第6話 全滅
『海猫の火』を魔物たちの手から取り返した僕たちはメモカ地区の灯台がある港町ポートタウニーへ向かった。町に到着すると情報を聞きつけた人々から今回の旅一番の喝采を浴びる。何十年も自分たちの手元に戻ってくることを待ち望んでいたのだ、中には泣き崩れる老人もいた。町長からは感謝状を贈られ、是非僕たちの像を作って町の広場に置かせて欲しいとまで言われた。
「自分たちが海を渡る為に『海猫の火』を取ってきたのに……なんだかお礼を言われるのが悪い気がしますね」
「勇者アルティは潔癖症ですね。我々が大陸を移動する目的は人々の為なんですから間違ってはいませんよ」
「ははっ! そうだな! 今度はそんな事を気にしなくてもいいように魔王を倒してこの港町に凱旋して来ようぜ!」
町の皆が待ち望んでいた事もあり、塔から帰ったその足でそのまま町の南にある灯台へ向かう。海猫の塔は元々この港町ポートタウニーが管理していた『海猫の火』を祀る祭壇であった為、今この港町に『海猫の火』を置いておける場所は奇しくも灯台しかないという状況であった。しかし最近の濃霧で船が出せなくなっていた事もあり『海猫の火』は崇める対象であった火の神から海を照らす火の神へと分かりやすく人々に根付いて行くようになるだろう。
――――「さぁ、これでいいだろう」
ハードロックさんが灯台の最上階から海を照らすように『海猫の火』を置く。
「上手い具合に台座がピタッと嵌りましたね」
「あぁ、そういえばそうだな。もしかしたらここの地区の職人さんたちは台座の作りに一定の基準があるのかもな」
灯台から海を眺める。まだ視界に捕える事はできないがこの先に僕達が次目指すミルウォーキー大陸があるのだ。
「さぁ、そろそろ戻ろう。明日も早い」
「そうだな! しかし上手い飯にありつけるチャンスだったのに惜しいのぉ……」
「仕方がないでしょう。ミルウォーキー大陸でも魔物が猛威を振るっているという噂も耳にしていますし急がないと」
町長から今夜は『海猫の火』を取り戻した祝福祭をやるので是非参加して欲しいと話を頂いていたのだが、僕たちは明日の明朝出港する事を理由に断っていた。理由は二つ。この辺りの海は荒れる事が多いが明日は比較的波が穏やかだという事とミルウォーキー大陸を拠点とする四大将軍ミックスベリーと呼ばれる魔物が町々への侵略を本格的に開始しているとの噂を耳にしたからだ。
「そうですね。でも当分このブラッドレスリー大陸には戻って来れないでしょうから宿を取ったら夜は少し贅沢をして大陸名物、鱧の野菜あんかけを頼むことにしましょう!」
「おっ! いいな! 賛成だ。あとは飯に合う酒だな!」
「それならメモカ地区の原水を使った果実酒が美味らしいぞ」
「私と勇者アルティは未成年なので水でお願いします」
「お前は本当に詰まらん奴だな! ベルナオラシオン!」
「貴方の顔ほど面白い人は中々いませんよエーデルハイトさん」
「なにぃ!」
いつものようにワイワイガヤガヤと過ぎる心地良い時間。
…………そしてそれが僕たちの最後の晩餐となった…………
――――メモカ地区南東の沖合
天気は快晴、波も穏やか。絶好の船出日和に恵まれ僕たちは予定通り船を出した。辺りは霧が立ち込めているが遠くに見える灯台の火を目印に岩礁の位置を把握し航海は順調そのものだった。
「しかし妙だったな」
「なにがだ? ハードロック」
「いや、海猫の塔の帰り道の事だ。結局塔を下る時は一匹として魔物に遭遇しなかったなと思ってな」
「ああ。そう言えばそうだったな。まあ単純にわし等に怖気づいたんだろ」
「そうだといいんだがな……」
確かに妙だった。思えば塔を登る時に襲ってきた魔物も時間稼ぎというか、時間調整といったような戦い方を、いや配置を……誰かにされていた?
そんな事を思った矢先急に霧が濃くなる。
ドォォォン!!
「うわっ!?」
船が大きく傾き甲板にいた僕たちも船の端まで転がる。
「どうしたぁ!!」
「せ、船長駄目です! 岩礁に衝突して船底に穴が!」
「な、何をしとるかぁ!!」
「す、すいません!! しかし急に灯台の火が見えなくなり今いる方向が分からなくなりまして……」
「言い訳はいい! とにかく小舟を出せまだ陸からそこまで離れてはいない! 勇者様たちを先導してポートタウニーに戻……ぐ、ぐわぁぁぁぁぁぁ!!!!」
「せんちょ……う、うわぁぁぁぁぁぁ!!!!」
船内に叫び声がこだまする。霧に覆われ何も見えない。
「だ、大丈夫ですか!? 船長さん達!」
大声をあげて呼びかけるが返事はない。代わりに聞こえて来た声は大量の魔物と思われる雄叫びの数々だった。
「な、何が起こっているんだ!?」
「アルティ逃げろ!! 魔物だ! 魔物の群れが襲ってきてるぞ! 畜生! こんな時に!!」
「勇者! これは罠だ! 信じられんが魔物が知略を使ってきている! ここは逃げるしかない! こう視界と足場が悪くては……ぐはっ!」
「ハードロックさん!? 大丈夫ですか!?」
「おのれぇ! 魔物め!!」
ザシュッ!!
