第18話 プライドと懐かしさ

「……よし、上出来」


 礼紋れもん白崎しらさきの帰宅後、俺は来たる「_ZERO」との対戦に向けて、夜も練習に打ち込んでいた。

「_ZERO」が碧木あおきという事はもうご存知だと思うので、これからの説明は省かせて頂こう。待て、今俺、誰に言ったんだ。


「……世麗せれいもめちゃくちゃ練習してるっぽいしな」


 壁の向こう側に居る同居人。さっき飲み物持って行った時、俺が貸してるゲーム用のテレビにヴィクロが映っていた。

 碧木は対戦のことについて何も言ってなかったが、コントローラーも接続してたし、多分練習してんだろう。あの子にしては珍しく部屋に籠ってるから、結構熱中してると思う。


「……配信、めっちゃ盛り上がるだろうな」


 数日後の対戦配信の事を想像し、思わず口角が上がる。お互い様ガチで仕上げてきてるし、相当激闘が繰り広げられるはずだ。


 ――勿論、俺が頑張ることが出来ればの話だ。


「……それが問題なんだよな〜」


 流石に苦笑いを浮かべながら対戦のことを考える。実力的には、あっちの方が圧倒的に上。俺がどれだけ「_ZERO」に善戦して盛り上げるかにかかってるのだ。

 ネットでは五分五分という評価だが、俺はその考えはほぼ否定している。圧倒的1位まで駆け上がった彼女の努力は、簡単には崩れないと知っているからだ。


 ――ただ、それでも。


「……勝ちたいよな。どう考えても」


 そこはゲーマーとしてのプライドが譲らなかった。厳しい状況でも、やっぱり勝ちたいものは勝ちたいのだ。


「……やっば、もうこんな時間か」


 気付けばもう0時を回っていた。新しい戦法にもだいぶ慣れてきたことだし、ちょっと水分補給してから寝るとしよう。


「……ん?」


 部屋を出ると、階段付近から気配を感じ覗いてみる。そこに居たのは、今にも眠りそうな体を起こそうと、目を擦っている碧木だった。

 多分、俺と同じく水飲みに行ったのかな?


「……あ、おやすみ世麗」

「……ふぁ、二十日はつか〜」


 一応挨拶して見る。こっちに近付いてくる碧木は、名前を呼びながら抱きついてきた。


 ……え?抱きついてきた!?


「……ちょ、え、せ、しぇれい!?」


 ミスった。急な展開にびっくりして世麗がしぇれいになってもうた。ちなみに、胸元に柔らかい感触をめちゃくちゃ感じているのは内緒ね。母親風に言うとラッキースケベだ。


「……って、寝ちゃってるじゃん」


 碧木をよく見ると、抱きついたまま俺に体を預け、目を閉じすやすやと眠っている。すんごいタイミングで、睡魔が総攻撃を仕掛けたようだ。

 この子の弱点として「朝に弱い」というものがあるが、訂正して「眠い時全般に弱い」にしておこう。


「……よいしょ」


 乱れた髪を整えるように頭を撫でる。放置していく訳にもいかないので、ベッドまで介抱する事にした。


(……そういや、昔に妹たちをこんな感じで運んだ事あるな)


 ふと思い出したのは、同じような状況で妹や弟を介抱した時の事だった。妹と弟の2人は寮に行って、部活が忙しいらしく、正月以来会っていない。俺は暇だがな。元気にしてるかな。


「んー……」

「……ん?大丈夫か……。……!?」


 ベッドに碧木を寝かせ暫く自分も腰掛けて居ると、彼女の声と共に指先に暖かいなんとも言えない感触を覚えた。


(……は!?)


 叫びそうになったが、全力で声帯を閉じなんとか阻止した。視線を移すと、なんと人差し指が碧木にかぷりと軽く食べられていたのだ。

 碧木よ、いくらなんでも指舐めプレイは早すぎるぞ。恋人とかがやるやつじゃないのこれ。


 まぁどちらにせよ、俺には効果抜群すぎるから勘弁して。ぐはぁ。

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