第ニ話 呪い
「…アイサちゃん」
「別に。私、こういうのも覚悟でここまでやってきたし。別に今更〜って感じ!」
「そ、そんなことっ」
「だってしょうがないでしょ!!私、これから消されるんだから。アンタはちゃんとやるべきことをやりなさい。もう、誰もアンタの事守ってやれないんだから!」
「…ごめん。そうだよね」
「じゃあ行って!もう二度と玄関開けないでよね」
「…アイサちゃん!」
「鯨崎。今まで一緒にいてくれて、ありがと」
ぎぎぎ、バタン。
「良かった。到着した」
西の方はあんまり来たことが無かったが、夜でも比較的治安が良い。ヤクザで気後れしていたが、なんとも居心地の良い所だ。
「…いや、過去一でキツイかもな」
あんまりにも障り神の匂いがキツすぎる。
鼻が利く家系で、いつも助かることの方が多かったが、今回は真逆だ。
もうなにがなんの香りなんだか。目も痛いし。
正直、本能レベルで踏み出すのを躊躇してしまう。
「…仕事!!」
ほっぺたを叩き、思い切ってフェンスを乗り越える。
駆け足で倉庫の入口まで行き、取り合えず勢いで札を貼る。
これ以上、ここの妖気のせいで障りが発生したら良くない。一応塩も撒く。
「こんだけやったら良し…」
嫌な汗をかきながら、入口のヨレヨレのビニールカーテンを少し開け、中に入り込む。
その倉庫は、全体が赤く錆びて、まるで一つの鉄の塊のようだった。
窓もすっかり割られて、月の光が差し込んでいる。短い廊下には、廃材と、もう動かない機械が密集していた。
ここをもう少し行くと、開けた所に出るらしい。
早く仕事が終わることを祈りながら、どんどん進む。
廃材をまたぎ、鼻をつまみながら、やっとのことで暗い廊下の終わりに到達した。
「…よしっ、やっと中に
体が、一瞬の内に強張ってしまった。
凄い怖気だった。
それと同時に、僕はまんまと騙されたことを確信する。
ここに蛇の障り神なんていない。
こんな、血しぶきと、肉の飛び散っているこの空間で。
もはや、これは障り神の匂いでは無い。
人の死の匂いだ。
すべての匂いを上書きするほどの、酷い腐敗臭。
「…鯨崎さん、居ますか!!」
仕事をナメてた訳じゃない。が、明らかに僕は動揺している。
やっと、この案件が僕のターニングポイントになることを、理解した。
「だからヤクザは嫌いって…、お祖父ちゃん言ってたなぁ」
もはや諦めにも近い気持ちで、頭が冷える。
しっかり捜そう。
騙されていたのなら、自分の考えられる最善の行動をとろう。
ヤクザの思惑は、もう、僕の手の及ばぬところだ。
「鯨崎さんだけは、無事に見つけなきゃ…」
「成瀬、よくやってくれたね。依頼内容はちゃんと伝えたね?」
「はい!トウマさんの言う通り、祓い屋には『鯨崎は私達近衛会が保護をする』ことを伝え、しっかりと確保するように指示しました。九条の若当主は、やはり経験値が浅いようで、しっかり私達を信じて依頼を引き受けてくれました」
「九条の鼻は騙せたのかい?」
「障り神の代用品である人の肉塊も、カモフラージュの蛇の匂いも、全て完璧です」
「うんうん。良くやったね。そうしたら、後は鯨崎を回収して終わりだ。アイサもしっかり消えてくれたし、鯨崎も僕らを怖がって、九条殺しに付き合ってくれるだろう」
「順調に行けば良いのですが…」
「大丈夫さぁ。ほら、加藤と三浦を、ちゃんと工場へ向かわせてね」
「はい!仰せのままに…」
「うっぐ、ひぐっ、ううぅ」
頑張れ俺。ラッキーなんだろ?負けんなよ!!
大丈夫だ。あともう少しで、呪いを解ける。
あと、もう数日かければ、この肉塊達を全て切り終えられる。
そうすれば、やっと…、自由になれる。
「…アイサちゃん…」
油でぬるぬる滑る包丁を、もう一回しっかり握る。
予知夢を封じられた今、俺が出来るのは、こんな事くらいだ。
今はただ、窓にさしこむ月明かりだけが、俺を正気でいさせてくれる。
「はぁっ、ああ゛っ!!」
過去の自分に腹が立って、頭を抱える。
血まみれで、ぐちゃぐちゃの俺を、どうして夢の中で見てやれなかったんだろうな。
「…誰か、助けて…」
こんな、どうしようもない俺を助けてくれ…。
「アレ?サクタがゆってた人って、この人カナ?」
「えぇっ」
放心状態になりながらも、取り合えず刃物を置き、2歩後ずさる。
「ねぇねぇ!ココでさ、何してル?」
「あっ、えっ、その…、呪いを」
まて、なんとなく話しちゃ駄目だろ!
