第8話 戦力差

 自室に戻った俺は勇者ファーウェル討伐の為にサイ君に集めて貰った資料にじっくりと目を通す。ミルウォーキー大陸の地形図、ビースト軍団所属である魔物の地域ごとの配置図。そして全軍団にひと月ごとに更新配布されるという勇者観測記と書かれたファイルを読むと「勇者」と定義付けられた人物のデータが故人も含めて詳細に記録されていた。

 馬鹿の集まりであるここの連中がこれだけのデータを集められるわけがない。やはり魔王軍の中にもそれなりの切れ者がいるということか……そんな事を考えながらファイルを読み進める。「勇者」と定義付けされた人物で現在も生存しているのは四十二人。正確には一人減って四十一人か、思ったより多いな。勇者は危険度によりランクが分かれていた。


Aランク:三人

Bランク:五人

Cランク:八人

Dランク:七人

Eランク:一九人


 つまり今度の相手はこの世界で上位八人に入る勇者ってわけか。

 ファイルには各勇者の仲間の情報や戦闘記録も載っていた。勇者ファーウェルはオーソドックなタイプと言える勇者・戦士・魔法使い・僧侶の四人パーティーのようだな、ふむふむ……



――――半日程かけて現状のビースト軍団の戦力と勇者ファーウェルの戦力を俺なりに冷静に分析し結論を出す。


「これは普通に負けるな」


 勝てる見込みは極端に低かった。関所で防衛とか見当違いも甚だしい、何の解決にもなっていないじゃないか。


 まず今回の勇者ファーウェルとの戦闘に投入できる魔物の数はミルウォーキー大陸全土から急いでかき集めて二千といったところだろう。魔物の質も将軍の城付近という事もありビースト軍団屈指の強力布陣だ。数も質も全く問題はない。少なく見積もっても勇者を十回は殺せるだろう。

 地の利もある。ミックスベリー将軍の城の周りは庭園のような美しい大地が一キロ程続いているがそこから先は城全体を円形上に囲うようにして高い岩山で覆われており侵入するにはカナン山と呼ばれる比較的緩やかな山岳ルートしかない。その山岳ルート頂上付近には関所が設けられており通行証のない魔物以外は通れない仕組みになっている。これは今回のブラッドレスリー大陸遠征の際に自分の目でも確認をしたので問題はない。


 しかし、それでもまず間違いなく負けるだろう。原因は二つある。実はそのどちらも先の遠征の際にも危惧していた事だった。勇者アルティとの戦闘では事前に戦闘記録を取った結果杞憂に終わっていたが今回の戦いは違う。勇者観測記にはしっかりとその脅威が記されていた。


 勇者ファーウェル。危険度B。攻撃力、防御力、移動速度共に高い水準を保っており電撃による攻撃魔法も有するオールマイティーな勇者。剣による攻撃を得意とし現在のレベルは30を超えると推定される。


 これはファイルに記してある勇者ファーウェルの一言メモだ。その後詳細な戦闘履歴が記載されており、まさに武神のごとき強さを見せつけているようだ。確かに強敵なのだろう。しかし問題はこの勇者ファーウェルではない。一番の難敵はこいつのパーティーである魔法使いと僧侶だ。


 今回の戦闘で勝ち目がない原因は二つ。

 「回復」と「撤退」にある。

 

 まず僧侶スフィア。こいつが使う回復魔法はいわゆる全回復系の魔法だ。多少回復までに時間は掛かるようだがどんな致命傷を負わせても絶命しない限り仲間を不死鳥のごとく蘇らせる回復魔法の使い手だ。

 そして魔法使いルナホープ。こいつは炎熱系の魔法を得意とする魔法使いらしいが脅威なのはそこではない、恐らく低コストで利用可能な瞬間移動能力を有している。まあルー○みたいなものだろう。

 この世界は魔物がいたり勇者がいたり毒沼を破る浮遊魔法があったりとどこかRPG風味であった為、気にはしていたのだが悪い予感は的中してしまった。


 相手の勇者は超戦術。『戦うだけ戦って怪我したら回復魔法で全快して疲れたら魔法で町に帰る』を地で体現できるチートパーティなのだ。

 つまりこちらの戦力が二千いようが一万いようが物の数ではない。戦力を削られては逃げられ戦力を削られては逃げられ、再び戻ってきた勇者は戦闘によりレベルアップしているという悪夢のような負のスパイラル。どう考えても勝ち目がねぇ…………


 パタンッと音を立ててファイルを閉じる。


「ま、普通にやればな。」


 俺はスクッと立ち上がり資料を片づけると廊下に向かって声をあげる。


「サイ君。出発するぞ準備はできているか!?」


ドスドスと大きな音を立てて大急ぎで部屋の前までやってくるサイ君。


「はい。ピクルス様。作戦はもう立てられたのですか?」

「ああ。万事抜かりはなしだ。さっさと片付けて戻ってこよう、おちおち寝てもいられない」

「かしこまりました。ではすぐ出立の準備を致します」


 チュンチュンと小鳥の囀りが聞こえる。なんだ、もう夜明けだったのか。夢中になってデータに目を通していたから気づかなかったな。徹夜で仕事なんて少し前じゃあ考えられなかったが……まあ仕方がない頼りは自分だけだからな。

 肩をグルグルと回して思いっきり背伸びをして眠気を飛ばす。


 さてと、勇者一行に思い知らせてやるか。お前らが無双できるのはゲームの中だけって事をな。

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