第5話 海猫の塔攻略

「ここが海猫の塔か」


 故郷の村コモンヘリーを出発して1年。未熟だった僕も長い旅路を経て少しは成長できたのだろうか。旅どころか村からもろくに出たことがなかった僕がもうすぐ生まれ育った大陸を離れて魔王を倒すために海を渡ろうというのだ。仲間との出会い。幾多の魔物との戦闘。辛い事もあったが名残惜しくも感じる。


「ついにブラッドレスリー大陸ともお別れなんですね……」

「おいおい気が早いなアルティ。まだ『海猫の火』を手に入れたわけでもないんだぞ?」

「そうでしたね、エーデルハイトさん」


 戦士のエーデルハイトさん。同じコモンヘリーの村出身で僕に剣術を教えてくれた兄貴分だ。思えば勇者として村を出る事が決まった時真っ先に手を挙げてくれたのもエーデルハイトさんだった。豪快な性格だが優しい人だ。


「今までありがとうございます。エーデルハイトさん」

「はっ! 何を言っているんだ。お礼を言われるのはまだまだ先の話だ。そうだな、魔王を倒した後にお礼としてたっぷりと酒を奢ってもらおうかの!」

「ふふ。照れるなよエーデルハイト。勇者がそういう意味で感謝の言葉を口にしたわけではないことくらい分かっているだろう」

「うるせぃ! 茶々を入れるなよハードロック!」


 戦士のハードロックさん。隣村で子供たちに剣の指南を行っていたが魔王討伐の意志に共感してもらい途中から一緒に旅をしている僕の剣術の師匠だ。エーデルハイトさんとは旧知の仲らしく些細な事でよく言い争うがどこか楽しそうな二人を見ているのがとても好きだ。


「勇者アルティ。それに二人も、緊張感に欠けていますよ。故郷の人たちの為にも、王の為にも我々は早く海を渡らなければならないのです。喋っている暇はありませんよ」

「ちっ! 若造のくせに相変わらず愛想のない奴だな」

「まあ、ベルナオラシオンの言うとおりだな。早速海猫の塔の攻略と行こうか」


 戦士のベルナオラシオンさん。若くして王宮の第四騎士団長を務める凄腕の剣士だ。南へ下る為の通行証を手に入れる為出場した王宮剣術大会決勝の相手でもある。結局闘技場に乱入して来たミノタウロスのせいで決着は有耶無耶になったが、その時共闘した縁あって旅に同行してくれている僕の剣の良きライバルだ。


 大陸南東に位置するメモカ地区。そしてこの大陸最後の冒険となるであろう海猫の塔。様々な旅の思い出が頭をよぎる、それはきっと皆も一緒だろう。だがハードロックさんが塔の扉に手を掛けた瞬間僕たちの表情から笑顔は消える。そう、勇者として成すべきことを成す。その思いも皆同じだからだ。


ギィィ…………


 鈍い音を立てながら扉が開く。

 目的は海を渡る為に必要な灯台の火、消えない炎『海猫の火』だ。


 塔の中は薄暗く、少し寒い。そして時折花の香りがした。

魔物の住家らしく通常よりもかなり高い頻度で魔物が襲い掛かって来るがしっかりと塔攻略に向けてレベルを上げていたお蔭もあり大きな障害とはならなかった。


二階……三階と複雑な塔の作りに迷いながらも着実に歩を進める。しかし先は長そうだ、攻略は一日仕事だな。


「なあ。さっきから気になっていたんだが……」

「? どうしましたエーデルハイトさん」

「いや、所々に花びらが落ちているだろう? この花びらが落ちている方向に向かって行くと階段に辿り着いているようなんだが気のせいか?」

「……確かにそうだな。エーデルハイトがそんな事に気が付くなんて熱でもあるのか?」

「うるせぃ! ハードロック!」

「でも何かおかしくないですか? 何故そんな足跡をつけるような真似を……それに魔物も襲っては来ますがいつもより消極的なような……」

「ベルナオラシオンは神経質すぎるんだよ! 取りあえずヒントがあるなら進んでみようぜ! このままじゃあ日が暮れちまう。なあアルティ?」


 確かに少し変だ。だが今までの冒険の中で相手の魔物が何か罠と呼べる策を弄して来たことがあっただろうか……いや、ない。全くない。どちらかと言えば塔の最上階までの道のりを忘れない為に魔物達が目印を付けているという可能性の方が高確率で有り得る。


「……そうですね。この花びらがある方向へ進んでいきましょう」


 少し迷ったが道標として進むことを決断する。



――――最上階


「ここが最上階か」

「おお! あっという間に着いたぞ!」

「……魔物もほとんど襲ってきませんでしたね」


 花びらを道標に進むとあっという間に最上階まで辿り着いた。魔物との遭遇もほとんどない事がかえって不気味だったが目的の『海猫の火』は目の前にある祭壇の囲いの中で煌々と燃えている。 


「これが『海猫の火』……」


 火が祀ってある台座は取り外しができるようになっており少し重いがそのまま持ち帰れそうであった。


「この大きさなら灯台の火にピッタリだな! わはは簡単だったな! っと、わ熱ちち!」


 『海猫の火』を取り外しながらエーデルハイトさんが豪快に笑う。


「油断は禁物ですよ。船を出す港町の灯台に火を灯すまでは慎重に行きましょう」

「あぁ。ベルナオラシオンの言う通りだ。我々は魔法を使えないからな、一足飛びで塔を脱出する事も街に戻る事もできない」

「そうですね……僕たちのパーティー唯一の魔法使いだったグッドバイさんはつい先日老衰でお亡くなりになってしまいましたし」

「大陸を渡ったら魔法使いの募集を掛けないとな」

「おお! それなら根性のある女戦士も欲しいな! ビシビシ鍛えてやるわ!」

「不埒な……」

「何か言ったか? ベルナオラシオン」

「助平と言われているのだよエーデルハイト」

「は、ハードロックゥ――!!」


 最上階で四人の笑い声がこだまする。


「……さぁ。そろそろ行きましょう。そして灯台に火を!」


 そして僕たちは慎重に『海猫の火』を抱えながら元来た道を戻る。新たな大陸を目指すために。

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