第9話 関所の攻防

 カナン山の山頂に設けられた関所は侵入者を阻むための強固な門で閉ざされておりミックスベリー城最後の防衛ラインとして長い間機能してきた。過去に突破された事は三度しかないらしくその何倍もの勇者達を足止めしてきた由緒ある関所だ。関所のすぐ傍に設けられた高台からは地形上山の中腹あたりまで見渡す事ができるようになっており俺はサイ君とその高台で勇者ファーウェル達の到着を待つ。


「索敵部隊からの連絡によるともうすぐ勇者ファーウェル達がカナン山の麓に到着するそうです」

「あ、そう」

「あ、そうって。ピクルス様、本当に大丈夫なんですか?」

「何が?」

「カナン山に集めた我が軍の兵力は約五百。十分な数だとは思いますがもう少し集められたのでは……」

「ああ、いいのいいの。それよりサイ君はさっきも話したけど今回は重要な役目があるんだから今日はしっかり勇者の戦術を見ておくよーに」

「はい……分かりました」


 サイ君は珍しく不安そうだ。当たり前か。この関所を突破されたらミックスベリー城はもう目の前、本当の最終防衛ラインなのだから。

 集めた兵力は約五百、山の中腹から山頂の関所まで均等に戦力を割り振って配置している。相手の現戦力を測る為にはこのくらいの間隔で丁度いい。


「しかし遅いな~……」

「そうですね。でももうすぐ来るはずですよ」

「そっか……」

「……」


 あまりに暇過ぎて高台でゴロンと仰向けに寝転がる。昼時の空は清々しい青色をしていた。


「ねぇねぇ。サイ君って彼女いるの?」

「な、なんですか突然!?」


 サイの恋愛事情に全く興味はないがあまりに暇だった為、恋バナで時間を潰すことにした。


「ねーねー。いいじゃんよぉ~答えろよぉ~」

「い、いませんよ彼女なんて」


 寝不足でテンションがおかしい俺。思いの他サイ君の反応が良い為もう少しからかってみる事にする。


「あ、そうなんだ。じゃあ好きな人は? 好きな人はいるんでしょ?」

「ピクルス様! 不謹慎ですよ。今はそんな状況じゃ……」

「答えよサイード! 上官命令であるぞ!」

「し、仕方ありませんね……最近気になっているのはタイトウ地区の戦女カバーニですかね」


 頬を赤らめながら話すサイ君。


「ほうほう。それはどんな子だ?」

「カバ科の筆頭戦士ですよ。大斧が得意武器で戦場ではいつも凛としているんです。でも髪にはいつも花柄の髪飾りなんかをつけていて……それで……尊敬できるというかなんというか……」


 角までまっ赤に染めながら頬に手をやるサイ君。

(気持ち悪っ!)


「そういえば今回の招集兵の中にも入っていましたよ。たしか先陣を務めているはずですよ」


 ん? そうなのか。どれどれ。

 高台に設置された望遠鏡を覗き込み山の中腹あたりを見渡すと数名固まった魔物の一団の中に大きな斧と髪にお洒落な花飾りをつけた大カバの魔物がいた。

(あ……あれか……趣味悪いなサイ君)


 顔をもう少しよく見ようと望遠レンズを重ねる、その時……


 ポト……


 カバ女の首が飛ぶ。


「!?」


 周りにいた魔物もあっという間にまっ黒焦げになり倒れて行った。

 ここからじゃあ音も聞こえないが……どうやら来たようだな。


「どうでした? 美人でしょ。あ、でもピクルス様にはもっといいご婦人がいるはずですから変な気起こさないで下さいよ?」


(またいい子が見つかるさ……)

 憐みに満ちた表情でポンッとサイ君の肩を叩く。そして


「いつまで浮かれているつもりだサイード! 勇者ファーウェルたちが来たぞ!!」

「な!? は、はい! 申し訳ございません」


 サイ君は手に持っていた角笛を吹く。


 ファーゥオォーー!


