第8話 その御守り

「黙想っ!」


 とんでもなく威勢のいい声が響き、俺は無言で目をつむった。これでもかってくらい、背筋を伸ばしている。


「チャイムが鳴ったら、戦いは始まります」


 どんな掛け声だよと、心の中でツッコミを入れながら待つ。まじで、合戦でも始まるんか。


「起立!」


 チャイムと同時に響いた声により、俺を含めこのクラスの全員が立ち上がった。今から、数学の授業が始まる。


(……ほんと癖強いんだよな、この先生)


 年中無休で半袖を着用することでお馴染みの、数学担当・武田たけだ先生。最初の挨拶でさえ、笑いを堪えるのに必死な生徒が続出している。


「期末テストを返しま〜す。赤ペン、もしくは青ペンを出してください」


 先生が言うように、勝負の時間だ。


 先日行われた期末テストの結果が帰って来る。数学が1教科目という事で、余裕の表情を浮かべる人や、逆にこの世の終わりみたいな顔してる人も居る。


(……60点取れときゃ上出来)


 心の中でそう呟きながら、名前を呼ばれるのを待つ。ちなみに、苗字が「池添いけぞえ」という俺の出席番号は3。結構早く呼ばれる。


「池添くん!」

「……は、はい」


 遠慮気味に返事をしつつ立ち上がり、先生から答案用紙を貰う。今回はそんなに自信無い。


 ――さて、果たして何点だ。


 ◇◆


「うぇ〜い」

「ふぐぅっ!」


 授業が終わり休み時間。礼紋れもん彗星すいせい、そして碧木あおきが俺の席を囲んでいる。え?取り調べかなんか?

 昨日までは机を囲まれるなんて無縁の事だったから、ちょっとびっくりした。

 どうやら互いの点数を確認しているようで、礼紋に負けたっぽい彗星は、とんでもない表情で悔しがってる。


「で、二十日はつかは何点だったの?」

「……ん?あぁ俺は、はい」


 碧木に聞かれて、机の上に広げるように提示した答案用紙。その右上には、60という数字が赤ペンで書かれている。う〜ん、何とも言えない点数だ。


「お、今回もジンクス破れなかったな。まぁ次の家庭科は100点か」

「ジンクス?」


 礼紋に続き、碧木と彗星が疑問の声を出す。そう、俺のテストの点数には、とんでもないジンクスがあるのだ。


 ――それは、


「二十日はね、テストは60点か100点しか取れねぇのよ。中間100点だったら期末60点とか、その逆もある」

「はぁ!?」

「何その法則!」


 笑いながらそう話す礼紋。説明ありがとう。


 もちろん、彗星は驚愕の表情を浮かべ、碧木は苦笑いだった。なんかすいませんね、俺にもよく分からないのよ。


「……世麗は何点だったの?」

「ん〜?私は100点だよ?」


 おぉう、当たり前みたいな表情でさらっと言うわね。そういやこの子、全国模試上位常連とかだったな、確か。


「お、そろそろ移動しないとな。先行っとくぞ」

「おっけい。帰り自販機で飲み物買い行っていい?」

「おっけ、帰りな!じゃ、彗星〜」


 そろそろ次の授業が始まりそうだ。移動教室だから、礼紋は彗星を連れて先に行くみたい。


「ほーら!二十日も行くよ!」

「……え?一緒行くの?」

「は〜?当然でしょ!同居人の絆を深めなきゃ!」


 不思議がり、次に華やかな笑顔を浮かべた碧木。色々と周りに注目されそうだけど、どうやら教室に残ってるのは俺らが最後の2人っぽいし大丈夫か。あ、鍵閉め担当の学級委員長と副委員長は居るわ。


「……じゃ、行くか」

「うん!」


 家庭科室の近くに自販機があるということで、財布を取り出して立ち上がろうとした。


「……!待って二十日、その財布に付いてるやつ!」


 碧木が何かに気付き、驚いたように俺を制止した。立ち上がる途中で止められたため、俺の膝は現在プルプルしている。出来れば、完全に立ち上がってから声を掛けて欲しい。


「……これが、どうしたの?」


 ◇◆


「ねぇ、あの2人結構雰囲気良さげじゃない?」


 家庭科室に移動中の彗星は、隣を歩く礼紋に声を掛けた。あの2人というのはもちろん、二十日と世麗の事だろう。


「まぁ、同居も意外と上手くいってるみたいだしな」

「お互い名前呼びだったのびっくりした。世麗が男子を名前呼びって、相当珍しいよ?」


 少し考え、礼紋が再び話し始める。


「直ぐに付き合うってのは無いだろうけどな。そもそも恋愛対象としては意識してないと思う」


 彗星も彼の意見に同意だった。


「ただ、何かがあれば、意外と直ぐにくっついたりして?」

「それもそーね」


 2人はにやりと表情を浮かべ、家庭科室へと入っていった。


 ◇◆


「……それ、私も持ってる」

「……え?」


 俺が財布につけている、小さな勾玉まがたまのようなものと御守り。これを指差して、碧木はそう言った。まじで碧木も持ってるんだったら凄いぞ。


 ――だって、これは。


「……小1くらいの時の祭りかなんかで、おまけに貰ったやつだよ?」

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