第十七話 転

「らっき〜!クジラ、ざきザキ〜!」

「ざきざき〜」

「なに遊んでんの二人共」

「くじらざきゲーム」

「なんじゃあそりゃ」


ただいま夜の八時。

サクタくんからハタゾンビを預かり、今日一日ずっとここで遊んでいた。


「アカネ様、神主様が帰ってこられました」

「お、早いね。教えてくれてありがとう、フキちゃん」

「はい」


フキはあれから、どっちかというとアカネにばかり懐いている。

忠誠心とかは置いといて、単純に落ち着いていて優しい人が好きなんだろう、この子は。


「ゾンビ、あまりアカネ様を疲れさせるんじゃないぞ」

「はぁーい!フキフキ」


フキの方が多分、歳も背も小さいが、少しお兄ちゃんぶった口調をするのが面白い。

ハタはずっとおんなじ調子で、そこら辺をゴロゴロしている。


「ただいま帰りました。メイさん、良い野菜を買ってきましたよ」

「わぁ!めっちゃデカイ茄子!!今日は麻婆茄子にしましょう」

「よっしゃ…ありがとうございます」


神主の三岳遥さん。今年で三十と、神主の中ではなかなか若手らしい。

いつも礼儀正しいが、たまに出るラフな口調が素なのだと思う。かなり料理ベタらしく、自分達が来てから火事の心配が無くなったと喜んでくれた。


「あ、そういえばもうすぐ九条さんが来るらしいですよ」

「ソーナノ!?やったぁ!わーい!!」

「良かったねぇ、ハタちゃん」

 

ハタがアカネに抱きつく。

フキがちょっと羨ましそうにしていたからか、アカネはフキもぎゅーっと抱きしめた。


思えば、アカネも随分明るくなったなぁ、としみじみする。



「だから、僕はどっちの方の事も気になってませんよ!ほんとしつこいんだから」

「そう言って、ツインテ陰陽師の方にはかなり話しかけてたじゃねぇか」

「ウザい親戚みたいなのやめてください。僕はハタ一筋なんです」


何やら三浦とサクタくんが帰ってきたらしい。なんちゅう会話してるんだ彼らは。


「三浦さんは早くそれ持って来てくださいね」

「へ〜い」


サクタくんが靴をぽこぽこ脱ぎ捨てる音が聞こえる。滑りやすい廊下を巧みに使って、こっちにぴゅーんと走ってきた。

居間の襖をすぱーんと開けて、その身体を半分のぞかせる。


「ハタゾンビ!」

「サクターー!」


どーんっ、とぶつかるように再会のハグを果たした二人。

まるで何週間も会ってなかったみたいな勢いだ。


「あれ、アカネさん。髪切ったんですか?イケメンですね」

「うん。なかなか似合うでしょ〜」

「アカネさんなら全部似合います、よぉ」


ハタの自重で尻もちをつくサクタくん。幸せそう。


「サクタ、トーキョーどうだっタ?」

「まぁまぁかな〜。陰陽連は人の目がキツかったし、新幹線は人がいっぱいで大変だったよ」

「やっぱり、サクタはボクが居ないと駄目なんだかラ〜」

「あはは。ガチ目にそれ」


よほど疲れたのか、サクタくんはそのまま畳に寝転がった。


「今日泊まっていきますか?」

「いや、遥さんにも悪いし大丈夫ですよ。それより、今日は良いもの持ってきたんです」


ん?と皆でなっていると、タイミング良く、また襖がぴしゃーんと開いた。


「お前ら、スイカ、食べたくないか?」

「「食べるー!!!」」









縁側でサクタくんと二人でスイカを食べる。

ハタはスイカを食べられない代わり、皆の食べ終わった後の種を回収して、これを庭に埋めると言っていた。フキはばっちいからヤメロ、と止めていたけど。


「君達本当に仲が良いよね。羨ましい」

「そうですかね?あなた達鯨崎兄弟もなかなかですよ」

「そんなこといっちゃってぇ」


居間から離れたここは、鈴虫の鳴く声と、少しの静寂があった。


「…ずっと聞きたいことがあったんだけど」

「なんです?」




「どうして、モズ事件でハタくんを呼ばなかったの」




サクタくんはびっくりしたように、細い目を大きく見開いた。

それから、少し困ったように俯いて、ため息をこぼした。


「そうですよね。あんなに心配かけたのに、説明も無いなんて、あんまりですよね」

「…ごめん。別に無理に話さなくても良いんだけど…。けど、あんな危険な目に、もう合ってほしくなくて、俺…」


だってサクタくんは、いつでもハタを側に呼び出すことが出来る。

俺を助けた怪力は、きっと成瀬の首なんて容易く折ってしまうほどのものだった。

なんで、自分の命を落としてまで、ハタを呼ぶことを躊躇した?





