第十二話 妹

「ハタや、居るかの〜!!」

「いるヨ!でもサクタに言われてるから、部屋から出られまセン!」

「すまんのぅ、ちょっとばかし扉を開けてはくれんか?サクタがピンチなんじゃ」

「ナニーー!!?」


泥と汗にまみれながら、ようやく九条家にたどり着いた俺達。

大急ぎで居間にサクタくんを寝かせ、冷たい氷を入れた袋を作ってはサクタくんにのっける。

クーラーガンガンで、とにかくサクタくんを冷やしまくった。


その後ハタちゃんを部屋から引きずり出し、サクタくんをみてもらうことに。

ハタちゃん自身は思ったよりショックは受けていないようで、いつも通りフンフンとサクタくんの周りをうろうろしている。


「サクタ、ちょっと触りますヨ」


ぽて、とサクタくんの胸に手を置く。するとウンウンと頷いておじいちゃんの方を向いた。


「ダイジョーブ!魂がまだあったかイ」

「そうか…。んじゃ、リンよ、あれを頼む」

「うっす」


…なんも分からない。大丈夫みたいな雰囲気出てるけど、サクタくんは人間だろ?なにができる?ここから。

明らかに体中が硬くなってきている。体を冷やしてはいるけど、それも体が腐らないためにすることだ。

息も、心音も聞こえてこないのに。

これ以上、これいじょうなにを


「お前はなにを心配している?あとは傷を縫って、放置すれば大丈夫だろう」

「…サクタくんは人間なんだから、そんなんじゃどうにもならないんだよ!サクタくんは、…サクタくんは」

「?」


口に出そうとした言葉が喉につまった。

辛い。

命の恩人なのに。俺はなんにもできない。

子供がこんなにひどい目にあうのも、優しい人ばっかりが損をするのも、もううんざりなのに。

なんで俺は…。なんで、夢ばっかり見てしまう?


