天才軍師はフェレットでも構わない

あかまろ

第1話 会社に行きたくない、だから今日からフェレットとして生きることになっても構わない

 真剣に特許を取ろうと思っている。

 

 自分の体温を測った時にだけ+2℃で表示される、そんな夢のような体温計を作るんだ。日曜の夜更けに密かに決意を固める。


 何の取り得もなく三流大学を卒業し、専攻していた学科を活かすでもなく高卒でも普通に入れるブラック営業職に勤めて六年。

 

 休日出勤サービス残業は当たり前。今日は営業成績の不振を時間外労働する事で補いなんとか体裁を保っている自分が二週間ぶりに取る事のできた久々の休日だった。

 しかしその休日の快適さが明日の仕事の憂鬱さに拍車をかける。明日からいつものように上司にこき使われ同期からは侮蔑され後輩の営業成績の伸びに恐怖する毎日が始まるのだ。


 会社に行きたくねぇ……行きたくねぇよ……


 出世欲? 当然あるね。でもそれを見せる事ができるのは結果を出している者のみの特権だ。俺のような底辺が出世願望を口にすれば『その前に人並みの事をできるようになれよ』とか言われるのがオチだろう。やる気を見せる事が恥ずかしいと思う時点で自分はなんて卑屈で底の浅い人間なのだろうか。あぁ……でもそんな事はどうでもいい。今は何を差し置いても明日会社に行きたくない。


 それでも眠気はやってくる。

 あぁ駄目だ。寝てしまったら明日は会社だ。作るんだ、夢の体温計を。寝たらダメだ……寝たら……ZZZZ……


************************************


「…ピ…ス……様……起き……くだ……い」

「むにゃ?」


 朝、目が覚めると誰かが野太い声を掛けながら俺をゆさゆさと揺すって来る。家族は疎遠だし当然のごとく彼女もいない一人暮らしの俺を起こしに来る人なんて……まさか……!


「すいません!  クレームですか!?」


 途端に眠気が吹っ飛ぶ。また何かやらかしたのか? 起こしに来たのはどの先輩だ? しまった! 病気のフリをして寝ておくべきだったか!? 


「なにを言っているのですかピクルス様。もうすぐ会議の時間なのですからしっかりしてくださいよ」


 俺の目の前に見たこともない大男が立っていた。肌はねずみ色、腕も足もドラム缶のように太い、鼻からは角なんかも生えちゃっている。どうやら俺を起こしてくれた人物は大男というかサイ……サイ男というべきだろうか。


「って! えぇぇぇぇぇぇ!! サイが喋っているぅ!!?」

「はあ……ピクルス様。本当にしっかりしてくださいよ。サイなんですから普通喋りますよ」

(あ、やっぱりサイなんだ)

「遅れるとまたミックスベリー様に怒られますよ。我が軍は貴方の知略が頼りなんですから」


 そういうとサイ男は忙しなく何かの書類を持って部屋から出て行った。


 パタン――――


 ドアが閉まると落ち着いて部屋の中を見渡す。俺は駅から徒歩二十分、家賃三万五千円の年季の入った古ぼかしいアパートの六畳一間の部屋に住んでいた。しかし今俺がいる場所はどうだ? 五十畳はあろうかという広さで地面は畳ではなく大理石のような石が敷いてある。寝ていた場所も愛用のせんべい布団ではなくふかふかのソファーに変わっている。


(なんだこれ? 夢にしては随分リアルだな)


 きょろきょろと辺りを見渡していると、ふと部屋の片隅に置いてあった鏡に自分の姿が映った。


「えっ?」


 瞬間ぎょっとした俺はドタドタと重い体を揺らしながら鏡の前に辿りつく。そして目の前に映る自分の姿に驚愕する。


 長い首と胴体。それに比べてバランスが悪いほど短い手足。真っ黒な眼球と横に長く伸びた髭。耳はいつもよりも随分高い位置にある。これは……


「フェレットかよ!」


 悪く言えば大ネズミである。しかし防衛本能からなのか咄嗟にこれはフェレットであると自分に言い聞かせる。


(なんだ? なんだなんだこれは??)


