第三十四話 吐露
「…そこまで、別に気をはらなくても」
「いやだってボディーガードだし!!キミの安全は僕が守るよっ」
「ふふふ」
ボクの成長痛が回復し、ようやく九条家のある山梨へ向かうことに。
新幹線の利用であんなことがあったので、念には念を重ねて高速で連れて行ってもらうことになった。
自分の全お小遣いを渡そうとしたが、「近衛から徴収するから大丈夫」と悪い笑顔で言い、受け取ろうとしなかった。
…この人にならボクのことを話しても良いのかもと、少し思った。
「それにしたって、なんでまた僕に護衛を?陰陽連にはもっとガチムチの凄い人がいるのに」
「それじゃイミない。解決まで、おにいさんが一緒にいてほしい」
「わーっなにそれ嬉しい!!!頑張る!!!!」
…ホントは、「おにいさんの前だと雪女にならないから」って理由なんだけど…。
別に嘘を言ったわけじゃない。おにいさんには付いてきてほしいと思った。
「何があっても、キミを送り届けるから」
「うん」
だって、こんなに優しいから。
「運転手の鴨川さんです!」
「鴨川由佐です。車内の安全は任せてください」
「お願いします…」
陰陽連名古屋支部で運転手の人と合流。
ふと眉の、ふくよかそうなおっちゃんだった。
「とりあえずお腹すいてちゃ長旅も持ちませんし、皆んなでご飯食べてから行きましょう!ね、鴨川さん」
「経費で落としてやりましょう」
「おとな強い…!」
駅から程なくして、名古屋のサービスエリアに到着。
人も車も多くて、大阪では見ない御当地グッズが売ってある。お土産屋さんも綺麗で、神棚がぽんと配置されているのが目につく。
「…あれ、なんか怖い」
「あそこ、もうやってないんだよ。ちょっと前に触り神関連でトラブルが多発して」
窓から覗く廃遊園地。
でっかいけど、もう動いていない錆だらけの観覧車が、まるで巨人みたいにボクらを覗き込んでるみたいだ。
「来年には取り壊しらしいです。ほら、食券買いましょう」
鴨川さんに手を引かれ、暖かい光の満ちる飲食エリアに入る。
いつの間にか黒い雲が立ち込めていて、まだ二時だというのに外は夜のようだった。
「「いただきまーす」」
カレーうどん。
アツアツで、ちょっぴり辛い。鼻水が出た。
おにいさんはメガネが一瞬で白くなってて面白かったし、メガネを外してみると少し大人っぽくてびっくりした。
鴨川さんは飲み物のごとくそれを一瞬で完食し、追加で揚げ物を食べている。
ボク達はそれを見て、あんまりの豪快さに笑ってしまった。
「…あれ」
気づけばボクの目に、涙がたまっていた。
「レイさん!!どうしたの?どっか痛い…?」
「あ、…う」
「…いえに、かえりたいっ…」
最低なことを言っている。ここまでしてくれている人達の前で、なんでこんなこと。
「ボク、ぼくいまごろ…、お父さんとアケビとご飯食べててっ、おわったらみんなで将棋して…」
「…うん」
「…アケビくいしんぼうだから、カレーうどんとか
、きっとすごく美味しそうに食べるんだろなぁって…」
…アケビは、家でご飯を食べさせてもらえない子だった。
