第十六話 穢
陰陽連。
簡単に言うと、「陰陽師」という役職をもらった、政府公認の有能祓い屋がめっちゃ居る場所。
鯨崎家のような地方フリーランス勢とは違い、民間から依頼があれば絶対窮地に駆けつけなければならない。市民からしたら第二の警察みたいなものだ。
最近は、陰陽連の人手不足から、代々続く自営業の祓い屋一族が陰陽連と提携するケースが多くなってきた。依頼を委託される代わりに、結構な額を納めてもらう。ウチが代表的な例。
「そうですかぁ。皆さん、山梨からここまでいらっしゃったんですねぇ。暑いのにお疲れ様です」
「…です!お疲れっす!」
「いえいえ。こちらこそ遺体の保管、ありがとうございます」
冷たくて涼しいエレベーターの中。
階数のランプが地下五階を指して、チカと光った。
「山梨って、私いったこと無いなぁ。確か富士山ありますよねぇ」
「シロいったことないの!?びっくり…、あ、すんません」
「山梨はいいとこだぜ!水うまいしな、サクタ」
「あえての水チョイス…」
無機質な箱の中に、女性の新米陰陽職員二名と、高校生・大柄ヤクザ。かなりの異色メンバーでチギチになっている。
「あ、つきましたねぇ。それではお荷物お預かりします」
「ロッカー使ってください」
「ありがとうございます」
僕、九条朔太はこう見えてすごく緊張していた。
「おいサクタ、入館証外してどうすんだよ」
「あ、すみません。ついつい…」
「お前…、まさか緊張して」
「ないです。僕をあんまりナメないでください」
さっきからツインテの女の人にガン見されている。それもそう。最近のデカめの事件に関わってるの、全部僕だからだ。
それに、こんな子供が由緒正しい九条家の当主だって知って落胆しただろう。いっぱいミスもしてきたし、絶対評判良くないもん。最悪。
「九条様は、確か陰陽連は仮所属と言ってましたよねぇ。将来はこっちに来てくれるんですかぁ?」
「あはは、考え中ですかね。まだ学生ですし。お二人は、元々祓い屋をしていたんですか?」
「私はそうですけど、シロ…白丹は民間出身です」
「面接にたまたま受かっちゃって。迂闊でしたぁ」
でへでへ言いながら恥ずかしそうにする。
なんか、こっちのボブヘアーの人はのんびりしてるなぁ。ついつい口調が移りそうになる。
それにしても、民間出身なんて、リンみたいな突然変異も案外居るもんだ。
「ここが安置室になります。安全のために入口でお待ちしておりますので、なにかあれば、私か白丹をすぐ呼んでください」
「ありがとうございます。三浦さん、先どうぞ」
「おうよ」
二人が外で待つ中、安置室の前に三浦さんが立った。
冷たいドアノブを回し、厚い扉を開けると、すぐ畳の香りが風にのってきた。昔行った、歴史資料館の匂いに似ている。
「…こんな感じなんだな」
「安置室、初めて見ました」
家の居間に似た、シンプルな和室の空間。
新品みたいに綺麗な畳と、桐箪笥。優しい白熱電球に、なにも置かれていないちゃぶ台。
その部屋の真ん中には、白い布を被され、布団に横たわる成瀬が居た。
「ここに来たってことは…、あれだよな。成瀬の死んだ時の状態があんまり良くなかった…ってことだよな」
「…そうですね。触り神の場合と同じく、穢が身体を蝕んでしまった場合、遺体を触れる事自体が禁忌となるので。遺体回収は専門の陰陽師に頼むことが必須で、回収後も結界をしっかりと組んだ部屋に隔離する必要があります」
こんなに綺麗に眠る成瀬の前で、僕はあまり良くないことを言ってしまっている気がした。
それでも彼に触れらるのは、もう僕と陰陽師だけ。
穢仕事に手を染めてしまった、彼に。
「トウマの呪いについて、彼から少し調べさせてもらいます。いいですね?三浦さん」
「よろしく頼んだ。」
ここは一般の安置所とは違う。
ある保管期間を過ぎると、遺族の許可無く遺体を焼却をすることが許される。
これ以上穢を蔓延させないため、本人の尊厳を守るために定められた法だ。
彼の場合、トウマの呪縛のせいで肉体が尽く穢れてしまったらしい。
呪いとは、触り神が発する邪気と同質のエネルギーだから、当然とも言える。
彼に触れた瞬間、呪いの系統が頭に流れ込んできた。
「…なるほど。人間を操り人形とする呪いは、僕らを参考にしていた訳ですか」
「どういうことだ?」
「『肉体を操る過程に、魂を一時的に隔離する』って所、九条家が屍人をつくる時の式にそっくりなんです」
