第4話 初任務

 海岸線に船を停泊させブラッドレスリー大陸に上陸した俺はまず海猫の塔の視察を行う事にした。


 古びた縦長の塔は海から見ると天に向かってどこまでも続いているように見えたが近くでみると思ったほど高くなくせいぜい十階程度だった。レンガ造りの塔は海の岸壁に位置し、たまに海風の強風が内部を吹き抜けてゴォーゴォーと凄い音を発していた。


 サイ君は現在の勇者の進行状況を調査すると言い一人忙しなく内陸に向かっていった。塔の内部の案内は現地に住んでいる魔物が行ってくれる事になっており三十分程塔の入り口で待っているとペタペタと足音を立ててペンギンの魔物が小走りで駆け寄って来た。


「初めましてピクルス様。僕はペン太と申します。軍師様にお会いできて光栄です!」


 ペン太と名乗る礼儀正しい魔物がキラキラと目を輝かせながらペコリと頭を下げる。支社長の相談役といった地位にいる俺はそれなりに有名らしい。


「それでは早速一階からご案内致しますね」

「いや、ペン太。一階はいいので『海猫の火』の場所まで案内してくれないか?」

「え? いきなり最上階ですか? 一階ではすでに宴の準備ができているのですが……」


 勇者がいつ来るか分からないのに呑気なものだ。俺は無言で最上階を見据える。ペン太は「はい……」と残念そうな声をあげて塔の扉を両手で押し開けた。


 薄暗い通路、肌寒い気温、そして幾多にも選択を迫られる分かれ道の数々。案内がなければ一つ上に登る階段を見つけるのも一苦労と言える程、塔の中は侵入者を阻むような作りになっていた。加えて本来であれば魔物が襲ってくるわけだ、確かに一般人では『海猫の火』の奪還は不可能に近いだろう。しかし……一つ気になる事がある。


「ペン太よ。一つ質問をよいか?」


 七階まで登ったところで我慢できずに口を開く。


「はい。なんでしょうかピクルス様」

「この塔の構造には感服した。まさに迷宮だ」

「ありがとうございます! 僕が作った訳ではないですけど地元の塔を褒めてもらえるなんて嬉しいです!」

「いや、本当に素晴らしい造りだ。だがな……これはなんだ?」


 俺は一階から七階まで進む先々に延々と並べられた結婚式で使われるような花束の数々を指さす。花束には

『ピクルス様 ブラッドレスリー大陸上陸祝い メモカ地区担当○○』

『ピクルス様 ブラッドレスリー大陸上陸祝い メモカ地区担当△△』

『ピクルス様 ブラッドレスリー大陸上陸祝い メモカ地区担当□□』……


 と、俺の上陸祝いの花束が魔物の署名入りで並べられていた。


「あ、これはメモカ地区にいるビースト軍団全員分のピクルス様上陸祝いの花束です」

「いや、私が言っているのは何故塔の入り口からこの七階まで行き先の道標のように花束が並べられているのだ? という事だ」

「必ずピクルス様の通る道に花を添えたい……という僕たちの気持ちの表れでございます!」


 だ、駄目だ……こいつ等に好き勝手させると迷宮が迷宮で無くなってしまう。仕方がないか、こいつ等の脳みそは所詮獣だ。フゥ……と溜息をついてペン太に指示する。


「もうよい、とにかく早くこの花束を……」


 ……いや待てよ。考えてみれば今回の策は勇者達が最上階まで簡単に辿り着いて貰う方が都合がいいな。


「ピクルス様?」

「いや、なんでもない。花束の数々嬉しく思うぞ……」


 ペン太は嬉しそうに頬を赤らめテヘヘと笑う。馬鹿でも役に立つことはあるものだ。



 ――――最上階


「ピクルス様お疲れ様でした。ここが最上階、そしてあれが『海猫の火』です」


 最短ルートで登ってきたが時間にすると一時間は掛かっただろうか。ようやく『海猫の火』が祀られた最上階に到着した。他の階とは違いどこか神聖な空気が漂っている。中央には大きな祭壇があり上部にある四角く囲いの中で『海猫の火』と呼ばれる炎が煌々と燃えていた。


(あれが『海猫の火』か。思っていたよりもデカいな)


 注意深く『海猫の火』の色、炎の形、匂いなどをチェックする。パッと見は何の変哲もないただの炎だ。


(さてと……)


 パチンと指を鳴らすと本土から連れてきたゴリラの魔物数名がバケツをもって階段を登って来る。バケツの中には海で汲んできた海水が満ちている。

 余談だが今の行動は船の上でバッチリ練習した。指を鳴らしたらバケツを持って来るという動作を何度も何度も繰り返し行った。ゴリラ達は物覚えが悪く最初の内は指を鳴らしてもバケツを頭に被ったりバケツを叩き割ったりバケツを持って俺に襲い掛かってきたりした。そんな出来の悪い教え子たちが今この本番の檜舞台で一糸乱れぬ統制を取り指示に従ってくれている。感極まって泣きそうになったが涙をこらえゴリラに次の指示を出す。


「やれ」


 俺の号令の元ゴリラ達は一斉に『海猫の火』に海水を掛ける。

 大量の海水を浴びた炎は一瞬消えたかに見えたが、どこからともなく火種を作り数秒の内にはまた煌々と元の勢いを持って燃え始めた。


(成程な……消える事のない火というのは本当らしい。当然勇者たちもその事は知っているだろう)


 後は然るべき下準備をした上で勇者たちを待つ事にしよう。そして『海猫の火』を手にした時が勇者たちの終焉への序曲となるだろう。

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