 山全体に角笛の音が鳴り響く、開戦の合図だ。カナン山に配置された魔物たちが一斉に戦闘態勢に入る。


「ご苦労。で、サイ君は今まで何人くらいと付き合ってきたのかね?」

「ええぇぇ!?」



 勇者ファーウェルたち目がけて次々と襲い掛かるビースト軍団の魔物たち。カナン山では今までにないほどの魔物の雄叫びがこだまする。しかしその雄叫びは程なくうめき声へと変わり地に伏すのだった。


 勇者ファーウェル。勇者観測記で読んだ通り噂に違わぬ強さのようだ。素人目にも剣の腕は先日の勇者アルティ一行の物とは比較にならない程の腕前。そして遠距離は雷属性と思われる手から放出される魔法でこちらの魔物達を黒焦げにしている。武器は両手剣か。盾は持っていないな、盾の代わりは……あいつか。


 戦士ジャックス。片手斧を武器とする戦士。しかしこいつの主な役目は装備した大盾で勇者の背中を守る事らしい。どちらかというと守備重視の戦士のようだな。そして……後は問題の二人、か。


 僧侶スフィア。まず第一印象が可愛い、だな。うん可愛い。長く伸びた青い髪に少し幼い顔つき、それでいて戦っている姿は真剣そのものだ。なんとか捕虜にしたい。おっ? ……また回復してるよマメだなぁ~。結構安全マージン取って回復しているんだな、それにしても可愛いな胸もでかいし。あぁ捕虜にしたいなぁ……でもそれだと作戦の難易度上がるなぁ。うぉ!? 今戦士の腕の切断面くっつけなかったか!? やっぱり凄ぇな。あぁ可愛い捕虜にしたい……で、最後にあいつか。


 魔法使いルナホープ。さっきから炎熱系の魔法でドッカンドッカンやってくれちゃってまあ。大人数相手に強そうだな。しかしあいつ……さっきから僧侶の方をチラチラ見てないか? ぐむむ。もしかしてあいつ等できてるんじゃ……今すぐ殺したい、けど我慢、我慢だ。


 それにしてもやはりというべきか勇者達の戦型は僧侶と魔法使いが矢面には立たないような配置になっているな。先に僧侶と魔法使いを倒すっていうのはどうやら無理そうだ。



「ピクルス様!」

「ん? どうしたサイ君?」

「どうしたじゃないですよ。先ほどからずっと望遠鏡で戦況を眺めているばかりで、何か戦闘指示はないのですか? このままでは本当に関所まで到達されてしまいますよ?」

「だから、サイ君には話しただろ。今回は関所攻略されなければOKだって。それに多分そろそろ……おっ!?」


 勇者ファーウェル一行は手を繋ぎ合って丸い円のような形になっていた。そして魔法使いルナホープが何かを唱えると一行は光に包まれて彼方へ飛んで行った。


「成程、やっぱりここら辺が限界か。サイ君こちらの被害状況は?」

「確認できる限りでも二百以上の兵力を失っています……戦女カバーニも……」

「そうか……やはり憎むべきは勇者だな」


 サイ君は無念そうな表情を浮かべている。まあ戦女カバーニは最初に殺られたんだけどな。


「後は先遣隊からの電報結果を待つ。手の空いている者で負傷者の治療を!」

「かしこまりました」


 念の為の確認とはいえ、兵力二百以上はやりすぎたか? しかし自分で確認しておかないとな。俺は高台から降りて多数の魔物の亡骸が転がる山中を歩く。

しかし勇者たちも自分の目的の為とはいえ惨い事をするものだ。そりゃあ基本襲っているのは魔物の方とはいえ、あいつ等からすれば俺達魔物の方が弱者なのにな。勇者たちの目的は魔王を倒す事、その魔王を倒すために四大将軍を倒す事……か。繋がっているようで繋がっていない事に気づいていないのかねぇ。勇者たちもお利口とは言い難いな。


 一通り山中を見回った後、関所に戻ると先遣隊からの電報結果が返って来ていた。電報にはカタカナで「マル」と書いてあった。

 よし。確認は取れた、ここからが本番だな。


「サイ君!」


 負傷者の手当てで大忙しのサイ君を呼びつける。


「私はこれより下山する。後は手筈通りに指揮を頼むぞ」

「はい……かしこまりました」

「不安そうな声を出すな。勇者ファーウェルたちも次で最後さ」


 早々に準備を整えると数名の魔物を引き連れてカナン山を下るのであった。

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