第四話 行列

…あれ、なんだ。

女の人?俺は何の夢を見ている?


「もうこれで、君は私のゾンビだ。ううん、アイツより遥かに精巧な作りだ」


誰だ…。早く逃げなきゃ

ゾンビにはなりたくない。


嫌だ、助けて




「おや、誰か私達の事を見ているようだぞ」











「鯨崎さん、おはようございます」

「あ、あれ…」


畳の匂い、ご飯の匂い。

爽やかな風と、蝉の鳴く声。それと風鈴。

アニメキャラクター柄のタオルケットが一枚かけてある。なんだか懐かしいな、この感じ。


「九条!!卵焼き焦げてんぞ!」

「こりゃ失敬。では、僕は学校へ行ってくるので。後はよろしく」


そう言った少年は、キッチンからお弁当を持っていくと、そそくさと部屋から出ていってしまった。


「サクタ〜、気をつけるんじゃぞ」 

「うん。あ、そうだ。今日のカブ価見といて。200ベルだったら、もう売っていいから」

「まかせちょり〜」


玄関の方で会話が聞こえる。

カブ…?この歳で株?

おじいちゃんの声も聞こえるけど、俺は一体誰の家族の元に…?




「起きろ鯨崎!!ご飯だぜ」

「うわぁ!」

「ぁあ、お味噌汁沸騰しとるんじゃが!」




そうだ、思い出した。

俺はあの廃工場で、あの少年に…、サクタくんに助けられた。

俺はヤクザに拘束される運命ともしらず、サクタくん殺しに加担していて…。うぅ胸が痛い。

それで、めっちゃ泣いたんだっけ、コイツと一緒に。


「あぁん!?この家で料理出来んのは俺だけか!?」

「サクタはいつも火加減が苦手でなぁ…」


すっげぇ声がデカイ。確かサクタくんが、三浦って言ってたっけ。

…それにしても、美味しいご飯の匂いだ。

工場の、鉄を浴びるような匂いは、本当に酷かった。

…あの肉を切る感じも、未だに鮮明に手に残っている。


「鯨崎よ。ワシはサクタのおじいちゃんだ。この九条家の前前代当主じゃな」

「あっ、はじめまして…?」


白髪の長老みたいなおじいちゃんだ。

細身で、動きはすごく軽快。

甚平のポケットにゲームのカセットらしきものが、じゃらっと入っている。


「ほらこれ食え!!」

「むがっ」


三浦から卵焼きを口に突っ込まれる。

それは、少し焦げていて、甘じょっぱい。

でも今まで口にしてきた物の中で一番暖かく感じる。

あぁ、俺はお腹がこんなに空いてたんだっけ。


「…なんで、こんなに優しくしてくれるんですか…?サクタくんを危険な目に合わせてしまったのに」

「サクタのは仕事。祓い屋業をしていて、かつヤクザとなれば、あれくらい承知の上じゃ。…まぁ、サクタは少し落ち込んでおったけどな。まだまだ子供じゃ」


そうか。本当に、彼はしっかりとプロ意識を持って仕事をしてくれていたのだ。

俺は彼の戦う姿を見て、漫画の主人公を連想してしまった。


…?なんか二階からドタドタ音がする。



「おじいちゃーん!!!なんで起こしてくれなかったノ!?」

「おぉハタちゃん。ようやく起きたのかい。人間くらい寝とったぞ?」

「カイミンカイミン〜」



ハタゾンビだーー!!!

