第三十五話 結晶
ざわつく車両を通り過ぎていく。
人の視界の中を抜けて、貸し切りされた3号車に移り、僕達はそこでやっと力が抜けたみたいにその場でへたりこんだ。
「…成功ですね。いえーいです、カヅキさん」
「いえーい」
僕は、先日からこの大阪に滞在している。
元人形使いの
今はトガタの姓を捨てて、園長先生の名字を借りて生活をしている。
「ライチさんだいじょうぶ?目見えてる?」
「血で染みちゃって開けれないです」
「いたたたー」
園で夏休みを過ごしていた僕は、モノさんとメグルさん経由で今回の事件のことを伝えられた。
僕に手伝ってほしいことがあると、あんなに深刻そうにメグルさんに頭を下げられてしまい、びっくりして話半分に大阪までぴゅーんと駆けつけてきてしまった。
「こんなに大変なことって知らなかった。ライチさん生きてて良かったね」
「あなたこそ無事でなにより。あ、救急箱をください」
「どうぞ。ずっと首からかけてて疲れちゃった」
「お疲れ様です。よしよし」
この「ライチ」という、美味しそうな名前のこの人に案内をしてもらいながら、今回の任務のことを話してもらった。
どうやら、サクタの言っていた「皮剥がし」をされちゃった人を「猫達」から守らなければならないらしい。
「これで、二戸部様の護衛を野々瀬様へお任せすることができます」
「途中であの二人に襲撃とかされたら、たまったもんじゃないもんね」
「そのとおり」
その猫達をサクタに送り届けるために、僕の白円が必要だったのだ。
これは、僕にしかできないことだから。
「ライチさんがあそこまで引き付けてくれ良かった。あと少しズレてたら「あそびば」に足が入らないところだったもん」
「やはり新幹線の中だと、円の書ける範囲も限られていますからね。乗客の方の誘導も上手に出来たようで、言うこと無いです」
「へへん」
僕がむねをたたくと、ライチさんは頭をわしわし撫でてくれた。目もうっすら開けれるようになっていたし、ざっくり切れた傷も血が止まってる。良かった。
「二人は今頃、九条家にいるんですよね。九条さんが居る、本社に…」
「うん。一回行ったことあるし、多分完璧だと思う。あの二人が皮をもとに戻してもらえばいいんだけど」
僕がそう言うと、ライチさんが難しそうな顔をした。
「どうしたの?」
「…マリンという女が「近衛に首輪をつけられてる」と言っていました。それが原因で、彼らは皮を元にすることも、近衛の元を離れることもできないのかもって思いましてね」
「契約ってむずかしいね。でも、あっちで困った事があれば、今にでも連絡しにきてるでしょ」
「…たしかにそうですね」
ライチさんは納得したように、大きく伸びをした。
さっきまであんなに動いてたのに、まだまだ元気そうな立ち姿でびっくりした。
僕も真似して、おっきく伸びてみた。
「…今日はこんな所までついてきてくれてありがとうございます。急なことだったのに、快く受け入れてくださって」
「いいよ。アグラさんいいひとだったし、リノとかモモ達にも応援された」
「リノちゃん?お友達?」
「うん。でも、今は皆んなかぞくって思ってる。僕のこと、受け止めてくれた人達だから」
僕は胸を張って、堂々と答えた。
まだへたっぴな笑顔だけど、みんなに褒められた笑顔だからなにも恥ずかしくない。
僕はあの日から、おうちの平和を守るためにいっぱい頑張るって決めた。
だから、今はなにも怖くない。
「…カヅキさんは強い子ですね」
「ありがと。…携帯なってるよ?」
「あらら、ホント。ごめん、ちょっと出ますね」
ライチさんが電話をとった。
ばきばぎっ
携帯から、変な音が鳴っている?
