第7話 新たな脅威

「ピクルスよ。本当に良くやってくれた。礼を言うぞ」


 ミックスベリー将軍が深々と頭を下げる。


「いえ……頭を上げてくださいミックスベリー将軍。私は軍師として当然の事をしたまでです」

「そ、そうですぞミックスベリー将軍! このような若造に頭を下げるなどあってはなりませぬ!」

「ほほ、キュービックよ。そう目くじらを立てるな。ミックスベリー将軍がこういう御方なのはお前も良く知っているじゃろう」


 勇者を仕留めた俺達はミックスベリー将軍の城に帰って来ていた。

そして自分の部屋で一息つく間もなく勇者抹殺の報告を行うために会議室へ呼ばれたのだった。報告会には出発前と同じくミックスベリー将軍と俺を含む三軍師、そして進行役のサイ君の五名で行われていた。


「いえ、キュービック殿の言う通りですミックスベリー将軍。私は将軍に仕える身、軍師として当然の働きをしたまでの事。この度の勇者討伐の成功も私を信頼し指揮の全権を委ねてくださったが故でございます」

「そうか……余の知恵が足りぬばかりに迷惑を掛けるな」

「いえ、全ては将軍の仁徳あってこそ皆思い切り働けるのです」


 そのやり取りを見ていたキュービックが顔を真っ赤にして話に割って入って来る。


「し、しかし随分ずさんな策だったなピクルス。『海猫の火』を偽物とすり替えるという策は大した考えだったが勇者が航行中に偽物の火が消えるかどうかは完全に運任せではないか!」

「そうですね。しかし勇者が海猫の塔に来る日取りと天候を知っていれば大体の出港予測を立てる事はできます」

「なんだと!?」

「塔の中でも何体か魔物を送り込んで勇者が丁度夕方頃に塔を攻略できるように時間調節をしましたからね。町に噂を流して出発を早めるように促しましたし、ここ数日の天候を考えれば『海猫の火』を奪取した翌日の朝に出港する可能性は高かったですよ。後は台座に航行中に切れてしまうくらいに調節した炭と蝋燭を仕込むだけです」

「ひゃ100%ではないであろうがぁ!! も、もし出港が予想より遅かったり塔からの帰り途中で火が消えて偽物だとばれた場合はどう責任を取るつもりだったんだぁ!?」


 フッ……と嘲笑うかのようにキュービックの方を見て答える。


「……もし出港が遅れたり、途中で消えて偽物だとばれたとしたらそのまま私たちだけ帰って来ていただけの話ですよ? 今回の一番の目的は勇者達に本土の土を踏ませない事。火が消えても偽物だとばれても航行自体は阻止できるのですから目的は達成しています。だから勇者の航行日程を『最短』に誘導したんです。それくらいお分かりになりませんか? 軍師キュービック」

「ぐ、ぐぐぐ愚弄するかぁ!!」

「いえいえ、滅相もない。塔での戦いを見て勇者たちは近接戦闘しかないと分かっていましたから足場と視界さえ封じれば後は数で押せると思ってはいました。それでもついでに勇者の命まで取れたのは運も良かったと言えますからね」

「ついで? ついでだと!? 貴様ぁ!! 勇者たちの命を何だと思っているんだぁぁぁぁ!!」


 ギャアギャアと騒ぐキュービック。しかし本当に運は良かったのだ。勇者一行に魔法使いがいなかった為余計な事に気を回さずに済んだ。流石に魔法の使い手がいたらここまで容易く事は運ばなかっただろうからな。そういう意味でではこの馬鹿キツネ自慢のオペレーション『毒沼』でももしかしたら成功していたかもしれない。頭だけではなく運も悪かったなキュービック軍師。


「しかし意外ですじゃ」

「なにがですか? スクエア殿」


 ヤギ爺が長く伸びた髭を触りながら話しかけてくる。


「いや、ピクルスの今回の知略には恐れ入った。正直わしでは考えつかなかったからのぉ。しかし今回の作戦の冴えもさることながら自ら船上で勇者と対峙したというのも驚いておってな。わしもそうじゃがお主もあまり戦場に出て行くタイプではなかったので少し意外でな」

