第32話 バッタリ

「……まじで涼しいね、今日」


 祭りに誘われた夕方、俺と碧木あおきは祭り会場に向かって歩いている。今日はさっきまで曇り空だったし、時々雨も降ってたから比較的涼しい。


「あはは、二十日はつかの前髪凄いことになってる!」

「……しゃーない」


 碧木は俺の顔を見て吹き出した。俺の前髪は強い風の影響で暴れてるし、たまにハゲそうなくらいめくれる。まだまだ髪の毛は無事でいたい。


 というか俺、祭りに行くの結構久しぶりだな。あんまり覚えてないけど、少なくとも記憶失くしてからは1回も行ってないはずだ。


「私も部活とかで行けてなかったから、久しぶりだ〜!」


 え、そーなんだ。陽キャ代表格である碧木はてっきり、毎年色んな祭りに行ってるものかと思ってたから意外。


「……結構人居るね」

「この辺りだと1番大きい祭りだからね!」


 会場まではまだ距離があるのに、家族連れやカップルが結構歩いてる。中には浴衣姿のお姉さん達も居た。その姿を見て、俺はチラッと横に視線を移す。


(……碧木の浴衣姿、どんな感じなんだろうな)


 碧木は普通の私服だ。また今度着るから許してって言ってたけど、またどっか俺連れて行く気だよな。


「ん〜?何見てんの?」

「……え、あ、あぁいや、なんでもないよ」


 俺の視線に気付いた碧木が不思議そうにそう言った。危ねぇ、浴衣姿想像してたってバレたら「陰キャキモい」なんてことも言われかねないぞ。待て、碧木はそんな酷いこと言わねぇよ。


「それより、あとちょっとだよ!」

「……おぉ、桜神社公園さくらじんじゃこうえんってこんな近かったっけ」


 碧木のナビによって、目的地が近い事が分かった。いかんせん、普段外に出ないもんで距離感が分からないんですよ。

 ちょっと歩いていると、カップルの姿が増えてきた。やっぱみんな青春してんな、By、彼女いない歴年齢の俺より。


(……そういや、碧木って)


 彼氏いたことあんのかな。碧木とは恋バナなんてしないし、彼氏居たとか聞いた事ないからただ単に気になった。


(それにしても目の前に居るカップル、どっちも身長高ぇな〜……って、ん?)


 今気付いた。あれ、この2人ってまさか。


「……礼紋れもん?それに、彗星すいせいさん?」


「お?びっくりしたけど、なんだ二十日じゃん」

「おっと、同居組じゃん」

「え、彗星!?それに斉藤さいとうくんまで!」


 俺らの目の前に居たのは、甚平じんべい姿の礼紋と浴衣姿の彗星だった。まじでこのカップル、似合いすぎだろ。非リア陰キャの俺が言うのもなんだけどさ。


「いや、まじで二十日珍しいな?祭り来るの」

「……自分でもびっくりです」


 碧木が彗星と喋っている間に、礼紋が声を掛けてきた。幼馴染でさえ驚く俺の夏祭り参戦だ。


「……碧木が誘ってくれたからさ、急だけど行くことになった」

「へぇ、碧木ちゃんがね〜?」


 にやっと笑みを浮かべ、なにやら考えてる礼紋。


「ま、楽しめよ?2人きりのデートなんだから」

「……え?」


 ここでようやく気付いた、そうじゃん。てっきり俺は、礼紋たちと合流してまわるのかと思ってたけど違う。これは、2人きりのデートだ。え、碧木が俺と?


「……いやいやいやいや、ただ祭りに行きたいから誘っただけでしょ!?……1人で行くよりましでしょ」

「そうか?まぁ楽しめよ、今日は助けらんねぇぞ?」


 相変わらずにやにやしながら、礼紋はウインクを飛ばしてきた。まぁたしかに、この人は彼女との大事な時間でもあるもんな、俺も頑張らなきゃ。


「……あれ??」

「……え?」


 突然、真隣で響いた声に俺と礼紋は振り向いた。


「どしたの〜?」


 自然と出た俺の声が聞こえたのか、碧木達も不思議そうに振り返る。


 横を見ると、黒い帽子とマスクを着用し、シンプルながらお洒落な服をまとった女の人が、俺の顔を真っ直ぐ見て驚いていた。感激しているようにも見える。


 ちなみに今の俺の心の声はというと、


 ―――誰だ!?この人誰!?まじで分かんねぇ


 だ。

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