー!」

「あ、ちょ」


ぱさ、っと中の便箋が宙を舞う。

と同時に、俺は予想もしない言葉が綴られているのに気がついた。



『助けてください。妹を守りたいんです。放課後、剣道部に来てください。 相生』



sosだ。

こんなにダイレクトな相談は、学校生活の中で初めてのことだ。少しびっくりしてしまう。


「サクタ」

「…うん。行ってあげよう」


ただならない胸騒ぎをおさえながら、僕たちは教室へと急いだ。







「リンって部活どっか所属してたっけ」

「中学のときは陸上だったけど…、夕方の山に変なのがいっぱいいるから、結局怖くて部活やめちゃったなあ」

「確かに夕方に山は嫌だね」


剣道部の部活風景を眺めながら、依頼者をリンと待つ。

帰宅部エースの僕たちとしては、その光景が少しキラキラしすぎている。

月曜日の日差しも、やはり勘弁ならない。


「まだかな〜」

「…あれだね」


僕たちを見かけるなり、とんでもない勢いでこちらに走ってくる。

剣道着を着た、茶髪の男子だ。


「サクタさーーん!!こんにちはーーーー!」


声デッカ。背たかっ。そんでもって死ぬほどイケメンだな、コイツ。

俺はこんなイケメンからのラブレターで調子に乗っていたのか。なんか気持ち悪くなってきた。


「俺っ、相生って言います!相生孝介。コウスケって呼んでくださいっ!」

「どうも…。元気いっぱいですね…」

「まじっすか!あざっす!!そちらの方は?」


そそくさと逃げようとするリンを、しっかりとつかまえる。

「おっ、俺は鳴山高校一の秀才…っ、宇佐美琳だ!!おぼえとけ!」

「すごいっす!!俺馬鹿だから、いつもテスト補修組で…。師匠ってよばせてください!!」

「も、もちろんだともぉ」


本物の爽やかイケメンの前で、アリもしない虚勢を張っている。愚かな生き物よ…。

呆れていると、相生は真剣な顔になって言った。


「そう、俺、サクタさんと師匠に相談したいことがあって、ここに呼ばさせてもらいました」

「…そうっぽいね。どうする、今部活抜けられそう?」

「はい。着替えるので、少し待っていてもらえますか」

「わかった。待ってるね」


俺とリンは、顔を見合わせた。


「あんま大きな声でいえんけどさ、今後ろにでっけえイタチみたいなの通ったよな」

「…相生、目で追ってた。多分だけど、障り神がみえるんだ」

「だよな…。まだ凶暴になってなくてよかったぜ。心臓どきどきしちゃった」


彼は、一体いつ頃から見えるようになったのだろうか。

あれほどスルースキルがあるなら、きっと年はいっているだろう。


「…てか正直、これが本当のラブレターなら、サクタはオッケーしたん?」

「するわけないでしょ。僕はハタゾンビ一筋だからね」

「だよね〜」

そんなこんなで、制服姿のイケメンが部室から出てきた。


「おまたせしました。ではさっそく…」

「おお、なんてスピーディー」


ごほん、と咳払いをし、とある地図を見せてくる。


「この山なんですけど…。モズの妖怪が出るって噂知ってます?」

「聞いたことはないけど…。リンならしってるんじゃない?ほら夕方になると怖くなる山じゃん、ここ」

「ううーん。単純に俺だけが怖がっているものだとばかり。それより、俺にとってここはどっちかっちゃ…」


「自殺の名所、ですよね」

「…うん」


セミの声がシャワシワと校舎に響く。

彼の顔に、夏の青い影が落ちる。


「俺の兄が、ここで首を吊りました。その後すぐに、父と祖母も」

「…っ」



「あと家に残っているのは、僕と妹だけで…。そろそろ養護施設に入るんですけど、なんだかその前に、妹も山へ行っちゃいそうで怖くて」


相生はそういうと、僕の手を強く握った。



「妹を助けてください…。お願いします」




第八話 百舌鳥

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る