第三十二話 雷轟
「アケビ?」
「おはよ〜!全然起きないから心配した!」
…いつもの道場だ。
あれ、ボクはなにをしていたっけ。
そうだ。アケビと…、対局していたんだ。どっちがアイス奢るかで。
「ほら、続きやろ〜。私はスーパーカップの大っきいやつ食べたいんだから!」
「っ、ちょっと待って」
「ん〜?」
焦って前に出した手のやり場に困る。
ニコニコ笑顔で、アケビは首をうーんとかしげた。
セミがジリジリ泣いて、たまたま落ちた駒が床に当たる音が聞こえて。
…あれ、今って夏休みだったんだっけ。
…そっか。
…。
「ごめん、もうどこにも行かないで…」
「何言ってんのぉ〜!レイちゃんしっかりしてやぁ〜!ははぁ〜」
「…」
「ふふ、面白いなぁ。レイがそんな顔するの、三年生振りだな〜」
「…ボク、三年生の時なにかしてた?」
「いやぁ〜?大したことじゃないんだけど。レイさ、クラスの子達に、私とずっと一緒にいるのバカにされたことあったでしょ?「なんで女の子とずっと一緒にいるの〜」ってさ。
その時のレイ、今みたいな顔してた。くやしくてプンプンしてる顔」
「それはっ…!…アケビを取られると思ってヤダったから…。その時ちょうど、女の子達と遊ぶこと多かったし…」
「へぇ〜?」
「…もう、ボクと話すの恥ずかしくなっちゃったらさ、すごく遠くにいける距離にアケビが居た気がしたから…」
ボクはなんでか、今なら何でも言える気がした。
分からないけど、頭の何処かでは分かっていた。
ボクはアケビが、誰よりも大好きだから。
「…そんなの、」
アケビの耳が、少し赤くなった。
それからぷいっとそっぽを向いて、目をごしごしこすった。
「レイ以外にさ。私の大切な人なんて居ないんだからさ…、どこにも行かないに決まってるよ!ずっと、これからも一緒なのにそんなこと言わないで」
その、言葉で、
ボクはやっと我に返った。
アケビを、今直ぐに見つけなければならない。
「待ってて!!!アケビっ、いますぐ」
「レイ、わたし…」
「アケビ!!!!」
アケビが振り向こうとした時、なにか鋭い光がボクらの視界を割いた。
光の中をもがいても、ただ泥に沈むようで抵抗できない。
こんなの嫌なのに。
もっと、もっとアケビと、
もっと…。
「レイさん、起きられる?」
「…あれ、アケビは…」
「あけび…?」
…見たことない部屋だ。一体なにが起こっているんだ…?
さっきまで…夢を見ていたのかもしれない。内容とかは覚えてないけど、アケビがいた気がする。
まだ頭がふわふわして、心がからっぽみたいな気持ちだ。
「あの、ボクいつから…いだっ!!!」
「わっ、何処か痛いの!?」
「…きんにくつう、が痛い…」
おにいさんに覗かれ、びっくりして顔を背ける。その時、またもや背中に鈍痛が走った。
体中が筋肉痛で悲鳴を上げてしまっている。この間よりはマシだけど、起き上がるのも辛い。
「…さっそくなんだけど」
「なに…?」
背中をさすりながら起き上がるボクに、おにいさんは一枚の写真を見せた。
銀髪野郎と白杖を持った男のツーショットだ。
「この銀髪の名前は「近衛水仙」。近衛会というヤクザ集団のボスしてて、十六年前から目立って一般人に被害を加えている。秘書のコイツと共に逃走を繰り返してて、今も消息がつかめない」
「ボコボコにしたい」
「めっちゃ同意」
聞けば聞くほどクズ中のクズだった。
狙うのは女子供、社会的弱者。
集落など、外界とのコミュニティから隔絶された場所に魔の手を伸ばす。
アケビのことだって、ボクを釣る罠としか思ってないんだろう。きっとこのままなら、ボクに本を盗ませてからすぐ殺して、アケビに二度と会わせないまま実験体にでもされるんだ。
…そんな、嫌な考えが頭をぐるぐる回った。
「…それにしても、ソイツが関わってるってなんで分かったの?」
「じつはなんだけど…、レイさんが二離結界から出てきた時から、明らかにおかしいって思ってて。すぐ話そうとしたんだけど、レイさん倒れちゃったからこんな中途半端な感じになっちゃった」
そこで、自分が新幹線のホームでぶっ倒れたことを思い出す。
急な温度変化で目眩がして、そのままコンクリートに頭をぶつけたんだ。衝撃的で思わず記憶から消してしまっていた。
「う〜、ボクそんなひどい目にあったけか…。っていうか、そもそも二離結界ってなに?赤いモヤモヤの所のことだよね?」
ボクが聞くと、おにいさんはうんうんと頷いた。
すると、おにいさんが自分の古本を側に持ってきてくれた。よく見ると表紙には達筆な文字で『無象式』と書かれている。
ボクに付きまとった触り神を閉じ込めた、銀髪野郎の所望しているものだ。
「実はあれはね、触り神が独自に持っている「神域」とも呼ばれている物なんだよ。自分を守るためのガードの内っかわ…っていうか、人でいう肉の層みたいなもの」
よく分からないけど、滅多に入るようなところでは無いのは理解した。
「なんでボクはそこに…?」
「多分、人間じゃないから」
即答され、度肝を抜かれてしまう。
でも、そうか。
ボクは人間では無くなってしまったのか。
「今の段階であの領域に入れたのは、「皮を剥がされた元人間」と、丁度キミが探していた「九条朔太」という人物だけだ。…これからの研究次第で、いくらでも原理は説明できるだろうけどね」
そして本をパラパラと開くおにいさん。
ある「松の木」の絵が描かれたページで手を止め、それを指差す。
「ここ見て。松の顔のところに変な模様があるでしょ。後ろから捕まえた時は気がつかなかったんだけど、多分僕が閉じ込める前に、いち早く触り神に干渉していた人が居たんだと思う」
「…」
ボクが言葉を濁そうとすると、おにいさんは焦ったようにボクの肩をとんとんとした。
「別に全部話してもらわなくってもいいんだよ!…でも、これでも頼ってもらった身だし、新参者でもやれることなら全部やるよ!!!」
「…おにいさんは、頼りになるか分からないけど…、すごく安心する感じする」
「ほっ、ホント!?なんかうれしいなぁ…」
ついついおにいさんの優しい反応が見たくなってしまう。
こんな霧みたいに現れた自分のことを、まるで疑いもしないみたいに世話してくれる。本当に良い人なんだ。
子供っぽく見えても、ちゃんとおにいさんなんだ。
「おにいさん凄いね。やっぱり」
「ふふふ。…そういえばキミ!どこで九条さんを知ったんだっけ?あの人、依頼は陰陽連通してしかなかなか受けないって聞いたけど」
唐突な質問に一瞬ビビったが、別になんてことない。
成長痛で歩けなかった時、パソコンで必死に検索してたどり着いた、頼みの綱の方のことじゃないか。
「「藤咲荘OBの相談窓口」っていう、触り神関連の事が聞けるっていうホームページ。これを見つけて、ここに今の状態を書き込んだら『ラッキーK』って人と『モノ』って人から返信が来た」
『九条朔太に会いに行け』って。
「マリンさんっすごーい!景色がうごいてます!」
「新幹線は凄いんだぜぇ。席は回るし、どんなトコでも一瞬で着いちまう」
「俺、つぎは海にいきたーいです!!」
「金が貯まったら連れてってやるよぉ」
初めて食べた駅弁。なんかデカくて人気の建物。よく分からんスーツ野郎の舌打ち。やさしいばあちゃんの飴ちゃん。
「大阪、最高だぜぇ…」
「おや、それは良かった」
…気味の悪いヤツが、急に声を被せてきた。
なんで気づかなかったのか。いつの間にかウチらの座席の横に立っていやがった。
プリン頭で寝不足三重。
黒スーツを着て、さっきの会社員の群れを抜けてきたらしい。
明らかに異様な空気だ。気持ちワリィ。
「…ここは指定席だぜぇ。ウチらになんか用かぁ?」
ソイツは覇気のない取り繕った笑顔のまま、ウチら
二人が写った写真を見せてきた。
まだ、皮を剥がされる前のウチらの写真だ。
「おつかいを頼まれまして。迷惑な「化け猫」がホームでうるさく騒いでるそうじゃなですか」
「あぁ?うるせぇのはテメェのほうだぜぇ。胸クソ悪い写真見せつけてきやがって。なんの邪魔しに来たかはっきり言わねぇと、次の停車でブッ飛ばすぞ」
ソイツはため息をついて、ゆっくりと手を合わせた。
今まで居た乗客の声が、ぱたりと聞こえなくなる。
…人が、一斉に消えやがった。
「マリンさん!なんかヘンですよ!!」
「おちつけユズ。ウチから離れるなよ」
結界式か?
でも、この間見たツインテール達の浄化結界とは毛色が違う。明らかにヤバい、固有結界の類だ。
「端的に申し上げます。アナタ達近衛会は、屍人式を完成させ、祈年祭当日に我々の元に現れる」
「あ?」
なんでコイツは近衛のやりたいことを知っている?
それに、言ってることが気持ち悪い。
なんで断言しやがる。止めたい側の奴らのクセに。
「予知夢を見る方曰く、未来を変えられる事は出来ない。しかし、「そこに辿り着くまでの道のり」は、自分たちで変えていくことが出来る。と」
「…鯨崎家が噛んでやがったんだなァ!!!」
ぱちん
指を鳴らす音と共に、雷が新幹線の真下に落ちたかのような衝撃が車内に轟いた。
全身にビリビリと裂かれるような痛みを感じ、体が硬直する。
「っ 、ぎぃ」
「我が師「亜蔵」からの伝言だ。『私たちが今からとるのは、最善の最悪だ』と」
鼻血をぶーっと吹き出す。
アイツ、雷式を使う祓い屋だ。ウチらにおっきな雷を落として、動きと思考を停止させにかかっている。
現に、体に流れる電流のせいで頭がおかしくなりそうだ。
「まりぃ゙、んさんっ」
ユズルが目配せをした。
そうだ。
こんな時のために、ウチらはずっと一緒に居たんじゃないか。
一人なら死んでいたかもしれない痛みも、二人で分け合えば怖くない。
どんな傷でも、守り合える。
「…なるほど。「痛み分け」ですか」
ウチらは拳と拳をぶっつけあわせて、電流の痛みを「分け合った」。
それがアイツにどう意識を変えさせたのか分からないが、急に肉弾戦に備えた構えをして、ウチらを一瞥した。
ユズルがウチの前に立ちはだかり、毛がざわざわ逆立ち始め、臨戦体制を整えた。
「…俺とお前ら、相性サイアクだわ」
「ははっ!!!!お前らが人間で居続けることより「最悪」なことが他にあるかよ!!!」
第三十二話 雷轟
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