第20話 試合開始

「……よし、始めよう」


 俺はゲーミングチェアに座り、いつも通り配信の準備を進めている。

 少しだけ違うのは、隣に満面の笑みを浮かべる碧木あおきがいる事だ。ほんとに、すっごい楽しそう。


「え、待って!めっちゃ楽しみ!やばいやばい!」


 何その五七五のリズム、落ち着いて。


 気を取り直して、今日は約束してたオフコラボ配信当日だ。そして、配信者として活動してきて初めてのオフコラボでもある。


(それが全国1位の……しかも同居人て)


 偶然が重なりまくっての出来事に、苦笑いを浮かべるしかない。

 コメント欄では、既にリスナー達が待機しているようだ。「まじで楽しみ!」「まだかな?」など、この配信に期待するコメントが飛び交っている。


「……それじゃ、スタートします」

「はーい!」


 流石に緊張するから息を整え、碧木に確認を取ってからミュート解除ボタンを押した。


「どーもこんにちわ!『_ZERO』で〜す!」


 ちょいちょいちょいちょい、君が先に喋るんかい。突然の自己紹介に、「……あはは」と苦笑いしか出来ない。

 コメント欄も騒然としている。そりゃそうだ、開始早々女の子の声が聞こえるんだから。


「はーいということで、オフコラボです。『_ZERO』さんです」


 ようやく俺が喋り出すと、またコメント欄がどっと盛り上がった。どうやら、全国1位のプレイヤー「_ZERO」が、女の子だった事に驚きを隠せない様子だ。

 中には、俺のコミュ力不足を不安視するコメントもちらほら。おいお前ら、配信だから大丈夫だぞ。


(それにしても、配信でもこのコミュ力出せるのかよ世麗せれいは……)


 すぐ横でリスナー達のコメントを拾い読み上げる碧木。緊張とかしないのか?この子は。配信慣れしすぎじゃね?


 ◇◆


 その後数十分のトークを済ませ、ようやく本題であるヴィクロでの対戦が始まろうとしていた。「_ZEROちゃんへ!」というスパチャが多数送られている。おかしい、一応配信主俺なんだけどな。


「とりあえず1試合やります。公式大会ルールだから、5セットマッチで1セットずつHP全回復、途中キャラ変不可ですね」


 視聴者に向けて簡単にルールを説明する。びっくりするくらい多くの人達に見られており、同接は過去最多を更新していた。

 もう1回詳しく説明しておこう。5セットマッチで行われるこの試合は先に3セット先取、つまり相手を先に3回倒した方が勝ちというルールだ。

 使うキャラによって技や防御力、俊敏性がまったく異なる為、上手くコントロールし立ち回る必要がある。


「それじゃ、1試合始めます」

「望むところ!」


 少し間を置いて、2人ともコントローラーを持つ。全国のヴィクロプレイヤーが、……いや、ゲーム界隈全体が注目する、全国リーディング1位と2位の公開試合が始まった。


 ――もちろん、真剣勝負だ。


【1SET.START!】


 開始早々、碧木が操作するキャラ・アリスがこちらに向かって駆け出した。対して、俺が操作するキャラ・ツクヨミは、動かずじっと待つだけだ。

 アリスがツクヨミの間合いに入り、攻撃態勢を取る。そんな中、コントローラーを握る俺は。


 ――何もしなかった。


「……うっそ、なるほど、ね!」


 何もせずに技を受けHPを減らしたツクヨミ。それに驚き一瞬動きが鈍ったアリスの隙を、俺は見逃さなかった。


 碧木も直ぐに修正してきたがもう遅い。


 直ぐに技を出しコンボ技に繋げ、着実にHPを削り始める。正直、こんな大胆な手を打たなくてもいいのだが、相手が相手だ。

 予想を超える上手さで立ち回ってくるから、これくらい奇襲を仕掛けないと勝てない。


「でも正直、今のはキャラの差だね」

「そうだけど、すぐにそれやれる二十日が凄いよ!」


 視線は画面のまま、お互いに今の局面の感想を言い合う。今の俺の動きは、碧木が使うキャラが攻撃力の低いアリスだったから出来た芸当だ。

 コンボ技で与えるダメージより、こっちが最初に受けるダメージが大きければ意味無いからね。


(……てか今の、思ったより手応え無かったよな?割と直ぐにコンボ抜けられたし)


 心の中の違和感を拭う暇も無く、次のプレイへと移る。コメント欄もめちゃくちゃ盛り上がってるな、流れるのが速すぎる。


「相変わらず、すごい立ち回りするよな」

「はつ……君こそ!」


 今碧木、俺の本名言いそうになって慌てて訂正したよな?普通に笑いそうになった。


 戦況としては、最初のコンボが綺麗に決まって僅かな差が付いただけで、拮抗していた。

 互いに少しずつ削り合う消耗戦だが、一瞬でも気を抜いたらがつんとHPを減らしそうで怖い。


「何今の動き!?」

「普段やってない動きしてる、本気なんだ」

「やべぇ動き連発してて恐怖超えて笑うしかない」


 コメント欄でも、この戦いのレベルの高さに気付き更に盛り上がっているようだ。ごめんなリスナー達よ、コメントとかスパチャ読む暇が無い。


 ツクヨミ特有の柔軟性と素早さを武器にして戦う俺。そして、能力が低く扱い方と立ち回りが全キャラの中で1番難しいアリスを、いとも簡単に操作する碧木。


「あ〜惜しい!」

「……あっぶねぇ」


 互いに主導権を譲らないこの戦いの1セット目は、最初のコンボ技が効き僅差で俺が勝ち取った。


【第1セット終了】

「牡丹_(俺)」1ー0「_ZERO(碧木)」

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