第35話 景色がいい

 自分の顔面と正面から向き合うのは、顔を洗ったり歯を磨いたりする時だけだったが、今は違う形での対面が実現している。


「こんなもんかな、完成で〜す!」


 鏡の前に座る俺の背後から、某料理愛好家さんのセリフに似た言葉が響いた。今の今まで俺の髪の毛を切ってくれていた光穂みつほの声だ。


「……おぉ」


 気を取り直して、鏡に映っていたのは別人かな?と思うくらいの俺の姿だった。

 陰キャオーラは滲み出てはいるが、少なくとも前よりかはだいぶマシな方。そして何より、俺は今自分の目と目が合うことに感動している。


二十日はつかさ、ほんとになんで前髪切らなかったの?」


 俺と光穂のそのまた後ろでは、ずっと見守っていた碧木あおきが顔を赤く染め、見蕩れるように鏡にうつった俺の顔を見ていた。いや待て、流石に見蕩れてはないか。


 てか、こんなに髪が短いのは中学以来だ。なんならちょっと新鮮さを感じるまである。


「まじでかっこいいよ二十日!……元からかっこいいんだけどさ」

「それはどーも。……ん?」


 俺が聞き返すと、碧木はなんでもないって焦ってごまかすし、光穂はにやにやしてるしなんだこれ。


「お〜!二十日スッキリしたな!」

「まじで耀太ようたそっくり!親子か!?」


 部屋のドアを開け入ってきた両親も、感心したように俺の顔を見つめている。それと母親よ、父親とは正真正銘の親子なんだけども。


 この後は写真撮影会が始まり、4人にスマホを構えられるというなんとも言えない状況になった。

 ちなみに、寮で生活している妹・さきからは「脱オタおめでとう!」というメッセージを頂きました。あはは、苦笑い。


 ◇◆


「……ん?」


 俺の髪の騒ぎから時間が経ち、光穂も帰り夜の配信を終え一息ついた頃。俺にしては珍しくLINEの通知が来たと思ったら、何やら見慣れない招待が届いていた。


「グループライン?礼紋から?」


 招待の主は幼馴染の礼紋だ。俺の他にも、招待中になっているのが2人居る。碧木と彗星すいせいだ。


「4人のグループラインってことね」


 状況を理解した俺は、自分がクラスのグループライン以外のグループに入ることに、驚きと嬉しさを感じながら参加を押した。


「……あれ、世麗せれいまだ起きてたんだ」


 俺が参加した数分後、碧木が参加しスタンプを送ってきたのを見て驚く。もう0時過ぎてるし、寝てるのかと思ってた。


 いつもは寝てるはずの時間に碧木が起きてる事に驚きながら、そんな日もあるかとスマホを置く。


「……ん?」


 しかし、その数秒後に通知音と共にスマホが震えた。直ぐに確認してみると、今度は碧木の個人LINEからメッセージが届いていた。


「世麗?直接言えばいいのに、どうしたんだろ」


 隣の部屋に居る碧木が、わざわざLINEを使ってメッセージを送ってきたことに思わず笑ってしまう。


「……なんかのスクショだ」


 彼女からは実際にはメッセージでは無く、1枚のスクショが送られてきていた。あぁ、ちょっと遠くの河川敷とその近くの広場である花火大会だ。この街の最大の夏イベントと知られてる。まぁもちろん、ここ数年の俺には縁も馴染みも無いものなんだが。


「『今度の花火大会、一緒行こうよ!』か。……え?また俺と行ってくれんの?」


 碧木から写真に続いて送られてきたメッセージに驚いた。今日の祭りに続いて、今度は花火大会にまで誘ってくれたのだ。

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