僕がライチさんと一緒に耳元に携帯を近づけると、雑音に紛れて声が聞こえてきた。
『…、ち…さ……、やくっ…』
「…もしかして、二戸部様の護衛の方ですか」
「え、そうなの?」
「アグラさんから、無名の着信があればソイツだと思えって言われてて」
「へぇ。アグラさんって、裏でコソコソいろんなこと進めるタイプ?」
「うん。全くもって」
ぶつっ
と、電話が切れる。
かと思えば再度かかってきて、ちょっと僕は怖くなった。
「もしもし!陰陽連の方でしたら用件を…」
『…ご、屋の呉ケ谷インター、に、、てください。』
「名古屋ですか?あと二時間かかりますよ」
『は、、やくき、、、にとべさ、が、、いな、、くな』
また、切れた。
でも緊急事態なのは分かった。ライチさんも、明らかにやばいって顔をしてる。
「よし。強行突破しますよ。カヅキさん、今から地図を見せるので、そこまで飛んでください」
「えっ、でも僕が行ったところじゃないと、絶対に変なとこにとんでっちゃうよ!」
「正確じゃなくて結構です。とりあえず愛知県に少しでも近づかなければ」
「…わかったけど」
上手くいく確率はすごく低い。
やるしか無いけど、胸の中が不安でいっぱいだ。
「…そこが呉ヶ谷インターね。想像だけでつくってみる」
僕は意を決して、新幹線に再び白い円を描いた。
…一応繋がったので、ライチさんにオーケーサインを送ると、すぐにライチさんは僕をだっこして、円の中に入った。
「変なとこ行っちゃったらごめんなさい!」
「大丈夫。きっと上手くいきます」
目を閉じた。
…風の音だ。
びゅーびゅーなってて、夏なのに冬みたいに寒い。
長袖を着てる僕でも、震えるくらい。
「…えっ」
僕達は観覧車の頂上に立っていた。
「わっ、わーー!」
「カヅキさん、落ち着いて」
錆びて、すぐにでも抜けそうな天井板に乗っかっている。
怖くてとっさに上を見ると、暗い灰色の空がとっても近く感じた。雲の動く速さだけでも、これから嵐が来るのが分かる。
高すぎて、抱えられているのに思わず腰がぬけそうになる。白い息をばーって吐いた。
「しし、しんじゃう」
「お見事ですカヅキさん!ここ、サービスエリアの遊園地ですよっ」
「ゆゆ、ゆーえんち?怖くてもう目ぇあけられないよ」
いつもならこういう所も大丈夫だったのに、最近は全然ダメになった。
これが普通かもしれない。でも、下を見たら気絶しちゃうかもしれない。
「大丈夫です。今下へ降りますからね」
「わーん」
ライチさんにぎゅと掴まっていると、ふわっとした感覚に襲われる。ガチガチ震えていると、こつっと靴が地面に当たる音がした。
「…、?」
「ほら大丈夫でしょう?」
「え、もうおりれたの…?」
ゆっくり目を開けると、思わず息を呑んでしまうような光景が広がっていた。
氷だ。
スケート場みたいに、一面氷の海だ。
メリーゴーランドとか回る飛行機の乗り物、そこら中の木とかキャラクターのオブジェ、看板や広場のイス達全てに氷がはっている。
「…これって」
「考えたくもありませんね。最悪の事態と、正直言わざるを得ない」
そう、わざと普通みたいに言った。
ライチさんの声は落ち着いていたし冷静だったけど、若干諦めみたいなものも感じた。
「ライチさん」
「物事は上手くいかないことが基本。最悪の最善を探すのが我々祓い屋の仕事です」
そうはいいつつも、僕達は体と心が重くなっていることに気がついた。
野々瀬さんに頼んだ護衛が、結局失敗したのだ。
近衛にやられたのか?それとも自暴自棄で?
「…みてください!これ、式神と言うんです。私達はこれで降りてきたんですよ」
「とんぼ…?」
ライチさんの手の上に乗った、とんぼの小さな折り紙。
たしか、久世家のお姉ちゃんが持っていたはず。
「ライチさんって結界師なのに、式神使えるの?」
「いいえ、まったく。そもそも蜻蛉の式神は久世家が独自に持っている式なので、習得自体が不可能ですね」
「?じゃあ…」
「このトンボは、亜蔵さんの「模倣式」が作り出した、いわゆる偽物です。細かい説明は省きますが、簡単に言えば「制限と代償を課して、特定の式を模倣することができる」のです。それで、他方面からは良い顔はされないのですけれど」
そう言ったライチさんは、再び僕を抱えてトンボを宙に放おった。
ぼんっと大きくなったトンボと背中に、ぴょんっと飛び乗る。また浮くのが怖くて、僕はまたライチさんにしがみついた。
「…生存者を探しましょう。もしかしたら、野々瀬様ならどうにか足掻けたかも」
その諦めたような声に、僕は頷くことしか出来なかった。
僕らは、生きている人を探すために、再び空中散歩を始めた。
「だからドメスティックは家庭のことだって!!お前はバイオレンスって言わなきゃダメなんだよ!」
「ぎゃははははっ」
「うひゃ〜!!!」
…めっちゃウケてくれてる。
久し振りにやるピンのコント。めちゃくちゃものボケ入った劣悪なデキなのに、こんな笑ってくれるなんて。
「スフィンクス!?猫のほうだよそれはっ」
「「だひゃーーっ」」
駄目だ。このままではこっちがドツボに入ってしまう。またテレビに出たくなったら、俺は、俺は…!!
「はい終わり!!!もっとやることあるでしょって!」
「え〜ヤダヤダ!メイちゃんのものボケ最高なのに」
「そうですよ。こちとら、ラッキー鯨崎に会うために当主になったんですから」
…そう。
俺のコントを観てくれている彼ら。とくに横の着物姿の彼は、俺の熱烈なファンだ。
俺の代わりに、里長になってくれるくらい…。
「…本名なんだっけ?」
「
「菅原ってめっちゃ名家じゃあ〜ん!!お姉さんびっくり」
「
「謙遜でもひでぇや」
こんなバラバラな二人と、なぜ東京都内の変なアパートにいるのか。
その答えは、俺の予知夢の中にある。
「「予知夢は回避できない代わりに、選択までの道のりなら変えられる」。…メイちゃんは、このヘンテコメンバーで、一体何をするつもりなんだい?」
念力重鎮お嬢様と、厄介ファン兼、祓い屋コンサルタントにしか出来ないこと。
それはつまり…!
「人探しです。やることいっぱいなんで、団結していきましょう!!!」
第三十五話 結晶
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