分かる。
手に取るように分かる、この馴染みのある式。
何回も練習した。手で触れた感じもそっくり…。
「じゃあ、お前が死んだ成瀬に襲われた時も…」
「半ゾンビ…いわば『傀儡』といったところでしょうか。呪いを式に無理矢理足して成立させたものなので、正確には全くの別物なんですけど…」
「それって、とんでもねぇこと…?」
「はい。とんでもねぇですね。近衛が屍人式を知っていたとして、それを呪いに組み込むのは至難の業です」
「近衛」という屍人使いが現れることは、僕達九条家の予想通りではあった。
しかし、ここに来てかなりのクセ者が現れた。
アイサを自殺に追い込んだ呪言師。正しく言えば、呪殺師。
彼の手にかかればは、僕みたいな貧弱な高校生は、また来週にでも殺されてしまうだろう。
「なんとかしなきゃなぁ…。また殺されるのは流石に勘弁だし」
「…俺がその場に居合わせたら、絶対成瀬のことぶっ飛ばしたのによぉ」
「無理ですよ。あの時は、モモが妖怪の力を巧く使って戦うことが出来たから、なんとかなったんです。人間の僕達じゃ、あの怪力には太刀打ちできない」
日本刀で指を落とされた事を思い出して、身震いしてしまう。
いくら僕でも、器の頑丈さに精神が追いついてこなかった。
「…わかってる。でも、なにも出来なかったのが悔しいんだよ。お前にも、辛いなんてもんじゃない、酷い目に合わせちまった。本当なら、指の一本や二本落としてぇくらいだ」
「…あなたの握力が無くなっては駄目です。それに、僕が死んだことに関しては…、明らかに自分の力不足が招いたことだ。あなたは気に病まないで」
そうか、と答える三浦を見ると、クマのような大柄な体が、小刻みに震えているのが分かる。
布団に涙が、ぽつぽつ落ちた。
悔しさと、後悔でいっぱいいっぱいといったところだ。
それに、別れは惜しめば惜しむほど、後をひいて袖を離しにくくなる。
「明日には火葬です。なにか彼に…、残したいものはありますか…?」
「…そうだなぁ。これだけ、一緒に燃やしてやってくれ」
彼はやっと顔を上げて、枕元に一枚の写真を置いた。
三浦・加藤・成瀬の三人が、まだ十代だった時の写真だ。
「シロ。私、分からないんだよ」
「どうしたのぉ、リュウちゃん」
彼らが帰宅をし、安置室が再び静かになる。
成瀬という男の遺体を、滑車付きの担架に乗せる。エンバーミングを済ませたとはいえ、まだ質量はあるし、とても骨の折れる作業だった。
「…この、成瀬っていう男に、九条家の当主は殺されかけたんでょ?なのに、なんであんなに…、悲しんであげられるの」
「リュウちゃん」
「だって!!…あの男も、近衛会から完全に足を洗えたわけじゃないのに、こんな所にきちゃってさ。同じヤクザの故人のため??意味分かんないでしょ、こんなの…」
この男の経歴を読んでも、同情なんか出来なかった。
三浦という男も九条の子供も、彼に騙された身じゃないか。それなのに、なんで許せる?
「…許されない事件の戦犯でも、彼自身のことは、遺族の方くらいしか分かってあげられないからねぇ。ある意味の罪滅ぼしじゃないけど、一概に悲しむ彼らを否定はできないんだよなぁ。私達」
「そうか…、そうかぁ。」
モヤモヤする。けど、なにも、私が口を出すことじゃないのは分っている。ただ、単純に私はあの人達の事が気になってしまっただけだ。
「なに、気に入ったの?あの人達のことぉ」
「べつにぃ〜?」
手袋と顔隠しを付けて、木箱から紙を取り出す。
紙には良くわかんない文字が一枚一枚に書かれていて、これを決まった配置にしっかりばら撒かなければならない。日本酒を染み込ませているので、少し波打っていて、出来の悪いやつは前の紙に張り付いている。
これを全部配置することで、穢を浄化する結界を組むことができる。
最近は呪いの複雑化で、もっと緻密な結界が必要になってきた。
「これ、ミスると一から作り直しだから好きじゃない」
「ミスなんてしないってぇ〜!いっぱい研修受けたし、自分達が陰陽連でここまで早く出世できたのも、この仕事のおかげでしょぉ?火葬場まで頑張ろ〜!」
「はいはい…」
私達は、いつも通り仕事に戻った。
いつも通り、仕事を終えられると思っていた。
第十六話 穢
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