見た目からして、多分人間じゃない…?
白髪で、ゾンビのような縫い目が顔の右全体にある。
首からは縄のようなものをぶら下げ、白い学ラン?みたいなものを着ている。袖が長い…。
多分…、中学生くらい?なんでこんな子供が僕の所に?
「いや本当にダレーーっ!?」
「ハタゾンビヨ!!よろしくネ」
無理矢理握手する。
駄目だ。俺はこんなことしている場合じゃないのに。
「…誰だかしらないけど、俺の邪魔をしないでくれ!!これさえ終われば、俺は自由なんだ」
「自由?」
「そうだ。俺は芸人なりたさに…、とても悪いことに手を染めてしまったんだ。俺と同じような人も、やっぱり殺されてしまった。俺が出来るのは、今俺にかかった呪いを解くことくらいなんだ!!」
「…その肉を切れば、呪いナクナル?」
「…そういう約束なんだよ。」
その子はふぅ〜んと首をかしげ、なにかを考え始めた。
なんだろう。不覚にも、ちょっと親戚のちっちゃい子を思い出した。
「どうしたの…?」
「イヤ、だって。貴方に呪いなんてかかっていないし。なに言ってるのか、サッパリだもん」
「へっ」
「そうです、鯨崎さん。早くここから出てきてください。あなたのせいで、本件が非常にややこしくなっているんですよ」
「サクター!」
自分が肉をせっせと切っていた部屋に、体を半分のぞかせた少年がいる。
ゾンビっぽい子は、すっかり彼の方に走っていってしまう。
…多分高校生くらい?三白眼寄りの、鋭い目だ。血まみれで、すごい鼻をつまんでいる。
「僕は、貴方を近衛会に引き渡す事を条件に、ここへ来た祓い屋です…」
「祓い屋…?なんでこんなところへ?」
「まぁカクカクシカジカ、騙されました。蛇の障り神がいるとかなんとかでここへ来たのですが、まさかこんなのが目的だったのか」
「えっ、なになに、なにがおきてんの!?」
すると、彼は深いため息をつき、俺から刃物を取り上げた。
「それでは話しますよ」
「っ」
「これから貴方は、予知夢を見る一族の末裔として、近衛会から永久的に拘束されます。そして、僕も殺されます。その肉のお陰で、私は罠に気がつけなかったのだから」
…まさか、そんなこと。
俺は、俺はまた選択を誤ってしまったのか?
俺が今やっていることは、全部悪い方向に繋がることなのか?
まだわからない事の方が多いけど、多分だけど俺は…っ。
「…そん、な、えぇ…」
不甲斐なく涙が落ちる。
アイサちゃんの事を思い出しては、心が痛んだ。
「…俺、テレビに良く出てるさ、アイサちゃんと仲良かったんだよ。あの子も俺も…、近衛会に居る『桐馬幸彦』ってやつに甘い言葉を囁かれたんだ。「貴方達を有名にする代わり、僕のお願いはなんでも聞くこと」って…。それをも飲んでしまうくらい、俺達は折半詰まってたんだ」
「アイサさんが自殺したのは、推測するに…。彼の呪言でしょうか。一度契約を済ませると、容易に相手の自由を奪うことができる」
「でもそうしたら…、なんで俺は殺されない?なんで呪いを俺にも掛けたなんて嘘を?」
そう言うと、少年は少し悲しい顔をして、俺にハンカチを渡してくれた。
「…この世には、騙されてくれる人間というものが、一定数います。アイサさんは、恐らく貴方を手に入れるための、単なる付属品でしか無かったんです」
俺はハンカチで目を覆った。
くそ。ここまで俺達は利用されなければならなかったのか。
ここまで、酷い扱いを受けなければならなかったのか。
「すまない、サクタくん。俺のせいで随分と迷惑をかけたね。…俺は、やっぱり一族の里から出てくるべきじゃ無かった。…ごめん。ごめんなさい…」
もう、どうにもならない今の現状に、土下座くらいしか出来なかった。
「…僕はどうにも、「騙される方が悪い」なんていう、やったもんがち主義は嫌いなんです。騙す方が絶対悪でいられる覚悟すらないのは、どうにも癪でね」
「サクタくん…?」
「逃げましょうか。ここから」
第二話 呪い
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