 昨日食べた牡蠣があたったのだろうか? 激しく動揺し思考を巡らせるが思い当たる節はない。


(外は? 外はどうなっているんだ?)


 外の様子が急激に気になり部屋を彩る洒落たカーテンを備え付けた窓に急いで近寄る。


 ドタドタドタ……バタッ…… ドタドタドタ……バタッ……


 窓に辿り着くまで何度も倒れる。なんだか二足歩行が上手くいかない。文字通り覚束ない足で必死に辿り着き窓の外を見ると――――――――


 そこにあったのはゲームでしか見たことがないような幻想的な世界だった。一面青く映える平原。どこまでも続く川のせせらぎ、見た事のない花々は人の心に安らぎを与えるような美しさで所々隆起した地面や山々もその形自体が何かの意思を持っているかのようなそんな世界が目の前に広がっていた。

 そんな光景を目にして思う。


「コンビニは?」


 これは一大事である。現代っ子である自分とコンビニは切っても切り離せない内縁の妻のようなものだからだ。月・水・木は週刊誌の立ち読みの日。週に一度の贅沢かまぼこ弁当。唯一の微笑みを投げかけてくれる女性店員のアンナさん(仮名)。その全ての安息が集約されたコンビニがここにはない。


「ぐぁぁぁ。それに今日は月曜日だったぁ……月曜日の苦痛を和らげてくれる唯一の楽しみがぁぁ……………………ん? あれ?」


 まてよ? まだ現状を把握できてはいるわけではない。俺は何故か二足歩行が困難なフェレットになっているしコンビニもない。そしてサイが起こしに来るような異常事態ではあるが一つだけ確かな事がある。


 もしかして今日…………会  社  休  め  る ?


 心の底から湧きあがる幸福感。放出されるアドレナリン。復活する生きる気力。

そうだ、そうだそうだそうだ。今確かに俺の身にはのっぴきならない何かが起こっている。だがしかし!! 今日会社を休めるということに比べれば些事な事だ! 今は何も考えずこの天からの贈り物を素直に喜ぶとしようではないか!! 


「きゃっほぉぉぉぉぉぉぉぉぉうぅぅぅぅ!!!!」


 天高くガッツポーズを繰り出しそのままソファーへダイブする。取りあえず寝よう。寝て起きてそれから考える事にしよう。


――――コンコン


 そんな至福の二度寝を遂行しようとした矢先。部屋のドアをノックする音が聞こえる。


「失礼します。ピクルス様そろそろ会議のお時間ですので会議室へお願いします」 


 先ほどのサイ男がまたドスドスと部屋の中に踏み入って来る。

どうやら俺は『ピクルス』という名で呼ばれているらしい。それに呼び方から推測すると、このサイの上長にあたる人物のようだ。上長……いい響きだ。コホンと咳払いを一つ入れ言ってみたかった言葉を発する。


「うむ。すぐに行こう。案内してくれたまえ」


 サイが喋っている時点でお察しだがどうやらこの世界はいつもの日常とは違う世界のようだ。現状把握の為にもまずはこの世界の事と自分の立ち位置を知る事が重要だ。上司扱いに気をよくした俺はトコトコと四足歩行でサイ男の後ろをついていく。


「あー。ところでサイ君。今日の議題はなんだったかね?」

「(サイ君?)ピクルス様。本当にお願いしますよ。今日は我が南東の領土内に迫る勇者の進行をいかに阻止するか、ですよ。今月ウチの領土は二つ落とされていますからね。このまま三つ目を落とされたとなると我が軍の面目丸つぶれ。魔王様から今回の結果いかんでは四大将軍格の剥奪も示唆されているようでミックスベリー将軍もピリピリしているんですからね。」


 ん? なんだ? 悪役側なのか俺は? まあいい。俺の無期限休暇を邪魔する奴は勇者だろうが容赦はしない。


 そしてサイ男に付き添われ。物々しい雰囲気の立ち込める会議室の扉が開いた――――

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