第7話 初めての朝

 寝ぼけたまま、朝ご飯を食べるのは危険だということを証明した。


「おはよぉ」

「……!?」


 隣の椅子に見知らぬ美少女が座ったと思えば、こっちを見て柔らかい笑顔と共に挨拶までしてくれたのだ。まじでお茶吹き出しそうだった。


「……お、おはよ。起きてる?」


 そういえば、碧木あおきと同居し始めたんだと思い出し、挨拶を返す。まだ半分は夢の中だろうなと思うくらい、彼女はすっごいふにゃふにゃしてた。いや、ふにゃふにゃってなんだ。


「んー、朝に弱いからねぇ私。大丈夫、ご飯食べたらいつも通りになるよ。いただきます」


 なるほど、完璧そう見える碧木でも「朝」という弱点があったか。謎の発見をしつつ食べ進める。

 ちなみに母親はというと、俺らの分の朝ごはんを作り終え颯爽さっそうと2階へ上がって行った。今日は仕事が休みらしく、2度寝頑張るぞというこれまた謎の言葉を残して行った。


「え、何この味噌汁。超おいしいんですけど!?」

「……あ〜、あの人まじで料理に関しては天才だからね」


 1口啜すすり、幸せ溢れる表情で味噌汁に感動している碧木。ああ見えてうちの母親、びっくりするくらい料理が上手なのだ。元々は調理師を目指してたらしい。


 その後、光の速さで完食した碧木は1度部屋に戻り、制服に着替えてまた1階へ降りてきた。

 歯磨きや髪を整えるのを済ませ、いよいよ2人での登校が始まる。なんだろ、妙に緊張するな


「お待たせ!行こっか!」

「……お、おう。それじゃ」


 玄関の扉を開け、1歩を踏み出す。今日は曇り空が広がっている。碧木によると、雨はギリギリ降らないという予報らしい。


「行ってきます!」

「……行ってきます」


 2人の声が重なり、静寂に包まれた家の中に響く。


「……いってらっしゃあい!」


 少し間を置き、微かに母親の送り出す声が響いた。いや起きてたんかい。


 ◇◆


 こうして、陰キャ代表格の俺と陽キャ美少女による、2人きりの登校は開始された。

 幸い、2人同時に俺の家から出てくるという、言い訳が苦しくなりそうな場面を見られた気配は無く、今の所俺の命は狙われずに済んでいる。


 ――まぁ、今日はちょっと早く家を出たし、この辺りは同じ高校の奴らは居ないから大丈夫だろう。


 それよりも、喋れずに気まずくなるんじゃね?という不安は、直ぐに解消された。意外と、会話が弾んでいるのだ。多分、碧木の会話スキルがえぐいからだとは思うが。


 ――さて、問題はこの先の交差点を右に曲がった直後だ。


 普段、幼馴染で同級生の礼紋れもんと合流するのがこの地点なのだ。


 昨日とは違い奴は時間通り来るだろうし、会ったとしても事情を知ってるから大丈夫なんだけどね。


「あ!」

「……え?」


 問題の交差点を迎えた時、やはり礼紋と出会でくわした。そこまでは想定内だったが、彼の隣に居たのは、想定外だ。流石に焦ってしまった。


「あ、世麗せれい。それに、池添いけぞえ……?だっけ?」


 もう1人の正体はというと、碧木の親友?であり礼紋の彼女でもあるあららぎ 彗星すいせいだ。俺的には紺色の髪が腰辺りまで伸びた、結構クールな人っていうイメージ。もちろん、喋ったことは無い。


「嘘かと思ったけど、まじで住んでるんだあんた。まぁいつも通りで安心だよ」

「おはよ彗星〜!今日もいい匂い!」


 最初の会話に出てくる言葉それ?陽キャ達の会話をマスターするにはまだまだだぜ。てか、俺の家に住んでること知ってたんだ。まぁ、流石に連絡はするか。


「よっす二十日。碧木ちゃんとの同居はどーだい?」

「……うい。結構楽しめてるよ、まだ2日目だけど」


 案の定、にやにやと話しかけてきた礼紋。そりゃあ、俺の家に碧木が住むって話を、こいつがのがす訳無いよな。


「……ん?何?」


 もう1度礼紋の方を見ると、なぜか驚いた表情を浮かべている。なんだ?遂に君も俺の事きもいと思ったか?


「いや、二十日がゲーム以外の事楽しいって言うの、珍しいからさ」

「……!たしかに……」


 そういえばそうだ。基本、配信とかゲーム以外の事に興味を示さない俺が、「楽しい」って言ったんだ。


 ――多分、それは……


「……あの人のお陰だよな」


 前を行く碧木を見る。何気ない毎日に、ほんの少し色を足してくれた人だ。

 なぜか、これからの生活が楽しみな自分が居る。それはやはり、碧木の存在があってからこそだと思う。


「なんだなんだ、もう惚気のろけか」

「……ちげぇよ。つか、付き合ってねぇんだよ」


 礼紋がまーたにやにやし始めたから、これくらいにしておこう。

 とりあえず、同居し始めて最初の登校は無事に終えることが出来た。まぁ、俺はほとんど何もしてないけどね。


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