第2話 将軍と軍師
会議室は無駄に広く大聖堂のような大広間に長テーブルがぽつんと置いてあった。椅子も五十脚程並べられており、それに合わせてテーブルの上にはネームプレートが置いてある。俺は『ピクルス』と書いてある席へ腰かける。会議室中央には『勇者一校南東領土進行阻止対策本部』とでかでかとした文字が書かれた垂れ幕が下がっている。
ネームプレートはカタカナだ。垂れ幕は漢字だな、しかも県立の強豪校が南東に進出して来るみたいになってしまっている。だが取りあえず言葉だけではなく文字も認識できるようだ。
しかし人数はまだ集まっていないな。俺とサイ君の他にはヤギみたいな爺とキツネみたいな男しか居ない。
「全員集まりましたな……それではミックスベリー将軍を呼んできましょう」
そう言ってヤギ爺が席を立つ。
ん? これで全員か? 歯抜けになっている席の配列に違和感がある。いくらなんでも少ないだろう。ネームプレートは席分有ったと思ったが……
「なぁ。サイ君」
「はい?(サイ君?) なんでしょうかピクルス様」
「今日の会議の参加人数ってこれだけ? 少ないような気がするんだけど」
「何を言っているのですかピクルス様……つい先日の勇者との攻防戦で我が軍の軍長の大半が殺されたばかりじゃないですか。今日参加できるのはピクルス様含む我がビースト軍団の三軍師と進行役の私だけですよ。」
(おいおいマジかよ。じゃあこの空席の殆どは元々参加する予定のメンバーの名前で全員勇者一行に殺されたって事か……勇者強すぎるだろ)
ギィィィ……
会議室の扉が音を立てて開く。ガタガタッとサイ君とキツネ男が扉に向かって敬礼する。どうやらミックスベリー将軍とやらのお出ましのようだ。俺も二人に習い見よう見まねで敬礼する。しかし扉の奥から現れたのは先ほど出て行ったヤギ爺だけであった。
(……? ミックスベリーって人は?)
「ミックスベリー将軍。お待ちしておりました」
「全員揃っております。時間もありませんので早速会議に入らせて頂きたいと思います」
サイ君とキツネ男が口々に扉に向かって話しかける。不思議に思いよくよく扉の方向を注視するとヤギ爺の足元に小さなチワワが居た。
(お前が将軍なのかよ!?)
フォーン&ホワイトの綺麗な毛並み。尻尾をブンブン振りながら舌を出しながら短い手足を使ってこちらにちょこちょこと歩いてくる。
(か……可愛い……。いや、可愛くちゃ駄目だろ!)
恐らくはここの最高責任者であろうミックスベリーと呼ばれるチワワがちょこんと席に座った。いや、正確には椅子とテーブルの高低差がありすぎてギリギリ椅子の上で背伸びをして机に手ならぬ足を掛けて顔を出している状況だった。大分無理をしているのだろう。ここからでもプルプル震えているのが見える。
そんな威厳も糞もないミックスベリー将軍が俺達に向かって真剣な面持ちで話しかける。
「皆ご苦労である」
ミックスベリー将軍のアニメ声が静まり返った会議室に響く。
(声可愛い……。いや、可愛くちゃ駄目だろ!)
「先日の勇者一行との攻防戦、皆よく働いてくれた。結果多くの仲間を失ったが悔やんでばかりもおれぬ。今度こそ勝利の二文字を先に逝った仲間たちへの餞にしようぞ」
オォォォ!! と俺以外の三人が雄叫びをあげる。
「さて本日忙しい中集まってもらったのは他でもない。皆も知っての通り勇者一行が我が南東領土進行しているとの情報が入った。ついてはこの進行を阻止、できれば撃退の妙案はないものかと本会議を開催した次第である」
ふむ。さっきサイ君が言っていた内容そのままだな。少し発言を控えて様子を見てみるか。
「三軍師からの案はございますか?」
サイ君が話を振るとヤギ爺がスクッと席を立つ。
「ではスクエア様。お願いします」
「南東の砦は『海猫の火』を保管してある我が軍の重要拠点ですじゃ。勇者一行はこの『海猫の火』を狙っておりますが絶対にここを落とされる訳にはいきませぬ。つきましては先日私めが案を出した落とし穴大作戦の決行許可を」
老獪な顔つきをした『スクエア』と呼ばれるヤギ爺が『落とし穴大作戦』という妙案を意気揚々と話す。確かに妙な案だ。内容を聞かなくても失敗する気しかしない、結構長い事生きていそうな爺だが老害になるくらいならさっさと寿命で天に召された方がいいんじゃないか?
