第36話 救世主

 千体を優に超えるカラクリ兵に囲まれた俺とプラムジャム将軍。


 ポシェットの強制交友フレンドに支配された兵たちはカタカタと奇怪な機械音を鳴らしながらこちらの様子を伺っている。


(くそっ! 完全にミスった! メカチックシティ周辺にプラムジャム将軍の兵がほとんどいなかった時点で予想はしていたのに……)


 ぐるりと一周見渡したがカラクリ兵が所狭しとひしめき合っており突破口は全く見つからない。

 だがまだ俺たちが町の外から連れて来た強制交友フレンドにかかっていない兵も百体近く残っているはず、なんとかその兵たちを使って……


「あ……」


 俺たちを包囲するカラクリ兵の群れ、その至る所で青い光が迸りしばらくすると湯気のようなものが立ち昇る。これは確か強制交友フレンドに堕ちた時の……


(馬鹿か俺は! ポシェットの能力を考えたら当然だ、何をテンパってるんだ!)


 現在進行形で自軍の手駒は相手の戦力へと変わって行く。後数分もしない内に手駒は0になるだろう。

 ちくしょう! 絶対絶命じゃねーか!



 ……何分……経っただろうか。

 緊張で噴き出た汗がポトリと落ちる。

 敵となったカラクリ兵達は俺たちを囲ったまま一向に動く気配はない。お蔭で少し頭を冷やす時間ができた。


(落ちつけ……考えてみればこいつ等がポシェットの為に動くなら攻撃してくるはずはない)


 こんなリスクを背負って確かめる事になるとは想定外だったが、ここまでのやり取りからもやはりポシェットがプラムジャム将軍に対して攻撃意思がないのは明らかだ。

 ……いや、もっと言えばプラムジャム将軍もポシェットたちに対して敵対意思を感じなかったな。


 チラリと傍らで気絶するポンコツブリキ将軍をに目をやる。


(……もし、このポンコツがポシェットたちを倒す気がないのであれば俺に何を期待してこのアトランティス大陸まで同行する事を許したんだ?)


 考えろ。こいつの使い方を間違えなければ状況は打破できる……


 ザザッ……


「!?」


 俺が脳みそフル回転して考えている最中カラクリ兵の群れが通り道を作る様にスパッと割れる。そして奥から少女が三人歩いてこちらへ向かってくる。


 両わきには先ほど圧倒的な力を見せつけた帽子女と巫女装束女。そして真ん中を歩くのは幼い顔立ちをした金髪の小柄な少女。


「っ……勇者ポシェット……」

「あれ~ネズミさん、なんで私の名前知ってるのかな~?」


 ポシェットは俺たちから二十メートル程離れた位置で立ち止まると、ひと際目立つ青色の瞳をクリクリッと丸くさせながら話かけて来た。


「……有名だからな」

「えへへ~そうなんだ~。なんか照れるな~」


 髪をいじりながらクネクネと恥ずかしそうに動くポシェット。


「……ポシェット凄いの、有名人なの……」

「なわけないって、先生から聞いてるだけに決まってんじゃん」


 帽子女と巫女装束女、こいつ等がここにいるという事は赤獅子は殺られたか……


「……チューチューのネズミさんに巫女姫みこひめのお友達を紹介するの……」

「お友達って、あんたねー」

「……お友達のポチ子なの……」


 カラクリ兵の群れをかき分けて四足歩行で駆けてくる赤獅子のポチ子。彼女の目もまた清々しい程の青色であった。


……ただ殺られてくれた方がなんぼかマシだったな……


 悠長に考えている暇はない、か。

 意を決してポンコツ将軍の首根っこを摑まえてスリーパーホールドの体制を取る。


「動くな! 動けばプラムジャム将軍の首をへし折るぞ!」


 突然の俺の行動にあからさまに動揺する帽子女と巫女装束女。


「な!? てめー! 先生の部下じゃないのかよ!?」

「……先生の首が取れちゃうの……おろおろなの……」


 お? 予想以上に効果ありか?


「私としてもこの様な事はしたくない。これは交渉だ、道を開けてはくれないか? 君たちもプラムジャム将軍を失う事は本意ではないだろう?」


 不敵な笑みを浮かべて精一杯のハッタリをかます。

 そんな必死の俺にポシェットが一歩前に出て話しかける。


「ショーグンをいじめたら駄目だよ~ネズミさん」


 にこにこと笑みを浮かべながら間延びした口調で続ける。


「えへへ~早くその手を放してね~。でないと八つ裂きにしちゃうよ~?」


 ゾクッ……!!


 金髪が逆立ち強烈な殺気が俺に対して向けられる。どうやらポシェットの逆鱗に触れたようだ。

 今、この手をプラムジャム将軍の首から放した瞬間に俺の首が飛ばされる……そう確信できる程の怒気……。

 これで最悪強制交友フレンドに堕ちてポシェットの仲間として余生を過ごすという選択肢も消えたわけだ。


(もう後には引けねぇ!)