「……えぇ。自分自身の目で勇者の最後を確認しないと気が済まなくて、ね」


 確かにこのヤギ爺の言う事は的を射ていた。自分でも意外だったのだ。作戦に自信はあったが身の安全を考えるなら配下の魔物に任すべきところだ。それを勇者の目の前に姿を現すという危険を冒してまで戦場に出た理由は…………駄目だ。よく分からん。

 ただ一つ言える事は眼下で勇者一行が絶望し息絶えて行く姿を見るのは最高に快感だった。こんな風に思う俺はもう身も心も魔物なのかもしれないな、まあどうでもいいが。


「……それではサイ君。後の報告を頼む」

「かしこまりました。では、まず今回の作戦においての我が軍の被害状況と出費額の報告ですが……」



 この報告会の後は勇者抹殺祝賀パーティーが予定されている。城の人員総出で凱歌をあげながら祝うとの事だ。本当に勇者を殺ってくるとは思っていなかったらしく準備ができていなかった為、現在大急ぎで準備を進めているとの事だった。面倒だが主賓なので参加は仕方がない、大人しく称賛の嵐を受ける事としよう。俺の戦果は文句のつけようもないだろうからな。

 さて脅威も去った事だしパーティーも終われば本来の目的であるストレスない平穏な日々の始まりだ。後はゴロゴロとこの城で寝ながら過ごさせてもらうさ。


「……以上で報告終了となります」

「うむ、ご苦労だったサイード」


 報告会も恙無く終了したようだ。さあ! ソファーにダイブするぞぉ!!


「では、引き続き本土の北から進攻して来ている勇者たちをいかにして阻止するか、について議論したいと思う」


 ……は?


「勇者進攻に備えて北部の関所に支援部隊を出す予定ですじゃ。しかし現在は祝賀パーティーに人員を割いております故、増援までにはもうしばらく時間が掛かりますな」

「うむ。もう勇者は我が城目前に迫っておる。関所が防衛ラインになるだろうな」


 ……何を言っているんだこいつ等は。


「ミックスベリー将軍! 次こそオペレーション『毒沼』の許可を!」

「ふむ。『毒沼』か……悪くない案だとは思うが」


「(な、なあサイ君……俺達勇者一行殲滅の報告を今したばかりだよな? 将軍たちは何を言っているんだ)」


 ヒソヒソとサイ君に疑問をぶつける。


「(何言っているんですかピクルス様。すでに本土に上陸している危険度Bの勇者ファーウェルたちの件ですよ。この前の戦闘で兵力の四分の一を削られた)」

「(えっ? あれって勇者アルティたちじゃなかったの? っていうか勇者って何人もいるの?)」

「(勇者アルティたちは危険度Dですよ。目下の脅威は随分前から勇者ファーウェルじゃないですか! 勇者アルティたちとは10はレベルが違う強敵ですよ? 早ければあと一週間もしない内にこの城に攻め込んでくる勢いなんですよ!? しっかりしてください!)」

「(えっ? そんなに早く!? だっ、だってこの前の会議ではそんな事一言も話題に出なかったんだけど?)」

「(? そりゃあ先々週の会議は勇者アルティたちの会議をする順番でしたから)」


「……優先順位が違うだろうがぁぁぁぁ!!!!」


 俺は手で机を思いっきり叩きつける。


「ど、どうしたのだ? ピクルス」


 急に大声をあげた俺に将軍も驚いている。


「無礼だぞピクルス! 祝賀パーティーの準備はしているのだからもう少し待たんか!」


 祝賀パーティーなんてやってる場合か! というかそこに人員を割いてる場合か!! 


「ミックスベリー将軍! 私に勇者ファーウェル討伐指示を! あとサイ君、分かり得る範囲での戦力図を用意してくれ!」


 いきりたって将軍に進言する。

 駄目だこいつ等、やはり馬鹿だ。俺が何とかしないと……この世界で安穏な日々を必ず手に入れる。誰にも邪魔はさせん!

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