第10話 ルナホープ

 魔物たちとの戦闘を終えた俺達はカナン山から一番近い町、グリエルタウンに戻って来ていた。近いと言ってもここから歩いて一時間以上掛かる、カナン山周辺は魔物も強力な為このくらい離れていないと町として機能しないのだ。


「お疲れ様ルナちゃん。今日もありがとう」

「いや……スフィアこそ回復しっぱなしで疲れただろう? 早く休みなよ。ただでさえ山道での戦闘は体力を使うんだから」

「ふふ。大丈夫よ。山道には慣れているんだから、それに体力はルナちゃんよりあるつもりだよ」

「いいから早く休めって。明日もう一度カナン山の関所攻略に挑戦するんだから。いざってときに魔力が尽きました、じゃあ話にならないぞ」

「はーい。分かりましたよ。じゃあオヤスミ。ルナちゃん」


 ルナちゃん……か。いつまで経っても俺は弟扱いなんだな。 

 ブラッドレスリー大陸出身の俺とスフィアは王宮直営のウィズ王都魔道指南学校の同級生だ。といっても希望して入学したわけではなく元々魔法を扱える人材はあまりいない為、魔力が備わった人間は半強制的に入学させられる学校だ。そんな一クラス十名に満たない学校の中で明るく可愛く聡明なスフィアに俺が惹かれたのは必然だった。魔道指南学校では八年間のカリキュラムで座学、実地研修、魔力測定テスト、たまにリクリエーション等もありその成績に応じて卒業生は勇者一行への帯同を許可される。元々世界を救う等と大仰な目標があって入学した訳ではないが、そこは教育というか洗脳の賜物だろう。俺のようによほど捻くれていない限り卒業する頃には世界平和の為に正義を燃やす魔道士の出来上がりだ。

 回復魔法ともなると通常魔法より希少で早くよりその才覚を現したスフィアは卒業と同時に上位勇者の一行に合流する事が決まっていた。俺はどうしてもスフィアと離れたく無かった為必死に己を研磨して上位の成績で卒業する事ができた。その甲斐あってかめでたく僧侶と魔法使いを欲していた若手のホープである勇者ファーウェル一行に三年前から帯同している。


 この三年間は戦いっぱなしの毎日だったがファーウェルさんは優しく強く勇敢な勇者で幾度のピンチも救ってくれた。俺も最近では魔法の腕により磨きがかかり遅れを取る事はもうない。

 ブラッドレスリー大陸から始まった旅は山脈を越えてミルウォーキー大陸を中心に三つの大陸を支配するミックスベリー将軍の居城まで後少しという所まで迫っていた。

 魔王を倒すという大目標があるにしてもミックスベリー将軍を倒しミルウォーキー大陸を魔物の支配下から救えば、少しの間は休みを貰えるだろう。そしてその時には胸にしまっていたこの想いをスフィアに伝えるんだ。



「起きてルナちゃん! もうファーウェルさんたち下で待ってるわよ」

「ん……もう朝?」

「もう! いつまで寝ぼけてるの! 本当に昔っから朝に弱いんだから」


 プンスカと怒りながらスフィアが俺のベッドのシーツを剥ぎ取る。しまった、寝過ごしたか。


「ごめん。すぐ準備する」

「も~。ファーウェルさんたちにはもう少し待ってもらうから早くしなさいよ!」


 トントンと階段を下りるスフィア。子供の頃から同じ魔道指南学校の寮で過ごし寝食を共にする事が多かった為、俺達の関係は兄妹のようなものだ。スフィアも俺を男としては見ていないのだろう。


「……でも、もう俺も子供じゃないんだ。負けないさ、勇者にだって」



 宿の階段を下りるとファーウェルさんとジャックスさんが声を掛けてくる。


「よう、こんな日に朝寝坊とは大物だなルナホープ」


 ジャックスさんがいつものように笑いながらポンッと肩を叩く。


「よく眠れたかいルナホープ。昨日は大量の魔物が相手だったからね。疲れただろう、もし魔力が回復していないようならもう一日空けようか?」

「駄目ですよファーウェルさん。ルナちゃ……ルナホープを甘やかしたら」

「いえ、すいません。大丈夫ですファーウェルさん。この通り魔力もバッチリ回復しています」


 腕を捲って力こぶを見せる。


「おぉ!? ちょっと筋肉ついたんじゃないかルナホープ。俺との筋トレの成果だな!」

「……魔法使いに毎日筋トレを強いるのもどうかと思っていますけどねジャックスさん」

「ははは。どうやら元気そうだね。じゃあ出発しようか」


 カナン山関所再攻略に向けてグリエルタウンを出発する。まだお昼前で日も高い、地理は大体把握したしこの分であれば昨日より早くカナン山に到着できそうだ。



「でも、昨日の魔物の数にはビックリしましたね」


 昨日の戦闘を思い返して率直な意見をファーウェルさんにぶつける。


「ああ、そうだね。魔物の居城の近くだから相手も必死なんだろう」

「五百体近くいたからな。俺の盾も悲鳴を上げていたぜ。まあ今回か悪くても次には攻略できるんじゃないか?」

「そうですね。でもジャックスさん、昨日みたいに攻めすぎて足切り落とされるとかやめて下さいね」

「う……すまん」

「ははは。ジャックスがいるから僕たちは安心して攻撃に専念できるんだ。肝心要の守備の方は宜しく頼んだよ」

「う……分かってるってファーウェル」

「ふふ、こまめに回復しますから安全第一ですよ」


 将軍の城を前にした前哨戦。しかし昨日の戦闘で手ごたえは掴んだ。ジャックスさんの言う通り悪くても二、三日中にはケリがつくだろう。

 


……楽観視していたわけはないがそう思っていた。きっと俺以外も……



 この数時間後、俺は絶望という言葉を初めて知る事になる。

 戻れるならばこの時に戻りたい。そして今の俺に教えてやりたい。魔王軍には、いやミックスベリー将軍の元には悪魔がいる……と。

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