第36話 お届けします

 予定よりも早く起き階段を降りると、最近はもう見慣れた光景が広がっていた。変わった所と言えば、俺の視界が良くなったことだろう。


「あ、二十日はつかおはよ!」

「……おはよ世麗せれい


 同居人として過ごしてもう数週間経つ碧木あおきが、部活のTシャツ姿で朝ごはんを食べている。


「ごめんね!先食べてるよ!」


 おぉ、今日の朝世麗あさせれいはなんか元気だな。声がいつもより出てる気がする。

 朝に弱いはずの彼女の好調ぶりに驚きながら、自分も朝食の席へ着いた。


「昨日送ったさ、花火大会ほんとに行ってくれるの?」


 俺が話そうと思っていた事を、そのまま碧木が言った。俺から切り出さないとなって思ってたから、ちょっと意外だ。


「……うん。俺は大丈夫だけど、世麗も友達と行かなくて大丈夫なの?」

「私は大丈夫!元々予定埋まってるってみんなに言ってたから!」

「……え?あ、そーなんだ。なら行こう花火大会」


 碧木の言葉に引っ掛かったのは俺だけじゃないはずだ。皆さんもそうでしょ?……待て、皆さんって誰だ。

 とにかく、今碧木は「元々予定が埋まってる」って言った。


(……最初から俺を誘うつもりだったのか?)


 もしかして、俺が行く人居ないから私が連れて行くっていう哀れみの優しさか?とも思ったが、どちらにせよ嬉しいから今は黙っておこう。


「ごめん、結構時間ギリギリだから花火大会の事は帰ってから話そ!部活行ってくるね!」

「……分かった。頑張ってね、皿は俺が洗っとくから置いといて」


 感謝の言葉と共に洗面台へ駆け込んだ碧木。今日も朝練ということでドタバタしている。

 部活動生って大変だなと思いつつ、帰宅部のため全く焦りの無い俺は見送った後皿洗いを始めた。


「……あれ?碧木、スマホとシューズ忘れてる」


 碧木を見送ってしばらくして、トイレの後に洗面台に向かった時、その2つの存在に気付いた。多分というか絶対、碧木の忘れ物だ。


「……スマホはまだいいとして、シューズ忘れはやばくねぇか?」


 その考えに至った後、俺は自分でも驚くべき行動を取った。学校のジャージに着替えた後、自転車の鍵を掴んでいたのだ。ここで玄関の扉を開けながらハッとした。


「……そっか、俺は」


 以前までの俺だったら絶対にしない、学校に忘れ物を届けに行くという選択肢を選んだんだ。


 ◇◆


 桜川さくらかわ高校の第2体育館では、女子バスケ部と女子バレー部がコートを分けて部活に励んでいる。


「え!?遂に世麗に男が出来た!?」

「だからそんなんじゃないって!」


 女子バスケ部の方では、碧木がとある同級生と祭りに行くことがバレて、囲まれて事情聴取を受けていた。


「それで、世麗はなんでシューズ履いて無いんだよ」


 1人だけシューズ無しで動いている碧木。それを見た主将を務める3年生が、爆笑しながら理由を聞いた。


「忘れちゃいました。スマホと一緒に!」

「絶対今日寝坊しかけただろ世麗!」


 核心を突かれ恥ずかしがりながら、うぅ……と声を漏らした世麗。彼女の表情は周りの笑いを誘い、どんまい!とにやにやしながら肩に手を置く同級生も居た。



 バァァンッ!



 銃声のような、鈍く重い音が響いた。それも、めちゃくちゃ急に。



「え!?」

「なになに!?」


 女子バスケ部の部員はもちろん、女子バレー部の部員達も驚いた様子で音がした扉の方を注目している。


「……え!?二十日くん!?」

「……へ?」


 開いた扉から現れた人物の正体に気付いたのは、彼の同居人である碧木ともう1人、昔から彼の事を知る白崎しらさき すみれだけだった。


「……世麗……シューズ……と、スマホ……」


 息切れの影響で所々言葉が途切れながら、二十日は碧木の名前を呼んだ。


「誰あのイケメン!?」

「あんな子居たっけ!?」

「でも学校のジャージ着てるよ!?」


 現場が騒然となる中、主将の3年はとあることに気が付いた。


「てか、なんであの子は世麗のシューズを持ってて、しかも届けられるんだ?」


「……たしかに」


 部員全員の声がハモる中、菫は笑いを堪えきれず口元を抑え、碧木と二十日は冷や汗をかいていた。

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