「しかし落とし穴大作戦は時間が掛かり過ぎます。現在の我が軍は人員が不足しており現段階では作業工程に一年程掛かる計算になります。流石に今回の進行には間に合いません」
(どれだけでかい落とし穴作るつもりだったんだヤギ爺は……)
「ふむ。そうか……では仕方ないな」
「他にはございませんか?」
今度はキツネ男がスッと手を挙げる。
「ではキュービック様。お願いします」
「ミックスベリー将軍。再度私にオペレーション『毒沼』の許可を」
(おぉ!? なんだかまともな作戦名だぞ。ヤギ爺とは違ってできる奴なのか?)
「ふむ。『毒沼』か……悪くない案だとは思うが」
「そうでしょう! 敷地内全体に『毒沼』を配置することで絶対防衛ラインを構築。勇者達の侵入を必ずや防ぐことができるでしょう!」
興奮気味に『キュービック』と呼ばれるキツネ男が力説する。しかしサイ君が口を挟む。
「しかし『毒沼』は……」
「ん? 何か不満でもあるのかサイード」
「前回の勇者一行との攻防戦でも『毒沼』を採用しましたが毒の罠に掛かったのは我が軍だけ。結果として兵力の四分の一を失っております。勇者一行は仲間の魔法使いが毒回避魔法を使いなんなく切り抜けられているのですが……」
ここに座るはずだった軍長って仲間の毒に殺されたのかよ!!
こいつ大戦犯じゃねーか!! 将軍様も『ふむ毒沼か……悪くない案だとは思うが』とか言ってる場合じゃないだろ!? まずはこいつを処刑しろよ!
キツネ男は反論された事が気に入らなかったのか眉間に青筋を立ててサイ君に突っかかる。
「だ、だ、黙れ! 戦闘員風情が! 狭い視野で物事を図るたわけ者がぁ!! ゆ、ゆ、勇者一行の魔法使いだって、も、もしかしてもう死んでいるかもしれないだろ!!」
死んでいるかもしれないのはお前の脳細胞だろ。
この調子では放っておいてもこの軍団は壊滅するな……ん? まてよ。
「あの~ちょっといいですかね?」
「どうしたピクルス?」
「勇者一行って『海猫の火』を狙って南東領土に進行しているんですよね? なんで勇者は『海猫の火』を欲しているんでしたっけ?」
「ピクルス!! 貴様! ミックスベリー将軍の前で寝ぼけた事を抜かすな! 海を渡る為の灯台の火として消える事のない『海猫の火』を利用する為に決まっておろうが!」
「ピクルス様。もし勇者が『海猫の火』を手に入れて海を渡って来るといよいよ我が領内の本土に進行される事になるんですよ。そうなったら一大事です。」
成程な。なんとなく予想はしていたがそんな事か。ならば打つ手は簡単だ。
「ミックスベリー将軍。本作戦、私にお任せ下さい。見事勇者一行の進行を阻止してみせましょうぞ」
自信満々にミックスベリー将軍に進言する。本当は面倒くさい事には関わらずソファーで横になって寝ていようかと思ったが俺と同格である軍師二人は可哀想なくらい頭が悪い。そして勇者の力量は分からないが進行を止める手立てを俺はあっさりと思いついた。
「ぴ、ピクルス! 何を勝手な事を……」
「よい、何か案があるのだな。申してみよ」
「はい。ミックスベリー将軍……」
出世欲? 当然あるね。
まだこの世界に慣れた訳ではないが、ここは俺の確固たる地位を築く為に勇者達には犠牲になって貰う事にしよう。
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