第五話 おいてきぼり
「それは没収させて頂きます」
「…なんで」
「我が里に、このような俗物は必要ないので」
せっかくもらったDSを没収されてしまった。
電線すらない、進化を厭う一族だったと、今一度思い知らされる。
…そうそう。
里から逃げて来て、初めてサービスエリアでテレビを見たときはびっくりした。
芸人二人がただラーメン食べてるだけだったけど、今までに無いくらい笑った。
食レポもほっぽいて一発芸やって。ただ大きな声「うまい!!」って言ってるだけで、なんか面白くて。
こんなに自由で良いのか、と呆れながら笑った。
音の鳴る箱からどんどん面白い会話が聞こえてくるたび、俺は今までの生活と決別していくのを感じた。
初めてアイサちゃんと出会った後も、桐馬につけ入られた時も、その時は楽しいことしか頭になくて。
お陰で、俺はすっかり里のことなんか忘れて暮らしていけた。
「つきました。まずはお召し物をお変えになってください」
…今は、朝の卵焼きの感触ばっかりを思い出してる。
『ラッキーさん!かえっちゃヤダー!』
ハタくんには、かなり惜しんでもらった…。嬉しかった。
できるなら、まだ、あと数日はおじいちゃん達とゲームをしていたかったな。
…でも、もう別に良い。これ以上サクタくん達に迷惑をかける訳にはいかない。
ヤクザから逃れるためにも、俺は都会から身を引かなければ。
「こんな暑いのに着物かぁ…」
「幼い頃から着ていたでしょう」
ぶあつい生地の布を羽織る。
流石に小さい頃はこんなの着ていないだろ。
まるで、大切な儀式の直前のような格好じゃないか。
「…はぁ」
鴬張りの廊下をきぃきぃと歩く。
六年ぶりか?なんだか前より家の中が暗くなっている気がする。都会の電気に慣れすぎたのだろうか。照明が一つも無いなんて、今思えば、浮世離れした所だ。
クリスマスのイルミネーションが懐かしい…。
「はぁ…」
ツルツルに剃られてしまった顎をさすりながら、俺はお面野郎に聞いた。
「…今回は、どうして俺を連れ戻す気に?」
「詳しいことは、現里主よりご説明頂きます」
「…そっか」
現里主。
そういえば、ユキじぃ、もう当主降りたのかな。
「…おかえり、メイ」
廊下の突き当りの、光の入らない小さな部屋。
そこに、俺に背を向けて正座をする、女の人。
…いや、正確には男だ。
声は低く、肩幅は俺よりちょっとゴツい。
優しい茜色の着物が似合う、綺麗な黒髪。
「…もしかして、アカネ?」
「良かった。あの頃より声低くなっちゃったから。気付いてくれないかと」
俺に背を向けたままで、安心したような間の抜けた声を出す。
「もうお兄ちゃんとは呼んでくれないのか…?」
俺より一個上の、義理の兄。父が違った、確か。
昔から女のように育てられるこの一族で、一番に綺麗で、賢い男の人だった。
「あっ、おに、あ…」
「久しぶりだね!お笑い芸人やってるなんて、流石だね」
「あは、そりゃ…あは。…アカネは元気だった?」
昔は、ずっと二人で遊んでいた。
この家は山で囲まれていて、人の出入りが出来ない結界が張られている。
だから、ギリギリ怒られない、すすき畑で追いかけっこをしていた。
「…そうだな。ユキじぃが死んでからは、ずっとここに居たから、よく分かんないや」
「え、ここって」
「この部屋だよ〜。暗くて狭くて、ほんとやになっちゃうよね」
ちょっと待った。
こんな所にずっと居る?どういう理由で?
