第十三話 子供

「ううむ。また失敗。いや、成功ではあるのだけれど」

「でかい傷を残すのが目的、ってことだったんで、まあこれ以上望むのも違うでしょう」

「えー?私は魂もゾンビも欲しかったのに」


天気の良い、雨上がりの午後。

アスファルトの濡れた匂いと、瞼に照りつける日差しの眩しさが俺を襲う。

いつまでも降ってくれていれば、自分はこの我儘お嬢と散歩せずに済んだのに。

憂鬱だ。何も見えない晴天ほど殺したくなるものは無い。


「そういえば藁人形、ちゃんと作動して良かったじゃないか。私はてっきり素人に呪いを仕込ませたもんだから、失敗するとばかり」

「相生そら…とかいう少年でしたっけ。あの子には才能があったのにもったいなかった。藁は自分が編みましたけど、それでも写真を使った呪いの類は難しいのに」

「ほー…。確か、写真に写った対象の所へ傀儡を飛ばす呪いだったよな。あれを一晩で覚えて作っちゃうんだから、妬けるな」

「ですね」


「…ねー、私にも教えてくれよ!」

「近衛様はだめです。何度も言っているでしょう?呪いを習得できるのは人間の魂を持った者だけです。それも鳥系の血がある程度混ざってないと」

「なんでだよ〜トウマのケチ!鳥料理なら死ぬほど食ってきたぞ」

「死ねもしないのに、酷い冗談だ」

「私には厳しいよな〜、トウマは。もしかして、君のお気に入りの部下を傀儡にしたの、まだおこってるのかい?」

「…別に怒っていません。鯨崎確保に失敗した時点で見限ってはいましたし。ただ、報連相はしっかりとしてくださいね」

「わかった!あ、あそこのアイス食べたいな」


先月俺の目を潰したのに、良い度胸だ。

この人のせいで有能な部下を、計三人も失っている。三浦に関しては、別に死んだ訳じゃないけど、非常に連れ戻しにくい状況だし。

はあ、イライラする…。


「まあ、買うんだけど」

「うまーーっ。牛の乳の味がする」


皮剥がしと九条に執着している時以外は、本当純粋な子どものようだ。


「呪いは応用に富んでいるし、特にお前は秘書として色々立ち回りが上手いから、いつも助かっているよ。これからも近衛会の唯一の呪言師としてがんばってくれたまえ」

「…はいはい。死ぬまでお使えしますよ」


近衛水仙。

いまから二十年前、組の玄関前に捨てられていた子供。

先代の意思を継いで、彼女は現会長へと就任。数年を開けた今、とある野望のため組織を本格的に動かし始める。


「人間の皮をぜーーーんぶ剥いで、真の姿を手に入れた世界は、きっと今よりずーーーっと楽しくなるだろうな」


彼女は、好奇心の化け物だ。



「…そういえば、相生の自殺の呪いは?」

「なんです?」

「いや、どうやって作ったのかな、とね。藁人形は私達が試しに作らせたやつだろう?」

「なるほど。やっぱり近衛様は可愛いですね」

「ころすぞ」

「うわっ、シャレにならん」


俺は杖をコツンとついて、近衛様の前に立った。


「…人間とは不思議なものです。人生の沢山の岐路。命を削って作る平和な生活。やがて来る魂の喪失、肉体の喪失。色々なものを捨て、やっと自分の望むものを手に入れることができる」


この、目の前の神様は知らないのだ。

人間という生き物の複雑さを。

人間という魂の、恐ろしいほどの執念深さを。



「相生は、自身の肉体に呪いをかけた。昔から伝わる、土地自体を穢すための捨て身の呪いです」



近衛様は少し考えた後、頭を傾げ、俺に聞いた。


「自分が森で自殺をすることで、森そのものを穢したということか?」


「簡単に言えば、そう言うことですね。死を望む、心の弱い人間を森に引き寄せる呪い。肉体を手放した時点で発動する。簡単で、一番難しい呪いですね」


そう言うと、やはり不可解といった顔で反論をしてくる。


「…理解しがたい。なぜ、人間はすぐ自己犠牲を必要としたがる?別に、死体を集めたかったらモズに人殺しの方法を教えてあげればよかったはずだ」


「それはあまりにも的外れ回答ですね、近衛様。人間とは、いつだって魂の清らかさを讃えて繁栄してきた生き物ですよ?自分の愛するものに、殺人なんか教えられるわけ無いじゃないですか」


