第3話 航海
ビースト軍団が管轄する三つの大陸の内の一つブラッドレスリー大陸。その南東の領土はメモカ地区と呼ばれ古くから『海猫の火』が永遠に消える事のない神の火として祀ってあった。人々の信仰は巨大な結束力となる。その為魔王の指揮命令のもと何十年か前に火を祀る祭壇ごと魔物の巣食う塔を立て人々の信仰心を奪ったという。その後、四大将軍に統治地区分割した際にミックスベリー将軍率いるビースト軍団の領内となった。
「なるほどね。魔王は極端な馬鹿ってわけでもなさそうだな」
ブラッドレスリー大陸へ向かう船旅の道中、サイ君からメモカ地区についての説明を受ける。魔王が一般良識のある悪でホッとした。なにせ俺の属する軍団は馬鹿ばかりで放っておくと勇者に滅ぼされかねない。あまり出来過ぎる奴がいるのも困るが戦略も何もない脳筋ばかりだとおちおち寝てもいられないからな。
とはいえ俺の直属の上司は今の所脳筋軍団の代表と言えるミックスベリー将軍だ。出世の近道は上司に媚を売る事、手柄を立て過ぎて疎まれない事。この二つにかぎる。つまり成果を出して上司の手柄にしてやるのが一番良い。幸いミックスベリー将軍は人だけは良いようだからな。頭は悪いが人の活躍を横取りして踏み倒しをする類の糞上司ではなさそうだ。
ミックスベリー将軍の居城からブラッドレスリー大陸へ向かう方法は二つ。細く長く続く山脈を越えるか船で海を渡るかのどちらかであった。山脈越えはビースト軍団でも一週間はかかるという難所である為、定石通り船を使う事となった。
乗組員は俺とサイ君と船を動かす船員であるイルカの魔物が六名。そして力自慢のゴリラの魔物を数十名連れての船旅となった。薄々気づいてはいたがサイ君は俺のお付のようで雑務兼護衛の役割を担っているようだ。『ピクルス』たる俺の変化に最も驚いているのもサイ君で話を聞くとどうやら前『ピクルス』も致命的に阿呆だったらしい。
例えば軍力強化月間に出した前『ピクルス』の案は軍内の魔物同士を戦わせレベルアップを図ろうという物だったが魔物に『経験値』という概念は存在せず五百体の魔物が仲間の手によって無駄に命を落とした。
また同強化月間で軍内の装備品の強化を図る為、大陸でも有名な人間の鍛冶屋をさらい領内全土からかき集めたレアメタルで武具を作成させた。しかし魔物は決まった武具しか装備できない為レアメタルは全て無駄になった。その上鍛冶屋には逃げられレアメタルで作られた武具の数々は今尚魔王軍の脅威となっているらしい。
こんな失態をしておいてよくもまあ殺されなかったものだ。
……しかし前『ピクルス』の失敗談は意外と深刻かもしれない。俺達は持って生まれた強さが訓練や経験によって変わる事もなければ武器で強化される事も無い。つまりは勇者が経験を積み力で一度でも上に行かれてしまうと正面切って戦っても魔王軍には勝ち目がなくなるという事だからだ。
そう考えると出世の為にも城での快適な生活の為にもやはり勇者は始末しておくべきだ。
船旅は三日を要したが特にやる事がないので船上ではほとんど寝て過ごした。
心地よい波の揺れを感じながらダラダラと取る睡眠は最高だ。本当に最高だ。
「ピクルス様。もうすぐブラッドレスリー大陸に到着致します」
「んあ?」
そんな最高の船旅もサイ君の声によって終止符が打たれる。甲板に出ると高く聳えたった塔がすぐ近くに見える。
「あれが『海猫の火』が祀ってある塔か?」
「そういえばピクルス様は初めてですよね。ブラッドレスリー大陸に来られるのは」
「ああ、うん。そうだな」
「目の前に見えるのが海猫の塔です。『海猫の火』は最上階に祀ってありますよ」
(塔の名前はそのまんまなんだな……)
「塔の軍備は?」
「海猫の塔は特定の管理主を置いておりません。近隣の魔物を集めて人が立ち入らないようにしているだけです。今まではそれで問題なかったのですが今回は勇者相手ですので防衛は厳しいですね」
「ふむ。灯台の火として『海猫の火』を利用するつもりなのだったな。元々の灯台の火が消えたのはいつごろだ?」
「もう随分前ですよ。元々は灯台なんてなくても往来できていたのですがここ数年でこの海域に濃霧が発生するようになりまして……ここら辺は岩礁も多く今の霧状態では船は出せても無事海を抜けられるかは完全に運ですね」
「そうか……(ん?)」
「どうしました?」
「いや、濃霧は魔王が発生させたのか?」
「自然現象です」
「そ、そうなのか。ちなみに私たちは今海を越えてきた訳だが何か特別な方法でも使ってこの海域を抜けたのか?」
「いえ。今回は運が良かったですね」
「うん? 運?」
「統計だとブラッドレスリー大陸へ渡る際に十回に九回は沈没するのですが今回は本当に幸運でした」
……危っぶねぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!! もう少しで海の藻屑になる所だったのかよ!! 何でそんな状態で普通に海路選んでんだ!? 山越より圧倒的に難所じゃねーか!!
勇者との対決を前に偶然にも最大の試練を乗り越えていた俺。
(勇者が居なくても絶滅するんじゃないか? こいつ等)
一抹の不安を抱えたままブラッドレスリー大陸に足を踏み入れるのだった。
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