明るい中で見ると、より一層ゾンビ感が増している。


「ほれほれ、鯨崎よ。これを食べたら、一緒にゲームするぞ」

「えっ、俺、ゲームしたことない…」

「そう思ってな。君専用の3DSをジャンク品でゲットしたんじゃ」

「え…!」


手渡されたのは、少しだけ傷のついたゲーム機だった。


「なんにもナイ日はネ、ゲームするんだヨ!」

「…!」




…やばい。

ずっとここにいたいかも。










学校のチャイムがなる。

死ぬほど眠たい午後の授業。僕は二教科忘れ物をしたあげく、コンタクトをし忘れたお陰で、先生に喧嘩を売っていると思われた。

ため息をぶはーっと吐くと、後ろの席の奴がとんでもないことを言ってくる。


「科学のテスト最悪なんだけど〜。お前勉強してきた?」

「は、今日テストなの?」

「知らなかったのかよ。おバカサクタだな」


頭を抱えた。

昨日は本当に大変で、命辛辛逃げ帰った後、爆睡をこいてしまった。

こんな最悪な日、昨日ぶりだ。



「はい。追試です。やっぱり無理だった」

「マジか!!サクタにしてはめずらしっ」

「そういうお前はどうなんだ」

「え?追試だけどなにか」

「おバカリンじゃん」

「うるせぇ」


後ろの席のソイツ。

名前はリンと言って、唯一心を許せる僕の友達。

中学の終わりがけに知り合い、今では昼ご飯を一緒に食べている。

めちゃくちゃバカだけど、体力があるし足が速い。


「うわ。サクタ見てよ、校庭のあそこ」

「今日は達磨だな」

「怖い」

「大丈夫だよ。目合わせなきゃ」



あと、唯一そういうのが見える。

霊感が良いというか、目が特段良い。

僕でさえ見えないものを、彼はたまにじっと見つめていることがある。


「居残り教室ってこっちだっけ?」

「うん。はやく終わらせて帰ろうか」

「だね〜ぃ」


放課後になり、ダラダラとした空気が流れるこの校舎で、居残り教室だけがザワついていた。


「なんか今日人多いね?」

「だな。ちょり〜っす」


まるで居酒屋の常連みたいにリンが入室していった。


「ん…?なんだぁ?」


ほとんどの生徒が、窓に張り付き何かを見ている。


この教室は4階の角部屋で、外の様子がよく見えるのだが…。


「なに、皆なにみてんの〜?」

「リンくん。ほら、あそこ見てよ。超すごくね」

「え〜」


自分もリンの脇に入り込み、やっとのことで外を見る。



「…大名行列?サクタ、あれ、妖怪?」

「んなわけ。人間だよ…」


こんな田舎に、こんな大行列ができるなんて。

しかも、真ん中に居る人…、何故か見覚えがある。


「あっ!!見てみて、あれラッキー鯨崎じゃね!?

すごっ、サイン欲し~」


「はぁ!!?なんで!?」



本当だ…!!あの金髪…。なんか知らんけど、ヒゲそられてる。


「あの怪しいおっちゃんダレ?」


…一番最後尾に三浦居るじゃん!!

あれだけ隠れとけって言ったのに!なんだこりゃ。もう意味分からん。


「よし…。もうこうなったら、はやくテストを終わらせて追うしかない」

「マジか!そんなにあの芸人好きなんだ!意外」

「ちがわい。ほら、はやく先生呼んでこよ」

「お〜」


それからものの十分で再試を終わらせ、まだ苦戦するリンを横目に退室する。


「どうやって僕んちを調べたんだよ…。てか、鯨崎ってことは、多分あの人達、予知夢の里の人だよな?」


学校を飛び出し、気配をできる限り消しながら、行列の後を追っていく。

時代感ズレズレな着物装束の行列は、ほとんど男の人で構成されていた。


「…三浦さん。ねぇってば」

「おお、九条。…お前、学校じゃねぇのかよ」

「もう終わったよ。それより、これってどういう状況なの?貴方達二人とも、僕らがしばらく匿うっていいましたよね?」

「いや、これには深い事情が…」




「冥様は、特別な御方なのだ」

「…っ」




いつの間にか、後列に居た奴に気が付かれてしまったらしい。

奇妙な狐の面を被ったソイツは、僕らの肩に手を置く。



「男性でありながら、予知夢を見ることが出来る。そんな方が、こんな俗世に居ては穢れてしまうだろう」


低い声だ。

まるで、人の心を持っていないかのような、無機質な声。


「…あの人は、メイという名前なのか?」

「そうだ。現鯨崎家の正統な当主。お前らは干渉するな」


そう言って、彼は僕らの肩から手を離した。

と、その時、視界がぐるんと歪む。


「あ゛…?!」


ものすごい気持ち悪さに襲われる。

障り神の気をもろに被った時に似た、頭の回る感じだ。


「くじら、ざきさん…っ」

「なんだコレェ…!!!」


しばらく目を閉じた後、鯨崎家の行列は、姿を消していた。



一瞬、鯨崎さんの悲しそうな顔が見えた気が、しなくも無かった。



第四話 行列

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