第七話 近衛

「サクタ〜、爆弾おにぎり作ったぜ」

「あの異常に美味しい爆弾おにぎり!?やった、リン大好き」


「鯨崎よ。これが今流行りのWii Uじゃぞ」

「あ、知ってます!画面めっちゃ綺麗なんですよね」


「ねね!!ボク、ミウラにあれやってほしー」

「なに?ハタゾンビ、三浦とも仲良くなったのか?」

「勘違いするなよ!俺の肩車の安定力が半端ねぇだけだぜ」

「きゃはーっ!」


う、うるさい。

なんだここ、嗅いだこともない良い匂いがする…。

あとまぶしっ。この光、行灯とは違う眩しさが…。夜なのに朝みたい。


…こんなあったかいところ初めてだ。

安心して、二度寝したくなっちゃう。


「やっぱり綺麗だナー。まつ毛みょ〜んだモン」

「ウワっ」

「あんまりジロジロみちゃ恥ずかしいだろ。すいませんね、アカネさん」


コイツは、

こいつは…?


「アーっ!!!俺っ、おれ!百目鬼と契約してっ、九条家に助けてもらって…」


自分の体をよく見る。

よく見ると大人の姿に戻っている。もうすでに夢の中からは出られたのか!?

え、でもどうやって…、あれ、メイってあの後どうなったっけ。


「なんも思い出せない…。どうしよーーっ」

「アカネ、落ち着いて。俺は大丈夫だから」

「あ、っ、メイー!!!」


布団を脱ぎ捨てて、メイに飛びついた。

俺は、ずっとこうしたかったんだ。

これ以上望むものも、捨てるものも何も無い。


「ずっとメイに会いたかったんだよぉ」

「うん、うん。俺もだよ。また会えて嬉しいよ」

「うわぁああん」







「すげぇ。あんな綺麗な大人の人が、あんな泣いてるの初めて見た」

「ずっと里に閉じ込められていたんだ。きっと心はまだ小さい子どものままなんだよ」


僕は食器を片付けながらリンと話す。

久し振りによく寝たから、明日からはちゃんと学校に行ける。

久し振りに晴れやかな気持ちだった。


「いやでも、今回のMVPは、完全にオレだろ。もっと褒めてくれて良いんだぜ?」

「いや、マジでありがとう。どう考えても僕達だけじゃ里に行けなかった。」

「やっぱオレっち、目ぇ良いからなぁ〜!!流石に付いていくのはノーサンキューだけど」


そう、この男リンは「目」が他の人と少し違う。

前例が無さ過ぎてよく分からないが、彼には「障り神の歩いたアトが見える」という特殊体質があるらしい。



「サクタ!!追いついたぜ。…ってあれ、ラッキー鯨崎は!?」

「逃がした…。匂いはまだ残ってるけど、もう気配は追えない。くそっ…」


「…あれ、なんか足跡あるけど」

「?なに急に」


「だから、足跡だよ!多分だけど、あの大名行列って姿を消しただけで、今も普通に歩いてんじゃないの?」

「嘘!?ちょ、作戦会議しよう」



今思えば奇跡に近かったが、大分列から離れていたお陰で、彼らに気付かれず尾行をする事ができた。

すっごい歩いたし、良くわかんない結界にも引っかかった。


「いやぁ、なんとかなって良かったよかった!」


…リンという男は、本当に良く分からない。

初めて会った時からそうだから、今更だけど。


「てかさ、あれって結局、里の人全員に百目鬼?が取り憑いてたんだよな。だから足跡が残ってたし」

「アカネさんにだけ取り入っているかと思ったけど、まさかあんなに巧妙な事をしていたとはね。つくづく面倒くさい『皮剥がし』だ」


はは、と笑いながら水道をキュッと締める。

俺は食器を全て拭き終え、キッチンから出た。


「ハタゾンビ!ちょっとおいで」

「ン!」


ハタゾンビと共にリビングを出る。皆各々楽しい時間を過ごしていた。

なら、僕は最後の仕上げにかかるだけだ。


「リン、アカネさんをよろしく」

「おうよ〜。早く戻ってきてな」


ふすまをぴしゃっと閉じ、僕はすぐ薙刀を取り出した。

一番奥の部屋に向かう。

たまにしか入らない、俺たちにとって、大切な場所だ。




「百目鬼、おきたか?」

「ァ゙あ、は、は、い」



…まだ少しだけドロドロしているな。

人間の皮を被らせるのは、相変わらず難しい。平安時代の人は凄いことをしていたものだ。


「どう?意識は」

「…まだ、ァ゙、すこし、ぼんやり」


声は大分慣れているようだ。このままだと、すぐに人間に戻れるだろう。


「お前も大変だったな。服を持ってくるから」

「ありがと、う、ございます」