小学校で仲良くなってから、ずっと夜ご飯はうちで食べてた。お父さんが将棋好きで、ご飯のご馳走の代わりにいつも対局に付き合ってあげてたから、いつの間にか将棋が大の得意になった。
アケビとボクの相性が悪いのは、互いのことを知りすぎているからだと思った。
次、何をしたいのかとか、全部わかっちゃうから。
何が嫌で、何が好きなのとか、ぜんぶ。
「アケビちゃんは…、もしかして」
「近衛に神隠しされちゃった。ボクのすぐそばに居てくれてるはずなのに、全然見えなくなっちゃった。すごく寂しい思いしてるはずなのに、声も顔もなんにも…わかんなくて」
ひとりが大っ嫌いな、アケビを一人ぼっちに。
「ごめん。本当なら、僕らが近衛の脅威からキミたちを守らなければならなかったのに。ごめん。こんなに遅れてごめん…」
「…おにいさんのせいじゃない」
ぎゅっと抱きしめられて、ますます涙が溢れた。
アケビにこんなところ見られてたらと思うと怖いけど、今さらどうでも良い。
ただ生きてくれてるなら、それだけでいい。
また二人で将棋の続きができれば、それで…。
「いろいろ余計なこと言ってすみませんでした。これからお世話になります。よろしくお願いします」
「承知しました。ここから九条様にお繋ぎさせていただきます。野々瀬様は二戸部様の護衛を頼みました」
「了解です」
彼らと握手をし、車に乗り込む決意を固めた。
車に足をかけようとした時。
「ちょっと待ちな」
「…なに?」
おばあさんだ。
背の低くて、しわくちゃのおばあさん。
「すみません。僕たち急いでて…。鴨川さん車動かしちゃって」
「お前じゃねぇ。そこのあんちゃん、友達が神隠しに遭ったとか言ってたな」
口の悪いおばあさんだ。
しかも、盗み聞きまでして。
…でもなんでだろう。
胸が、ざわざわする。
「あそこの廃遊園地来い。お前の横にいるやつのこと、見てやるよ」
「ボクの「横にいるやつ」…?」
よこに。
横にいるやつって、もしかしてそういうこと?
「駄目だ。かまってられないよ」
「野々瀬様、決定権は私達には…」
二人がざわつき始めたのに、ボクは段々上の空になっていた。
もしアケビが居てくれてるなら。
寂しがってるなら、なにか一言でも伝えたい。
一瞬でいいから。
怪しくてもいいから。
「お願いおにいさん。一瞬で良いから、この人のところに連れて行って。今アケビが一番望んでることを、知りたいんだ」
「…レイさん」
…この猫っ子。
飛ぶやら回るやら猫パンチやら、とにかく動きが身軽すぎる。
一撃が思い上に、拳の衝撃を「痛み分け」で分散できるから何回も容赦なく打ってくる。
「誰に教わった!!!!」
「??…まりんさん!!」
「私は教えてねぇぞ。コイツの独学だぁ」
…めちゃくちゃアホなのに、なんでか動きから知性を感じるんだよな。
俺の行動を全部読んだ上で反撃してくるみたいな、少しの狡猾さとしなやかさがある。
「お前さんも強いぜぇ。けど、ユズルは天才だからよぉ。避けられるし当てられるし、大して脳ミソで考えて無くても動けんだよ」
「そんなのアリか」
猫のしっぽがこれまたウザい。
人には絶対に無い部分だからこそ、それが視界をちろちろしてきて雑念が出てくる!!!