「…ハタは、首をくくって亡くなった子なので」



ぽつと、そう呟いた。

俺は、スイカの皮を地面に落とした。


「っ」

「…もし首つりの死体を見て、ハタが自分のことを少しでも思い出してしまったらって、考えると怖くてたまらなくて」

「サクタくん」

「おじいちゃんにも怒られたけど…。でも、それでも絶対にぜったいに嫌で。どうしてもハタには幸せなままでいてほしくて…。いや、幸せなんておこがましいよな。ただ、自分がハタの苦しむ姿を見たくないだけなのに…、でもっ!!」


「サクタくん!!」



はっ、と我に返った。



「もういい、ごめんね。話してくれてありがとうね。息吸える?ゆっくりでいいからね」

「はっ、はい。っふー、はぁー」


顔色が悪い。過呼吸になりかけている。

背中をさすって、なんとか落ち着かせようとしたけど、彼は顔を手で覆ってうずくまってしまった。

俺は焦ってばかりで、何もかける言葉が出てこなくなった。


「すい、すいません。しっ、しんぱいばかりかけて」


想像もできない。

あんなに、サクタくんの事が大好きなあの子が。

笑顔で、いつも元気なあの子が。


…そんな可愛い子の死を、サクタくんは目前したなんて、考えられもしない。


「あやまらないで。もうあやまらないで良いから…。俺も話させちゃってごめん。辛いことのはずなのに、何も知らなくて…っ!」


自責が、頭を巡る。



「僕…、約束したんです。リンと…」

「リン?」


「ハタのことは、今度こそ僕達で守っていこうって…。人間みたいには、もう生きられないかもしれないけど…、それでも良いから一緒に居てあげようって」


そう言ったサクタくんは、疲れた顔で、へへと微笑んだ。

モズ事件での彼らを思い出して、俺はただ、うなずくことしかできなかった。














「サクタ、だいじょうぶ?」

「うん」


「サクタ、なでてー」

「はいはい」


「サクター」

「どうしたの?」



「ボク、今日いっぱい楽しかっタ」

「アカネさんに一日中かまってもらえたもんね。良かったねぇ」

「それもだけド〜」

「?」


「サクタがね、ボクをぎゅーってしてくれたのね、凄い嬉しかっタのー!」




僕は、月の光に照らされるハタゾンビを見ていた。



ハタはこう見えて、すごく軽い。


仕事で名目上側にいてもらう時は、旅行カバンの中にすっぽりおさまってくれる。

体の中に臓器が無いので、普通の荷物と変わらないくらい軽い。

身体が傷ついても、縫って寝ればすぐ治る。

屍人は眠る時間が極端に短いから、僕が眠るまで、ずっと枕元に居てくれる。


ハタは、人間じゃない。

生きていけないほど心が壊れれば、その記憶を頭から消すことができる。すぐれものの脳みそ。


ハタゾンビは、ゾンビだから。



…そういえば、彼から本当の名前を奪ってから、もうすぐ一年が経つ。




「ハタゾンビ、ごめんねぇ」

「?」


「…僕が死ぬまで、ずっと側にいて欲しい…」





「約束?」

「うん。約束…」


「明日も、あさっても、ずっと一緒?」

「ずっと…ずーっといっしょ」

「ずっと、一緒!!」


壊れた時計の針が、一生同じ時刻から動けないように。

僕は彼を壊して、あの日の中にハタを閉じ込めた。

運命を、壊した。


「一緒に、ちゃんと死のうね…」














「九条家の当主を呼びましょう!彼の前代当主は魂の調査の第一人者です」

「もっと迅速に対応すべきです。研究支部に回して、身体を隅々まで調査させましょう」

「いいや、即刻首を跳ねるべきだ!!陰陽師にこのような穢者が出たということは、この陰陽連の汚点となる!!」


「静かにしろぉおおおっ!!!!」



「…君、」

「シロっ…白丹は、人間だ!!!なんだ皮剥がしって、なんだそれ!!ツノがたまたま生えてきただけじゃないか!!それにっ、人も殺してないのに死刑って、頭湧いてんのかこのジジィは!!!」


「皮剥のことは私達だって分かったものじゃない!どの文献も夢半分のことで、正確なことなど分かるわけもない。しかし、例として、モズ事件で討伐されたモズの親子も、皮剥がしをされていた疑いがもたれている。周囲にあったこの巨大な羽が大きな証拠として提出されていただろう」

「それって、どーいうことだって言うんだよ!!人間は元々妖怪?人間の皮を剥ぐヤバい奴のせいで、白丹は妖怪になっちゃった?馬鹿も大概にしろ!!そんなのカミサマ教育受けてる子供でも信じられることじゃないぞ!!」


「黙れ黙れ!!お前ってやつは、いくら久世家でも口を慎んでっ」

「では、一ヶ月猶予をやる」

「「はぁ?!」」


「地下研究所で、彼女の身柄を一週間間拘束する。その期間内に彼女の身に起きた不幸を解決できたら、その時は全ての騒動を不問にしてやろう」

「はぁ!?」


「この期間内になにかしら対処をしなかった場合、彼女は研究支部で自由に対応させてもらう。文句を聞くのはそれまで。以上だ!!!」


…やべぇ、言い過ぎた!!!


第十七話 転

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