「…」


隣に座った背の高い彼が、もう泣き終わって赤くなった瞼をこちらに向けながら、優しく背中に手をおいてくれた。

あったかい手に安心して、背中がすこし丸まってしまう。

優しい人なんだ。この人は。


「実際、サクタは死んでおるぞ。このまま放置すれば、肉体は徐々に朽ちていくだろう」

「…っ」


「じゃが、サクタとワシらには、肉体に明確な違いがある」


おじいちゃんは、リンから受け取ったキラキラ光る細い糸で、ゆっくり傷を縫い始めた。


「そこの少年。名前は相生といったな?」

「はいっ」


相生とよばれた彼は、びっくりしたように背筋を伸ばす。それにつられて、モズも背筋をのばした。


「例えばお前さんの魂は、「相生」としての生を終えた瞬間、すぐに肉体から抜け出すよう設計されておる」

「すぐに、ですか」

「ああ。理由は簡単じゃ」


糸をパチンと切る。


「魂とは、それ単体では全く意味をなさないものなんじゃ。あくまで肉体が優先であり、新しく宿り木を見つけにいかないことには、魂はあっさり消滅してしまう」

「…なんとかわかりますけど、じゃあサクタさんの状態というのは」


「サクタは、魂に生かされてんだよ」


リンが、そうぶっきらぼうに答えた。

おじいちゃんが、困ったようにため息をつく。


「サクタの魂は俺ら由来のもんじゃない。人間の輪廻の輪から外れた、もっと異質なものだ」


「魂がアイツを器にすると決めたその瞬間から、サクタは勝手に死ぬことも生きることも許されなくなった」













時刻は六時半。

師匠とサクタさんは、自室でハタゾンビ?さんと一緒に夕寝。

鯨崎という人は、今日はここに泊まっていくと言って、血で汚れたリビングを掃除していた。

そろそろ三浦が新しい職場から戻って来るから〜とかなんとか言って、出前をポチっていた。この家には、思ったよりいろんな人が暮らしいてるのだと分かった。

あの人も、きっと三浦さんという人も俺と一緒。サクタさんに救われた人だ。だから、鯨崎さんの気持ちは痛いほど分かった。まるで、恩を仇で返したような、ひどい気分だ。

やさしい人が傷つくのが、こんなに苦しいことなんて知らなかった。




「相生!夕日が綺麗だな」

「…そうだね」


あれから、モズは俺の側をついて回っている。

サクタさんのおじいちゃんに風呂に入れられ、数分前まで不機嫌マックスだったのに。今は、綺麗な空に目を釘付けにされている。

あの森は空がよく見えないもんね、と言いかけて、やっぱりやめた。


「…あのさ。俺のこと、コウスケって呼んでよ」

「なんでだ?」

「相生って君から呼ばれるのは、きっと兄ちゃん特権だったと思うから」

「…ふふ、そうだな!分かったぞ。コースケ!」


モズは、ふんふんと頷いた。

思ったより何倍も素直な子だ。この子が少し前まで、あんなに人の死と近い所にいたなんて、ちょっと信じられない。


「ふふ。コースケは、相生と全然顔が違うな!相生はもっと目がタレている。ほくろも、お前は見当たらないが、相生は首にあったぞ」


そう言って、モズは楽しそうに笑った。そういえば、俺は結構切れ長の目をしていたな、と思い出す。

鏡を見ない生活を繰り返していた俺は、いつしか、自分は兄ちゃんとそっくりの顔だったと勘違いしていたみたいだ。


「そういう君は、兄ちゃんとおんなじところにほくろがあるね」

「…そうなのか?知らなかった」


モズは首をぽりぽりと掻いた。

少し笑って、俺はポケットから古びた手紙を取り出した。


「なんだそれ!」

「気になる?」

「もちろんだぞ」


モズは、その手紙をジロジロ見て、ようやく気がついたようだった。


「…相生の手紙じゃないか!字がそうだ!いつ書かれたものだ?」

「多分、君の元へたどり着く、ちょっと前かなぁ。実はこれ、見つけた場所がちょっと特殊でね」

「?」


「田後珠っていう、町外れの無人集落なんだけど」


明らかに、空気が揺らぐ。

モズは少し息を呑んで、それでも手紙が気になったようで、目をちろちろさせていた。

俺は最後に確認することがあった。


「…君に文字の読み書きを教えた人。お母さんじゃなくて、男の人じゃなかった?」

「男の、ひと…?」


俺は、少しため息をついて、手紙をモズに持たせた。モズは、驚いたように目をぱっちり開け、そして封をピリピリ開け始めた。


「…読んでも、私はなにも変わらない。サクタに母を治してもらって、それで終わりだ」

「わかった。それで良い」



 









 

話さなければならないこと、きっと僕はきちんと伝えることができないから、今文字にして残そうと思う。


この集落は、僕の出身地だ。


六歳まで、ここで学校も行かず、父と母の手伝いをして過ごした。文字の読み書きを教えてくれたのは父だった。

僕は、父が優しい人だとはとても思いたくないが、あの時の父は頑固ながらも普通の人だったと思う。


そんな僕の家が崩壊したのは、暑い夏の日だった。


灰色のような、銀色のような髪をした女が、僕の家に上がってきた。

その時、家には僕と母の二人だけだった。 

女はまだ10代ちょっとぐらいの泥だらけの人だったから、母は家出でもしてきた人なのだろうと言って、彼女にお茶を出した。


ありがとう、と言って、彼女はそっと母の肩に触れた。


その瞬間、母は悲鳴をあげて床に倒れ込んだ。母の体から、大量の鳥の羽根?羽毛のようなものか生え始めて、痛い痛いと叫んでいた。

僕はなにが起きたか分からず、彼女にしがみついて、母を戻すよう言った。


けど、彼女は

「これは実験だから」とだけ残し、僕に名刺を差し出してそのままどこかへ行ってしまった。


母は、それからちゃんと喋ることが出来なくなった。


僕は、後悔と苦しみの中で、父から母を守る生活が始まった。



父はきっと、元からそういう人だったと思う。

弱くて、何もできない人を支配することで愉悦に浸る。

こんな人もいない集落で子供を作るんだから、きっと母を誰にも取られたくないだとか、そういうこと考えていたのだと思う。


父は僕に暴力を振るうようになって、ひどいことをたくさんさせた。母は僕を庇って、何度も大きな怪我をした。

僕が十歳になった頃、父は母を妊娠させ、子供を無理矢理産ませた。



父は、子どもの名前もつけず、そのまま母を放おって山を降りた。

僕は父に逆らうことができず、鬱憤晴らしの道具として一緒に山を下った。


母の元に帰りたくても、僕は足の骨を変なふうに治してしまったせいで走れなくなっていた。

全て最悪な方へと向かっていってしまった。

父は母のことを忘れるよう僕に言った。



五年後、父がバイト先でとある女性と出会い、再婚することになった。

相生という名前の女性だった。


連れ子の康介という男の子は、僕にとても懐いてくれた。まだ四歳の梨乃という子も、ずっと僕の後をついてきてくれる。

母と妹のことを思い出して、彼らに目を合わせられない日は多かった。


でも、それ以上に、僕は新しくできた弟達を守らなければならないと思った。



僕は、自然と銀髪女の名刺に連絡していた。



第十二話 妹

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