それに…、と付け加えようとして、俺は口を止めた。

「相生という少年が、二人の義弟妹を呪いの対象外とした理由、あなたには分かりますか」

なんて、答えられるわけ無い。

「自分を不幸にした存在を愛する」なんて馬鹿げた行為を、あの人は一生理解できっこないんだから。


「聞いた私が馬鹿だったようだ!人間の複雑性なんて、私にとっては無用の長物なのだから」

「それで良いんですよ、近衛様は」


再び、近衛様は大通りをぷらぷらと歩き始めた。

人の笑い声に混ざって、不満をたれる彼女は、なんだか一番人間らしくみえてしまう。


「…アイスもう一個食べる。お金を貸しなさい」

「金持ちなのに」

「他人の金で食べるアイスが、やはり一番おいしいと気づいてしまったみたいでね」

「それはそれは。素晴らしい発見ですね」


近衛様は、やはり子供だ。

魂の一番純粋なところを掬って、スプーンで垂らしたような、そんな方。

先代はきっと、その心の真価に、大きな可能性を見出してしまったのだろう。


「では行きましょうか」

「あ〜暑い!」














「ねぇ、どこから来たの?」


「はいこれ、あげる!ボクのうさちゃん消しゴムだよ!かわいいでしょ〜」


「また会えたね〜!いつもこの時間にここ来るの?あんまり遅くなると怒られるから、気を付けるんだよ!」


「またいじめられたのかって?別に大したことないんだよ。ボクがちょっととろかっただけ。ボクが間違えただけだから」


「早く夏が来てほしい。冬は家の中が寒くて寒くてたまんないんだよ。本当は春が好きだけど、クラス替えが憂鬱だからなぁ…」


「君の目は、キツネさんみたい。細くて、ガラスみたいに繊細だ。全部見透かされてるみたいで、嘘なんかつけそうにないや。…怒った?ごめんよ」



「卒業式、終わったらさ。またここで会おうね」





端。

端優気。

優しいふわふわの茶髪に、もちもちのほっぺ。

のんびりした語尾と、穏やかな言葉遣い。


無邪気で、色んなものを愛でながら生きる君は、誰よりも尊い。

誰より透明で、誰よりも暖かい。


辛いことから逃げていたあの時の僕にとって、端は神様なんかより、もっと大きな救いをもたらしてくれた存在だった。



「会いたいよ」   



君に、許されないことをしてしまった。

全部、自分のためだ。端に居なくなってほしくなくて、僕は彼を人間から最も遠い存在にしてしまった。


君のこと、ちゃんと名前で呼んであげられない。

けど、君のこと、もう一生手放したりなんてしないから。

もう辛い思いなんて、絶対にさせないから。








「ハタ…」

「サクタっ!!サクターー!」


ハタゾンビの声で、ぱっちり目が覚める。

いっぱい寝てしまったみたいだ。いつもより頭も体もすっきりしている。


「なでなでしてー」

「はいはい。今日も髪ふわふわだね」

「んふー」


平和な早朝だ。 

学校なんか行かず、ずっとこうしていられたら良いのに。


「僕…さっきまで何してたっけ」

「ずーっと寝てタ!今ね、土曜日!!」

「ふーん…土曜…」


…いやまて土曜日?

ちょっとまて、思い出そう。


僕は…まず、相生と会ったんだよ、月曜日。

そんで、リンに村を探し当ててもらって、相生と合流してからも一日中かかったんだよな…。

そうだ!相生が「集落から遺書見つけた」って大騒ぎになったんだ。その後、僕とリンで、ホント早朝に森へ入った。山を浄化している間に、リンが時間稼ぐって作戦で…。


そしたら、火曜日に僕は死んだ?

いやぁ、そんな。

なら、少なくとも水曜であってほしいんだけど。


「ざーんねーんだったな!お前は三つの小テストを受け逃し、補習確定野郎なのだ」

「え」


ぱっ、とふすまの方を見る。


「リーン!!」

「おはようだぜ、サクタ」


リンがぱっ、と僕に抱きついてくる。

それを見て、ハタゾンビもわしーっと抱きしめてきた。


「あはは、くるしい」

「いっぱい心配かけさせやがって。寝過ぎだ、お前は」

「つまんなかったー!早くあそんデ!」


…そうだ。いっぱい皆に迷惑をかけてしまった。

モズにも、あんなにまかせろとか言ってしまったのに、結局助けられてしまった。不甲斐ない。


「…モズは?」

「あれからずっと家に居るよ。相生は、妹が殺される心配が無いって分かったから、一旦家に帰った。てか、帰らせた」


そうか。そもそもの依頼は、妹を山へ行かせないことが目的だったしな。

浄化を済ませたあの山へは、多分これ以上、誰も引きずりこまれることは無いだろう。


「そしたら、あとはモズのお母さんのことだけだな…」

「それ、俺心配してたんだけどさ。モズのお母さん、人間食べなくても良いの?」

「食べなくて良いに決まってる。近衛のでまかせだ。…許せないけど、きっと皮剥がしにあった人間に、なにをさせたらより妖怪に近づくのか、とか考えたんだと思う。」

「なにそれ、うわ、キツっ」

「近衛は、人間では無いから。僕とおんなじ、冷たい魂を持ってるから、そういうことを簡単にできるんだ」


人の死をもてあそぶ、冷たい魂。


「そんなこと言わないでヨ。サクタ、こんなにあったかくなったのに」

「そうだそうだ!どんだけカチカチだったと思ってんだ!よーし、爆弾おにぎりたべさせてやる」

「病み上がりから容赦ない…」


…そうかな。

僕は、少しでも暖かい心を持っていられるのかな。

体は温かくても、いつか皆に冷たい奴だと突き放されてしまうのが怖い。

怖がってしまう僕は、きっと頼りないやつだろうな。



「ぬぁっ!なんでまた死んだ?原理がわからないぞ?」

「だから、穴に落ちたら普通死んじゃうでしょ?残機がもう無いんだから気を付けて!」

「残機ってなんだザンキって!不死身じゃないかコイツ!この赤サクタ!」

「え、懐かしい方のマリオしてるじゃん」

「サクタくんちょっと聞いてよ〜。モズがさ…」


ぎょっ、として見つめられる。

モズも、ゲーム機を手放した。残り一機がファイヤーフラワーに焼かれてしまう。


「サクタくーーーーん!!!!」

「どぅわっ」


…大人から抱きつかれるのは慣れてないけど、なんだか悪い気はしない。

少し、少しだけだけど、子供に戻ったみたいだ。



「サクタ!やっと起きたな、お前。最後まできちんと約束果たしてもらうぞ」

「あぁ。行こうか、今からでも」

「今から!?サクタくーん!」


第十三話 子供

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