「勇者ポシェットよ。そもそも我々は君たちと争う気はない。しかし今は自分の身を守るためにこういう手段を取るしかないという事を理解してもらいたいものだ」


 唇が震える。心臓をバクバクさせながら慎重に言葉を選び相手の出方を伺う。


「私はこう見えても少しは名の知れた軍師でね。君たちの恩師であるプラムジャム将軍の頼みでこうして行動を共にしている、知恵を貸して欲しいと……ね」


 尊敬する先生に頼りにされる軍師……そう、この立ち位置だ。

 俺は会話をしながらベストなポジションを探る。


「そう言えば捕えろとは命令してたけど殺せとは言ってなかったかなー?」

「……ネズミさんは可愛いだけじゃなくて本当は優しいの? ……だったら嬉しいの……」


(おっ? よしよし風向きが変わったか?)


「……じゃあショーグンから手を放してよ、ネズミさん」


 先ほどまでの怒気は消えたがまだムスッとした表情でこちらを見ているポシェット。

 どうする? ……いや駄目だ。ここでポンコツ将軍を解放して状況が好転するわけじゃない。俺の身の安全が保障されるまでこの手は外せない。


「……話が先だ」

「話って何かな~? ショーグンに頼まれて私たちを説得にでも来たの?」


(説得?)


「……だとしたら無駄なの……」

「そっ、私たちはもう隠れるのはやめるって決めちゃったからねー」


(隠れる? メカチックシティにか?)


 まずいな、話が見えない。これは迂闊に喋れないぞ。


「……」

「ネズミさん。なんで黙ってるの?」

「……いや」

「説得でもないならそろそろショーグンを放してもらえるかな?」

「いや、まだ話は……」


 煮え切らない返事に、キッとこちらを睨みつけてポシェットが声を荒げる。


「私たちが話したいのはショーグンとだよっ! このままじゃショーグンが死んじゃう!」


 死んじゃう? スリーパーホールドで? 

 いや、違うか。四大将軍会議で言ってた反転重力場アンチグラビディを維持する為のプラムジャム将軍の核部分を燃料にって奴か……


「ったく、先生は過保護すぎるんだよ。いつまでも私たちを子供扱いして」

「……巫女姫みこひめたちはもう魔王にも負けないと思うの……」


 な、なんだなんだ?

 もしかして反転重力場アンチグラビディって……


「……今度は私たちがショーグンを守る番だよ」


 思いつめた表情でこちらに真っ直ぐ前進してくるポシェット。


「ま、待て! まだ近づいていいとは……!」


(ヤバイ……目が据わってる)


 完全にスイッチが入ってしまっている。

 こちらの声はまるで聞こえないといった風に距離を縮めてくるポシェット。

 くそっ! マズイ!


 ドォーン!!


 ポシェットとの距離が十メートル程になったその時、近くで聞こえる爆発音。


 そしてその爆発音の後、今度はドドドド……と地面を揺らして何かがこちらへ向かってくる。


「えっ!? なに?」

「……なんか凄い音がしてるの……」


 その不気味な音の正体はすぐに分かった。

 メカチックシティに並ぶ高層の建物の隙間から大量の水が物凄い勢いで迫ってきていた。


(な、なんじゃこりゃあ!?)


 明らかに人為的な洪水だ。一体誰が……


「はははー! 久しぶりだな強敵ともよ!」


 耳触りな声が高層の建物の屋上から聞こえる。俺を強敵ともと呼ぶ馬鹿は一人しかいない。そう……奴だ!


「見たかピクルス! これぞオペレーション『水雷の道』!」


 手で顔を覆って満足そうにポーズを決めるキュービック。


「こらぁーキツネ! その案は却下したでしょうが! なんで貯水場ダム壊してんの!」

「ほほ、甘いのぉクレスタよ。この策はただの『水雷の道』ではないぞ。わしとキュービックの合策、『水雷の道大作戦』じゃ」

「何が違うってのよ!」


 よくぞ聞いてくれました、とばかりに迫りくる大量の水を指差す。


「なんと」

「温水」


 キュービックとスクエアが誇らしそうに交互に声を出す。


「あ、あんた達ぃ! なに勝手に私らの生活用水加熱してんだ!」

「……何故その考えに至ったか教えてほしいの……」


 ふっ、考えるだけ無駄だ。そいつらの思考回路は誰にも読めない。


「ちっ! ポシェット、巫女姫みこひめ加速乃窓ペールギュントで上に飛ぶよ!」

「え……でもショーグンが……」

「あんなので壊れちゃうようなヤワな先生じゃないって!」


 強引にポシェットの手を引くと上空へ退避する少女三人。


(馬鹿二軍師が救世主メシアだったかどうかは俺が無事だったらの話だな……)

 

 水雷の道大作戦と名付けられた迫りくる大量の水を前に覚悟を決める俺。


 ドドドド……


 程なくして勢いを増した洪水がカラクリ兵の軍勢と俺たちを飲み込む。

 ハンマーで殴られたような水圧の衝撃が俺たちを襲う。


(うぉ……水あったけぇ……)


 こんな大量の水どうやって加熱したんだろう? という疑問の中、俺は意識を失うのだった。

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