「十六の時だったよね。まさか里の結界を破れるなんて、聞いてないよ」
「ごめっ、…あれは、夢でやり方が分かったから」
「それもだよ。なんで夢が見れるって皆に言わなかったの?そうしたら、皆、君のこと持て囃しただろうに」
アカネが、こっちを見てくれない。
思い返せば、俺は、今まで自分が逃げ出すことしか考えてこなかった。
あの時。
外の世界の夢をみてしまったあの日から、この里が灰色になったからだ。あんまりにもカラフルな夢だったから、俺は精神的に参ってしまった。
いつしかアカネとも距離を取るようになった。
あのときの俺は、里の全てから遠ざかりたかったんだと思う。
「なんでアカネは…、ここに閉じ込められてるの?」
アカネは少し首を前に下げ、困ったなぁといったような溜息をついた。
そして、背筋を伸ばしていった。
「…これからは、この役目、メイがやるんだよ?」
「えっ…」
俺は、後ずさりをした。
俺の足が、今走り出せば助かると、自分の脳みそに訴えてくる。
「…やっぱり、イヤ?」
恥ずかしいくらい自分の役割から逃げて、人並みの幸せを手に入れた気になっていた。
なんていう大馬鹿者なんだろう、俺。
「アカネごめんなさい!!!俺っ、アカネのことも考えず一人でっ…!!」
「…そう言うと思って。だから、日の光を奪われることを条件にさ。俺すごい奴と仲良くなったんだ」
「なに言って、」
俺はアカネの顔を六年ぶりに、ようやく目視した。
「一緒に一族を滅ぼそうよ!メイッ」
綺麗で整った、女の人と見紛うほと美しい顔。
その顔の三分の一を、黒いどろどろの何かが覆っていた。
どろどろの中から、何かが、溶け出た。
それが、アカネの頬を伝っていき、ぼとっと畳に落ち染みた。
それは、俺を恨みがましく睨むアカネの目だった。
「鯨崎とゲームをしながら、大体のことを教えてもらった」
三浦は、自販機に寄りかかりながらぽつぽつと話し始めた。
「…アイツの実家は、元々障り神っちゅう、魂の入れ物を無くした神様を封印する一族だったらしい。お前ら九条家のやっとることと同じだ」
所謂、祓い屋だ。僕の一族よりか歴は短いだろうけど、神様信仰が減り始めてからは、積極的に封印をする家が多くなった。
「でもある時…、鯨崎の巫女が予知夢を見るようになった。障り神が来る日を当てて、一族はすっかり
祓い屋として力を持つようになった」
そこで、僕はとあることを思い出した。
じいちゃんが話してくれたことだ。
「ちょっと昔ですけど、ウチと鯨崎家って一回揉めた事があるんです。里の方の障り神の封印が甘くて、こっちに邪気が流れてくるって」
「そうか。じゃああれは…」
「?」
「巫女が、封印を解かれた障り神によって祟られてしまったらしい」
「…警告はしていたのに、残念ですね」
それからだという。
鯨崎家から女が全く産まれなくなり、予知夢の力を無くした一族は衰退の一路を辿ったと。
「どうやら、少しでも力が宿るようにと、鯨崎家の男児は女装をさせられ、女のように育てられているらしい。…そりゃ、アイツも逃げ出したくなるわな」
「たまにありますよね、そういう極端なことしちゃう祓い屋一族」
なんとなく合点が行く。
鯨崎さんをヤクザが狙うのも、鯨崎さんを連れて帰ってしまったことも。
「…そうすると、里に着いて一番最初にするのは、鯨崎さんを当主にすることか」
「…そうだな」
僕はずっと引っ掛かっていた。
鯨崎さんのことを少し知ってしまったばかりに、俺は彼を気に入ってしまった。
お人好しで、なんでも簡単に受け入れてしまう。
良くないことだけど、彼の穏やかさに、きっとアイサさんも救われていたはずだ。
「…やっぱり良くない。良くないな、こんなの」
「あ…?」
「だってあんなに、芸人になりたかったのに。そのために呪いだって受けたのに」
正直、僕は、肉を一心不乱に切る彼を見て、もう手遅れだと思った。
心を無くさないと、あんな事、常人じゃできない。肉と鉄の匂いは、正気を失う条件として十分に足るものだったはずだ。
それくらい、彼にとって芸人でいることは最も大切なことで、里に縛られることは死ぬよりも辛いことだったのだ。
「三浦さんだって、思うでしょ。彼は凄い人だって」
「よし、鯨崎をここに連れて行こう」
「えっ…?」
「一緒にスマブラすんだろ。はよハタゾンビ起こしてこいや」
悔しいことに、三浦のその言葉で、僕は久し振りにガッツポーズをしてしまった。
第五話 おいてけぼり
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