「痛っったいなぁ!!!!」
「わっ」
猫っ子のほっぺたを鷲掴み、すぐさま式を放つ。
白目になりのけぞったのも束の間、距離を一瞬で取れてしまう。
「…お前、皮を剥がされてどのくらい経つ?」
「俺、おれは…どのくらいなんだろう?マリンさん」
「わすれたのかぁ。八年だぜ。九歳の時にウチが拾ってやった」
八年。モズ事件まではいかないが、かなり長い間をその姿で生きている。動きが慣れてるのも、大概そのせいだ。
九条の当主に会わせることができても、魂の傷つき具合では厳しい決断を下されるだろう。
…そして、このマリンという女のことも気になる。
猫っ子の状態を知っておきながら、近衛のもとで何年も働かせ続けているのだろうか。
彼の保護者を気取るには、あまりにリスクを背負わせ過ぎている。
「マリンさん、もっと俺がんばれます!」
「やっぱりユズはすごいなぁ。なにも教えなくても、勝手に成長しちゃうんだからなあ」
「えへへへ」
…絶対に悪いやつで無い。それは確か。
亜蔵さんが昔よく言っていたこと。
自分がグレてた時、俺をボコボコにしてから必ず言うことがあった。
『人は言葉で形作られる。』
どんなに優しいことを吐いても、責任感のないやつの言葉は浮いている。言葉数が少なくても、覚悟のあるやつの言葉は鉛のように重い。
対して、彼女の彼にかける言葉には、深い慈愛が感じられた。
まるで、母性の塊だ。
「…こんなクソみたいな仕事はよせ。中学生の男の子を社会から抹消して、お前らはそんな金で今後ずっと行きていくのか?」
「それしかない。ユズルを食わせるには、近衛につくしかない」
「…いつか、全部自分に返ってくるぞ。自由にな
らなかった罰が、この猫っ子のことをも苦しめるかもな」
猫っ子が怖がるように、マリンにくっついた。
マリンは猫っ子の頭を撫でると、こっちに目を向けた。
敵意は無いと言いたげに手を挙げ、こちらに歩いてくる。
「…わかっちゃいねぇな。ウチラには首輪が付いてんだ。生きていくために、ウチが近衛に付けさせたもんだ」
「そもそもの話だ。アンタはさ。神とか妖怪とかが、目に見えるもんじゃ無かったら良かったって、そう思ったことある?」
「…それは」
「ウチらは捨てられた子供だったからよぉ。神なんてはなから信じちゃいなかった。…でも、近衛は自分を神だって言い張ってきかないんだ。心からの願いは叶えるし、必要な首輪はいくつでも付けてくれる。人はゴミくずみたいに扱うし、不幸も幸も操ってしまう。
ウチらにとっての神様は、近衛なんだ。
だから、ウチらがこれから受けるだろう清算も、近衛がウチの神様でいる以上しょうが無い事なんだ」
目に見えるだけで、都合が良い。人間の肉体を持っているから都合が良い。
そんな、「身勝手の行為」自体が崇拝の理由なのか。
「なんだ。お前は、じゃあ。猫っ子のお母さんじゃ無かったんだな」
「…!」
マリンが酷く動揺したように息を呑んだ。
沈黙と緊張の中、猫っ子が静かにその場でうずくまった。
「おか、おかあ、さ」
「ユズル落ち着け。マリンはここだ」
手を差し出そうとするマリン。
ごんっ、と大きな音が響いた。
「お、おいなにやって」
猫っ子は思いっきりマリンを猫パンチで突き飛ばした。
マリンは十個も後ろの座席に吹き飛んだ。
「あ、おか、まりんさっ、…」
ずるずると血の滲む拳を引きずり、立ち上がった。
意識朦朧とする猫っ子の瞳が、なにかどす黒いもので覆われている。
凍りつく空気の中、俺はいわゆる「禁句」を言ってしまったと後悔した。
そして、最悪の衝撃に備えるために身構える。
「ごめんなさいごめんなさっ、ひっ」
「…」
…俺は猫っ子を見て、昔の自分のことを少しだけ思い出した。
なぜだか俺は、思いもよらずに説教じみたことを吐いた。意味もないのに。
「猫っ子、いやユズル。「ソレ」が怖いんなら、俺に思いっきりぶつかってこい。いいか。どんなに力づくで目の前から消そうとしても、お前が拒絶してるものは絶対にお前から一生離れていかないぞ。正面から受け止めてくれる人がいなきゃ、永遠にこのままなんだ」
「ゔゔゔううウウウっ」
一、二秒。
初撃の猫パンチを抑えて、後ろによろけた。
そのわずかな隙に、大きな爪で顔をざっくりひっかかれる。
「…っだいっ!!!!」
鮮血で視界が赤くなる。
俺はその隙に、手の平をぱんと叩いた。
簡易結界が解除された。
と同時に、チョークの折れる音が聞こえた。
第三十四話 吐露
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