第11話 2013

 ――2013年 夏祭り


「あぁ!お嬢ちゃん惜しい!」


 射的屋台の店主らしき男の声が響いた。少女が打った弾は小熊のぬいぐるみに当たったものの、倒れる事は無かった。


「……まだやる!」

「全く、この子の負けず嫌いは誰に似たのよ」


 少女の母親は苦笑いしながら困り果てている。唇をかみ、悔しそうにぬいぐるみを見つめる娘の姿を見て、店主にもう1回と声を掛けた。


「……」


 その後方では、1人の少年がじっくりとその様子を見つめている。何も喋らず、ただひたすら見ているだけだ。その姿はまるで、球の軌道や勢いなどを分析しているかのようだった。


「……あぁ!」


 力んだ少女が弾を外した瞬間、その少年は歩きだし店主にお金を渡した。


「おぉ君もやるかい!ん、2回やるの?」


 少年が店主に渡したお金は射的2回分だ。聞き返された少年は静かに頷き、横を見て呟いた。


「この子に1発分あげて。……ください」

「いいのよ〜?この子は気にしなくて〜!」


 すかさず少女の母親が少年に声を掛ける。それでも少年は首を振り、少女に弾を渡した。


「2人じゃないと取れないし。……です」


 不自然に付け加えられた少年の敬語に周囲で見守る人々は笑みを零し、少女は何が起こっているのか分からず、もう1発撃てる事に対して素直に満面の笑みを浮かべていた。


「あのさ、君はあのぬいぐるみの真ん中を狙って?」


 撃つ体勢が整う前に、少年は少女に対してそう伝えた。少女は無言で何度も頷き、いよいよ射撃に入る。


「……」


 銃を構えながら、ちらりと少女の方を見た少年。


 パァンッ!


 乾いた音と共に、2つの弾は同時にぬいぐるみに的中した。少年は、少女が撃つタイミングを見計らって同時に引き金を引いたのだ。


「……や、やった?」

「……くそ」


 頭と胸に弾が直撃したぬいぐるみはぐらぐらと揺れている。少女はもう既に喜びの表情で溢れているが、少年は悔しそうに目を逸らしていた。


「……あ!」

「……」


 そのぬいぐるみは揺れが落ち着き、後方に落ちることは無かったのだ。


「……あ、あの!ありがと」


 少女は恐る恐る無言でぬいぐるみを見つめる少年へ感謝の気持ちを伝えた。


「うん!こっちこそごめん。取れなかった」

「……全然!楽しかったよ!」


 初めて少年が微笑んだのを見て少女は嬉しくなり、こちらこそと返事をする。


 だが、彼女は見逃さなかった。少年は悔しさを滲ませ、握っていた拳を震わせていたのだ。


「きっと次、いや!そのまた次の年には取れる!」

「いや来れるかどうか分かんないし、そこは来年じゃないんだ」


 なぜか力強く宣言し少年の手を握った少女に、彼は冷静につっこみを入れつつ笑みが零れる。


「じゃあおじさんはずっと射的屋開かないとだなぁ!」


 店主の男も豪快に笑いながら、なにやら紙袋から取り出した。


「ほら、これやるよ!御守りにしとき!」


 店主から2人が渡されたのは、緑が輝く小さな勾玉と紫色の御守りだ。


「わぁ、おじさんありがと!」

「ありがと……ございます」


 2人同時に頭を下げお礼を言ったため、またしても周囲の笑みを誘う形になった。


「……いつかまた、この祭りでリベンジしよ。会った時は、この御守りが合言葉だ」


 少年は気恥ずかしそうに、目を逸らしながらそう言った。


「うん!また、絶対会える!また一緒に射的しよ!」


 満面の笑みで返事をした少女に、少年は見とれているようだ。我に返った少年も微笑み返し、その年の夏祭りでの2人の時間は終わった。


 ――4年後、この2人は同じ時期・会場で、今度はまた違った形で再開することとなる。

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