第33話 あの場所へ

「やっぱりはーくんだ〜!池添さんとこの!」


 夏祭り会場へ行く途中の道で、見知らぬお姉さんに声を掛けられた。いや、ほんまに誰?

 エセ関西弁が出てしまうほど、困惑してるのが皆さんに伝わるだろう。ん?皆さんって誰だ。


「……え、えっと、ど、どち、どちら様でしょうか?」


 恐る恐る質問をしてみる。あっちは池添さんとこの俺って分かってるから、知り合いだとは思うんだけどなぁ。まじで分からない。


「あ、やっぱ久しぶりだから分かんないか?なら、これでどう?」

「……ん?……あ、え、え!?……分かったかも」


 マスクを外して見やすくなった顔を見て、俺はようやくこの人の正体に気付いた。てか、ほんとに久しぶりだ。


(……え、てかちょっと待って?この人普通に歩いてるけど……いいの?)


 俺の反応からして、この人の職種が分かった人は天才だ。……犯罪者では無いぞ?


「え、まじ?」


 その様子だと礼紋れもんも気付いたっぽいな。そう、この人はあの有名な……


「え?鬼月きづき 光穂みつほちゃん!?」


 戻ってきた碧木あおきの声が響いた。名前を呼ばれた張本人はというと、周りを気にして超焦ってる。たしかにこの人、この人混みで身バレしたら流石にやばいよな。


「え?本物?」

「顔ちょっとしか見えないけど、確かに似てるかも!?」

「光穂ちゃんじゃない!?」


 やっぱり、周りの女子高生とか気付き始めてる。俺は急いで4人を集め、先導しながら人混みを抜け出した。


 ◇◆


「この状況ちょっと面白いんだけど」


 夏祭りの会場から少し離れた、人気のない小さな広場。俺に声を掛けてきて、碧木から光穂と呼ばれた張本人はそう言った。たしかに、1人の女性が高校生4人に囲まれてる異様な光景だ。


「やっぱり!本物の鬼月 光穂ちゃんだ!」

「あはは、流石にバレちゃったか」


 碧木の言葉にそう答え、帽子とマスクを取り苦笑いを浮かべたのは、人気急上昇中の女優・鬼月 光穂だった。


「本人じゃん、すご!ツーショット撮っていいですか?」

「え!私も良ければ!」

「いいよ〜!」


 碧木や彗星すいせいは目を輝かせて光穂と写真を撮ってる。そうだよな、大活躍してる女優がこんな所に居たらそりゃテンション上がるよな。

 光穂は俺の父親の幼馴染の娘だ。礼紋含めて3人はちっちゃい頃から遊んでるし、身近な存在だからそこまで驚きはない。最近は会えてなかったから、めちゃくちゃ美人になっててびっくりしたけどね。


「てか、輝夜かぐや……じゃなくて光穂がなんでここに居るんだ?」


 礼紋が素朴な疑問を女優に投げた。あ、ちなみに輝夜って名前は光穂の本名だ。碧木達にその説明をしたら、案の定良いリアクションだった。


「あはは、輝夜でいいよ。私も短いけど夏休み貰ったからさ、折角だし里帰りしたんだよ〜!それで、祭りにも来ちゃった!」

「……たく、自分の知名度考えな?」


 てへぺろ☆みたいな表情を浮かべた光穂に対し、苦笑いでそう伝えた。ほんとにさっきは大ピンチだった。


「いいじゃん!久しぶりにはーくん達に会えたし、それから……」


 今度は俺に近付いてきた光穂。


「……はーくんの彼女候補にも会えたし!」

「……は!?」


 耳元でにやにやとそう呟かれ、俺は思わず大声で短く叫んだ。光穂の視線の先は、明らかに碧木だった。撮ってもらった写真を見返していた碧木も、不思議そうにこっち見てきたし。


さきちゃんがLINEで言ってたよ?『二十日に春が来そうです!』って。楽しみにしてたんだ〜!」

「……あの野郎」


 頭上に妹の姿を思い浮かべ、静かに遠くに居る妹へ怨念を飛ばした。てか、俺ですら知らない光穂のLINEを、なんで妹は持ってるてるんだ。


 ◇◆


「ただいま〜!」

「おかえりなさい、お疲れ様!」


 二十日達が不在の池添家に、帰宅した相花あいかの声が響いた。出迎えた耀太ようたも、穏やかな声と笑顔で愛する妻を労う。


「二十日祭り行ったんだね?」

世麗せれいちゃんに誘われてね〜!珍しいよな、あいつが祭り行くなんて」

「ほんとありがとうだよ世麗ちゃん」


 相花も、二十日ざまさか祭りに行くとは思ってなかった様子だ。少し間を置いて、スマホで夏祭りの情報を調べ始めた。


「えっと、今日やってる祭りは、おっ、あれ?ここって……」

「……ん?どうした?」


 スマホ画面に表示された祭りの情報を見て、相花は何やら考えている。それを見た耀太も、スマホの画面を覗き込んだ。


「あれ?桜神社公園さくらじんじゃこうえんってたしか……」

「マイダーリンも気付いた?」

「あぁ。偶然かもしれないけど、凄いな」


 2人は笑い合いながら、二十日と世麗の幼い頃の姿を思い浮かべた。


 ――今日の夏祭りの会場は、二十日と世麗ちゃんが初めて出会った場所だ。

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