右斜め前方でハードロックさんの物と思われる斬撃の光がキラリと光る。
ボトッ……
「ぬわぁぁぁぁぁぁ!!!! ハードロックそれはわしの右腕じゃあぁぁぁぁ!!」
「な、なんと!? すまんエーデルハイト」
「勇者アルティ! 我々に構わず早く小舟で逃げろ! 見えないが恐らく魔物の数は十や二十ではない! 完全にタイミングを見て襲い掛かってきている! 私は出港からずっと位置確認の為に見ていたのだが間違いない、『海猫の火』は確かに消えた。消える事がない火のはずなのに、だ! この状況で勝ち目は……ぐっ!」
「ベルナオラシオンさん!?」
「王宮第四騎士団長を舐めるなぁ!! 喰らえ王宮の舞アプサラダンス!!」
ボトッ……
「ぬわぁぁぁぁぁぁ!!!! ベルナオラシオンそれはわしの左脚じゃあぁぁぁぁ!!」
「……申し訳ない」
「むぐぉぉぉぉ!! いいから逃げろアルティ!! お前だけでも生き残れぇ!!」
「そ、そんな! 嫌ですエーデルハイトさん!!」
「頼む……アルティ。ここはわし等が命に代えても食い止める、だからいつか仇を取ってくれぇ!」
「そうだ、勇者よ。俺の教えた剣術、お前まで死んでしまっては誰が後世に伝えるというのだ」
「ハードロックさん……」
「私は死ぬ気はありませんけどね。ただ王宮剣術大会での借りはここで返しておくことにしますよ。さぁ! 早く行きなさい!」
「ベルナオラシオンさん……」
「くそぉぉぉぉ!! 皆死なないで下さい!!」
皆を尻目に微かに視界に映る小舟に飛び込もうとしたその時……
『駄目駄目。行かせないよ。勇者さん』
どこからともなく冷たい声が聞こえる。
そして次の瞬間光が差し込み辺りの視界がパッと開ける。その光景は目を覆いたくなるような物であった。
船上には百体をゆうに超える海の魔物の数々。
血だらけのエーデルハイトさん。
這いつくばるハードロックさん。
傷だらけで剣を舞うベルナオラシオンさん。
そして光の正体は……すぐ近くに寄ってきた巨大な船の船首から煌々と燃える火を携えてこちらを見下すネズミ……男?
「これ、元々君たちの物らしいから返すよ。でもやはり凄いな本物の『海猫の火』は。船内に隠して部屋を黒い布で覆ってようやく光が遮断できるくらいだから大した火だよ」
「ほん……もの?」
ニヤリと不気味に笑うネズミ男。
「そんな怖い顔するなよ。こっちも船の錨を打って霧の中待っていたんだから大変だったんだぞ? ほら返すからさ」
ネズミ男がパチンと指を鳴らすと。ゴリラの魔物が三匹掛かりでこちらの船に『火』を放り投げて来た。一瞬にして船が炎に包まれる。
「う、うわぁぁぁぁ!!!!」
「ま、まずいこのままでは船の沈没を待つまでもなく焼死してしまうぞ!」
ネズミ男はこちらを見ながら不敵に笑う。
「ま、頑張って消してくれ。消えないと思うけど」
「ぬわぁぁぁぁぁぁ!!!!」
火元の一番近くにいたエーデルハイトさんが炎に包まれ丸焼けになる。心配する間もなく火は船上全体を駆け巡る。ハードロックさんもベルナオラシオンさんも次々と炎に焼かれていく。
そしてそれを見届けるとネズミ男を乗せた船は向きを変え炎に包まれる僕達からどんどん遠ざかって行った。
「くそ! くそ!! くそぉぉぉぉぉぉ!!!!」
業火に焼かれ薄れ行く意識の中、昨日食べた鱧の味が鮮明に思い出される。
(畜生……もっと……鱧……食べとけば良かったな……)
「『海猫の火』が無くなってしまったらこちらの船も濃霧で危険になりますがよろしいので?」
「ああ。いいんだよサイ君。海の上でも火が消えないのは実験済みだからね。炎上する船を目印に堂々と凱旋しようじゃないか」
そして勇者を乗せた希望の船は、消えない炎に焼かれながら海の藻屑と消えるのだった。
――――その日の夕方。港町ポートタウニーでは悲報の号外が流れる。
勇者アルティ一行全滅……と。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます