第十一話 淵
サクタくん、
なんでそんな血まみれ?
あれ…、俺は夢を見てる?俺はなんで森の中に
サクタくん
動かない、なんで。
女の子?何人か見知った顔もいる気がする。みんな、暗い顔して、なにしているんだ。
死…
そんな、サクタくんが死ぬ…?
そんなの
そんなの絶対に
「駄目だっ!!!!」
「うゎぁ!」
一瞬頭が真っ白になる。
なんだ、凄い強い力で飛び起きたらしい。心臓がドッキドッキしている。
落ち着くために、周りの景色を確認した。
「メイ様、どうかしましたか?」
「おはようフキちゃん!!…あれ、俺、山の中にいなかったっけ?」
フキが不思議そうに頭をかしげる。そうだ。昨日も今日もずっと、この神社にいたじゃないか。なんだ、この感覚。
「ちょっと、それ予知夢でしょ!勢いで忘れないでよね」
横からぴょんとアカネが出てくる。
そっか。久し振りに予知夢が見れたのか。全くおかしな感覚だ。
あの事件以来、めっきり夢をみる事が無くなってたから、体がビックリしてしまったのだ。
…。
「…やばい。やばいやばいやばい!!!!」
「今度はなに〜?」
「…このままだとサクタくんが殺されるかもしれない」
体が冷たくなっていく。
手が震えて、まぶたが熱い、重い。
魂が刃にふれる前に引き抜けた。お腹の方まで肉が裂けてしまったが、ギリギリ及第点といったところだ。
まだ動ける。倒れるな、頑張れ。
「…」
ほくろのある、黒髪のスーツ男。
僕ははっきりと覚えている、この人の事。
いつも三浦の後ろに立ち、加藤にだけは少し強気。
裏切りに堕ちていってしまった人とは思えない、優しい眼差しをしていた、あの人。
本当は黒い瞳の奥に、誰よりも深い忠誠心を宿していた。
「…お前と会うのは二回目だ。工場でヘビが出たって…、大真面目に教えてくれたよな。僕はサクタ。九条朔太…。僕が見えるか?成瀬」
彼の、額から流れる血の跡を見ればわかる。
死後からだいぶ時間が経っているらしい。僕を見ていない虚ろな瞳は濁り、爪は緑と紫が混ざったような色をしていた。
見ているだけでも、彼の痛みがじくじくと手先を伝わってくる。
「…こんなことにならなければ、お前はこれからもトウマと一緒に居られたのにな。悔しいよな。…死ぬことは、暗く苦しい。死んだ後も利用されるほど、お前は生前から優秀なヤツだったんだろうな…」
エンバーミングをほとんど完璧にこなし、意識を持たずして自立させるなんて、どれだけ精巧な技術を駆使したのだろう。
こんな技術、感覚だけでも思い出せる。
工場で三浦を操り人形にした人と同じ類の呪いの感触。
紛れもない、トウマの所業だ。
「…まだ動くか」
身構える。
薙刀を取り出した瞬間、成瀬の刃がこちらに飛んでくる。
柄で刃をただ受け止め、足でふんじばろうとして腹から血が吹き出る。
「ぅ゙ぶっ」
刃が柄を滑って、成瀬の体制が前のめりになった。
押し切られた勢いで、地面に体が打ち付けられる。成瀬がここぞとばかりに僕に覆いかぶさって、首に刃を押し当ててくる。
なんとか手で刀を止めようとする。刃を指に食い込ませる。人差し指と親指が、あまりの刃の切れ味の良さで、プラプラと離れ落ちそうになる。
こんな状況で血反吐をぶちまけながら、どうにか成瀬が力尽きるのを待つしかないのか。なんて無力なんだ、僕は。
もう疲れた。こんなことになるなら、あのイケメンのラブレターなんて破り捨ててしまえばよかった、なんて心にもないことがスラスラ頭を駆け巡っていく。
今頃おじいちゃんを呼びにいっているだろうリンの顔がふわーっと浮かばせた。
気休めすぎるけど、頭の中でうるさく叫んでもらわないと、痛すぎて気を失いそうになる。
体の丈夫さと、心の強さは比例しない。僕は、本当は早いところ負けたいと、心の底で願っている。
…それでも、諦めるほうが癪なのが事実。
しょうがないじゃないか。
僕はアイツにはハタを重ねてしまった。助けたいと願ったんだから。
やりきれ。
あきらめるなあきらめるなあきらめるな。
「い゙っ」
右手の指の第一関節が、自分の頬にぽとっと落ちた時
「おりゃああああああっ」
女の子の、威勢の良い声が飛び出し、成瀬を蹴飛ばした。
「も、ず」
「やっと動けるようになったぞ。あの札は本当に厄介だったな。だれがあんなの作ったんだ?」
モズがさっぱりとした顔で、体をぽきぽき鳴らし始めた。
「あ、ぁ゙」
だめだ、仰向けだと喉に血が溜まって喋られない。どうにかこの場をのりきってほしいのに。
ジェスチャーも…、無理無理ムリ!!!
「喋らなくてもわかっている。要するに、アイツからお前を守るってことだろ?」
モズはそう言うと、立ち上がる成瀬を一瞥して、腕から鋭い羽毛を何本か毟り始めた。
「…相生の師匠とやらが言っていたな。そらは、母のために…、いや、私のために許されないことに手を染めたと」
少し悲しげな表情を浮かべるモズは、それでも前をむいていた。
この強さはきっと、彼に似たのだ。
「全部知りたい。相生のことも、お母さんのことも。だから生かす。約束だって、まさか忘れてはいないよな?」
そのために、僕達はここまでがんばったんだ
そう言いたくて、やっぱり諦めた。
もう体のほうが先に死んでいた。
意識が沼のそこにしずむのを待つことしか、もう出来なくなっている。
それでも少し幸せなのは、なんだかハタゾンビの顔ばっかり浮かんでくるからかな。
…ハタゾンビに会いたい…。
端…
「はあ、はあ、はあ」
神社を出て、街中を走りまくった。
そしたら、曲がり角のところで、夢のなかで見た男子高校生と出会った。
正直声をかけるか迷ったが、「サクタ」と名前を出しただけで、すぐ食いついてくれた。
俺は、心底安心して、森を知らないかと聞いた。
すこし手間取っていると、なぜかリンとおじいちゃんと鉢合わせた。
自分の予知夢を早口で説明すると、リンは頭を抱えて一目散に走り始めた。
俺達も後を追って山を登って、本当にほんとうに全力を尽くした。
なぜかこの時、サクタくんのピンチに間に合うんじゃないかって、なぜか思っていた。
本当は、リンと俺達が出会った時点で、すでに手遅れだったかもしれないのに。
「サクタくん」
地面に力なく横たわる、サクタくん。
その横には、あのときの少女が、じっと体操座りをしていた。
夢で見るより、遥かに凄惨な状況。
あまりの血生臭さに嘔吐しそうな胸をおさえて、すぐさま皆と共にサクタくんの元に駆け寄った。
胸からお腹にかけて、血と内臓が飛び出していた。
指も数本散らばっている。きっと、なにかを防ごうとして無茶をしたのだろう。
考えられもしない、ひどい苦痛だったはずだ。
うすく開いた口から血が出て、それも、いくら拭ってもだめだった。
なにをしても、もうだめだった。
「どうすれば、おじ、おじいちゃんどうすれば」
「鯨崎よ、落ち着くんじゃ。一旦家に連れて変えるぞ。まだ、魂が諦めてなければなんとかなる。お前も来るんじゃ、モズ」
「は!?お母さんをおいてそんな」
「来い。お前が、自分がしたことの落とし前をつけたいと思うのならな」
「…っ!!」
俺達は、サクタくんの傷口がなるべく隠せるよう、何枚か体に服をかけた。
そのまま、リンがサクタくんを運ぶことになった。
あんなにおおざっぱだった彼が、まるで宝物のようにサクタくんを抱きかかえていて、俺はたまらず一人で泣いた。
相生と呼ばれた少年は、外の世界を怖がる少女の手を取っていた。
とてもせつなく、とても安心したような目だ。
「鯨崎よ、そんなに泣くでない。大丈夫じゃ。一緒になんとかしてみよう」
「なんとかって」
「まだ仕事はおわってないのに、サクタが放棄するわけないわい。案外義理堅い子なんじゃぞ?サクタは」
おじいちゃんはそう言って、笑顔で俺の背中をさすった。
第十一話 淵
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