自分の昔の服で良いのだろうか。パーカーに、消防車の柄がプリントされているやつ。

…ちょっと面白いし、いいか。


「サクタ、アイツ食べル?」

「食べないよ〜。アイツには人として生き直してもらう。あと、色々聞かなきゃならないし」


ハタが疑いぶかそうな目で、じーっと百目鬼を見つめる。そんなに警戒しなくても良いものを。

多分、僕が優しくしているのを見て嫉妬しているのだ。


「それで、百目鬼。お前の元の名前は?」

「…鈴成蕗。フキです。山奥で、剣道家の父と一緒に暮らしていました」

「そうか。それでは、皮剥に遭ったのは?」

「…一年前の夏でございます。私は、いつものように竹刀を振っていました」





『おや、精進しているね。キミは、とても美しい太刀筋をしている』

『えっ、だ、誰です?』


『ふふ、君の本当の力を見に来た、優しいお姉さんだよ』





「薄い、銀色の髪をした女性です。おかっぱで、耳の横の髪を一筋長く伸ばしておりました」


…女性とは意外だった。もっと俺と似た三白眼男を想像していた。

それにしても、趣味の悪いやつだ。

こんな、山奥でひっそりと住むような人達の平和を壊すなんて。


「そして、名前を言っていました」

「なんて?」


「『近衛水仙』でございます。皮剥がしは、彼女の手によって引き起こされています」













「成瀬」

「…近衛様」


俺は、この一件に命がかかっていた。

仲の良かった同僚を売ったし、鯨崎家に百目鬼を向かわせた。

全てはトウマさんに、報いるために。


しかし、俺は失敗したらしい。

鯨崎の里の封印を、九条が突破した。

それもそのはず。なにせ、あの里の封印を作ったのは、九条の前前代当主だからだ。

しくった。まさか、彼らが里に着けるなんて思っていなかった。


「トウマに随分と良くしてもらってるようだな。確かに、お前は捨て犬のような可愛い顔をしているし、才能もある」

「勿体ないお言葉です…」


くそっ、多分俺はコイツに殺される。死ぬほど嫌いなコイツにだ。

今まで散々顔を見せなかったくせに、俺らの前に現れた女の会長。

トウマさんはコイツに目を潰され、今でも杖を使って生活をしている。


「トウマは色んな人から好かれるからね。私と違って、社交的だし」


俺の肩に手を置いてくる。

氷のように冷たい手だ。


「…近衛様、俺っ」

「私の意見なんだけどね?」



「…人間も、動物も、所詮イレモノで、魂こそが私達を物語る。逆に、魂の価値が無いものに、器を使う権利は無いと、私は思うのだよ」


…なにを言っている?

魂至上主義?俺は、俺はなにか言ったほうが良い?


「別に何も言わなくて良いよ。私の話を聞いてほしいだけだから」


そうして、近衛は俺の後ろに立ったまま、話をし始めた。



「昔…、私と同じ神の魂を共有する人間が居た」


「ソイツは神の力を使い、妖怪に人間の皮を被せた、愚かな人間だった」


「確か平安の世だったね。妖怪が人間に混ざって生活をする内に、人間も妖怪も区別ができなくなってしまった」


「妖怪が悪さをしなくなった分、この国は大分つまらなくなったね?」


「今の現状として、妖怪の力を受け継ぎつつも、それを自覚せず死にゆく人間は多い。実に嘆かわしいね?もっと正しい魂の使い道があるのにね?」




「私は思いついたんだ。彼らから人間の皮を剥いでしまえば良いと」



コツコツと、薄暗い事務所の廊下から、誰か歩いてくる。

トン、トンと杖のつく音。

トウマさんだ。トウマさんに違いない。



「この力は、九条のような、人間の安っぽい幸せのために使うべきじゃない。私は、この魂に報いる生き方をしなければならないのだよ」


トントントン


俺は覚悟をした。

近衛は長話の途中で、ある物を取り出し、ゆっくりと、それを俺の後頭部に突きつけていた。


最後に俺は彼の姿も見ることができないのか。

悔しい。散々許されないことをしてきたのに、終わりは呆気なく来る。

それでも、彼らと九条探しをしていた時間は、久々に子供に戻れたみたいだった。

ごめん、三浦、加藤。俺、結局なんにもできなかったよ。



「トウマさんっ」



彼が扉を開けたその瞬間、俺は頭を銃で撃ち抜かれた。




第七話 近衛

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