第22話 勝負あり

「……ぷは」

「ん……」


 ラッキースケベとは少し違う事故だ。いや、今それはどうでもいい。まじで心臓バックバク。


「……だ、大丈夫?」

「……うん!」


 とりあえず、どこか怪我してないか確認をしてみる。「大丈夫だよ!」と笑みを浮かべる碧木あおきは、耳まで真っ赤に染めながら、恥ずかしさを隠しきれていない。


(……碧木と、キスした……!?)


 もちろん俺の脳内にも、その事実が急速に埋め尽くし羞恥心を倍増させた。

 結婚について語った今は亡きじーちゃんよ、ファーストキスは同居人の美少女とだったぞ。


 俺の家の中だから碧木ファンからの暗殺はないと思うが、事故とは言え陰キャからキスされた碧木の事を思うと涙を禁じ得ない。

 まぁ、どちらかと言うとあっちからのキスなんだけどね。


「……じゃん」

「……?」


 唇を離した後、四つん這いでまた顔を近付けた碧木が、俺の耳元で何かを囁いた。1回目は聞き取れなかったから聞き返す。


「私のファーストキス奪うなんて、二十日はつかやるじゃん」


 顔を赤くし悪戯な笑みを浮かべた同居人の言葉は、俺の脳内を真っ白にさせ、言葉を失わせた。

 理性を保つのがやっと……ってくらい、妖艶さと可愛さが溢れてる。


 まじでずるい。これまた効果抜群、ぐはぁ。


(……元彼とか居ないんかな?)


 こんな状況で、普段は考えすらしない「碧木に元彼居たのか?」という疑問が浮かんだ。俺がファーストキスって事はそうだよな?いや、キスしてないだけで付き合ってた可能性は?ん~……


「てか、配信大丈夫!?」

「……そういえばそうだった」


 慌てて起き上がり、画面を確認する。


「おいおいすげぇ物音したよ!?大丈夫?」

「これで同点だ!フルセット!」

「勢い余って倒れたか?」

「事故ってキスしてたらおもろい」


 どうやら4セット目は俺に軍配が上がり、コメント欄は大いに盛り上がっていた。最後のコメント打った人、勘が鋭すぎて笑えない。その通りでございます。


「あ〜ちょっと椅子から転げ落ちました。どっちも大丈夫です、最終セット頑張るよ~」


 リスナーにそう説明しながら、深呼吸をして心を落ち着かせる。今は切り替えないと、ちょっとした動揺が命取りになるからな。


「……始めるよ?」

「うん!ま、負けないからね!?」


 まだほんのり赤い顔に向けて、パタパタと手で風を送る碧木。珍しく噛んだりしてるし、まだ恥ずかしさと動揺が抜けきってなさそう。


(……勝てるかもしれない)


 その感覚が急激に湧き上がってきたが、油断は禁物。コントローラーを握り、いよいよ第5セットが始まった。


 ◇◆


(あれ?さっきまで照れくってたよな、この子)


 一切隙のない立ち回りに苦笑いしながら、第5セットは中盤から終盤に向かっていた。まじで切り替えが上手い。


「……防御上手すぎ」

「『牡丹ぼたん_』こそ、なんでそこから技出せるの!?」


 少しずつ削り合った後、お互い距離を取った。


(……来た、ここだ)


 直感で勝負の分岐点が来たことを悟った。次の動きで勝負が決まると、本能が感じ取ったのだ。

 ここで碧木の動きを振り返ってみる。隙がほぼ見当たらない彼女から見つけたのは、とある癖だった。


(……距離を取ってる時、世麗れれいは動き出す直前に2回ジャンプする。)


 そん時に、小さい溜めでカウンター攻撃を仕掛けるという攻撃法を思い付いた。チャンスは1度だけ。


「よし、決めちゃうよ?」

「……望むところだ」


 決めちゃうよ?って事は、碧木も俺と同じく勝負所だって分かってるんだ。

 呼吸を整え、脳に酸素をいつもより多く回して集中させる。


(1回目のジャンプの着地が終わった……直後!)


 今まで培ってきた技術を存分に使い、完璧にカウンター攻撃を仕掛けた。


 ギィィィンッ!


 ……届いた!という手応えは、すぐに消え去った。


「……はぁ!?」


 大ダメージを受け転がるツクヨミ。碧木がこの場面で、地面にアリスが着地する前の空中で「ハジキ」を成功させたのだ。


「ここでハジキだぁぁぁ!」

「レベル高すぎるだろ!?」

「凄い勝負だ……」


 コメント欄も騒然としているだろう。ちらっと見てみたが、めちゃくちゃ流れるのが速くてよく読めない。


 すぐに視線を戻し、次の動きの準備をする。


 このまま何事も無く終わるはずが無い。再起に時間が掛かるツクヨミを必死に起こしている時、碧木は初めて溜め技の体勢に入っていた。


「……くっそ」


 たっぷりと溜められた強力な技は、ツクヨミ目掛けて放たれた。


 ほんとなら勝負が付く絶望的な状況だ。


 ――だが、まだ勝負は終わっていない。諦めてたまるか、負けてたまるか。


 ギィィィンッ!


 まさに執念のハジキ。アリスの溜め攻撃は物理技じゃないから、相手に入るダメージは半減だ。だが、少しの時間稼ぎは出来た。


「さてこっから。……とか思った?」

「……!?」


 隣からトーンの低い聞き慣れない声が響く。驚いて横を見た瞬間、俺はなぜか心を奪われた。


【GAMESET!】


 画面に映った勝負終了の文字。HPが0になったツクヨミと、勝者となったアリスが握手を交わしている。


「やった~!」


 碧木は両手を挙げて喜びを爆発させている。


 分かりにくかっただろうし、リスナーに向けて最後の場面の解説をする。

 アリスは溜め技を放った後、エフェクトに隠れてツクヨミの傍に近付きとどめを刺したのだ。俺は弾くことに集中してそれに気付かなかった。簡単に言うとこんな感じかな。


 ――だけどそれよりも、


(……最後の、世麗の声とあの顔)


 ちらっとしか見えなかったが、絶対勝つという執念と気合いに染められたあの表情。


 少なくとも俺には、世界一かっこよく見えた。

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