第46話 崩壊への序曲
――――王都ウエディ城内
「ウエディ王報告であります!」
深々と敬礼し王の間に入る近衛兵。
「今朝、城外近辺で倒した魔物からまた同じ内部文書が!」
「これで四通目か……」
ウエディ王は小さく呟く。
王都ウエディはここ数日昨今にない慌ただしさの中にあった。
理由は二つ。この数週魔物の襲撃が全くと言っていいほど無くなった事。そして魔物間でやり取りされていると思われる内部文書の中身のせいであった。
その内容は全く同じ物でただ一文だけ……
『王都ウエディニテ勇者ノワクロ発見。危険近ヅクナ。王都カレンダヲ攻メヨ』
「勇者ノワクロがこのウエディに来ていると言う噂……間違いないとみて良いな」
「はっ! 以前から町の噂にもなっておりましたので恐らく間違いないかと」
フゥ……と玉座にもたれ掛かるウエディ王。
「しかし勇者ノワクロ……我が国に来ているにも関わらず王であるわしに挨拶の一つもないとはな」
「世界の希望、三大勇者などと呼ばれていい気になっているのでしょう。それより父上。これは好機ではないですか?」
勇者ノワクロ関連の報告書に目を通しながら第一王子チューズが父であるウエディ王へと話かける。
「チューズよ、お前もそう思うか?」
「当然です。ここ数週間魔物が一向に攻めてこなかった理由も分かりましたしね。この機を逃す手はないでしょう」
「そうだな……魔物どもは勇者ノワクロに恐れをなして王都カレンダに照準を絞って攻めておるようだし……」
「父上。王都カレンダからの応援要請は破り捨てておきますよ。なぁに王都カレンダは屈強な戦士を多数抱える大国だ。我々の応援など必要ありませんよ」
「くく……それもそうだな。まあ今後もこの状況が続くようであれば王都カレンダとの今後のより良き関係を築くために応援要請に答えてやらんでもない……当然タダという訳にはいかんがな」
「そうですね。この王都ウエディの傘下に入ると言うならすぐにでも応援要請に答えても良いでしょうな」
王都カレンダからの応援要請の親書をビリビリと破りながらニヤニヤと笑う第一王子。
「それならば話は早いのだがな。しかし歴史だけはある国だ。その条件だけは死んでも飲まないだろう」
「くだらない意地だけはある国ですからね。と、なるとやはり……」
「カレンダのエイプル王女を我がウエディに迎え入れる……というのが妥当だろうな」
「私の妾にしてやってもよいのですが」
「くくく……滅多な事を言うなチューズよ。仮にも一国の第一王女、それが妾などカレンダの親馬鹿王が許すものか。それこそ娘の尊厳を守って自国が滅ぶ道を選びかねんぞ。政治には落とし所というものがあるのだ」
「冗談ですよ父上。田舎臭いカレンダの王女など妾にも要りません。そうですねサンディアの妃にでもどうですか?」
「おぉ! それは良いな。サンディアももう良い年だしな。第一王女と第四王子の婚姻か……くく……お似合いじゃないか」
「王都カレンダには今の所エイプル王女以外の後継もいませんしね。もしこの婚儀が成立すればそれはそのまま両国間の力関係となりましょうぞ」
「チューズよ慌てるでない。あくまでこの状況が続けばの話だ。その為にも国内にいるという勇者ノワクロの所在だけはキチンと掴んでおくのだぞ」
「当然です。すでに兵を使って城下町をあたらせておりますので直ぐに居場所は判明するでしょう」
不敵に笑うウエディ王と第一王子チューズ。
王都ウエディと王都カレンダ、カタラニア大平原を挟んで目と鼻の先にある両国は百年以上の歴史を持ち独立自治を行って来た大国である。
互いの国の力と規模は拮抗しており魔王が現れる以前から幾度となく大きな戦争を繰り返していた両国。そして魔物の脅威に晒されてからは表面上和睦という形で友好関係を築いてはいたがは決して互いに気を許す事なく虎視眈々と侵略の機会を伺っていた。
今回の魔物の動きは王都ウエディにとってまさに覇権を取る千載一遇の好機と言えるものだった。
――――『魔王空軍』アールグレイ城
「それで王都ウエディの状況は?」
用意された客間のベッドにごろんと寝そべりながら状況報告を聞く。
「はい。ピクルス様の指示通り内部文書を持たせた魔物数匹とウエディの戦士がまたも接触したようです」
「そうか、すまないなモルフォ。こんな雑用みたいな事をさせて」
「いえ、お役に立てて光栄です」
ペコリと丁寧にお辞儀する秘書のモルフォ。
なんだ、顔は怖いし鱗粉もうざったいがいい子じゃないか。
俺は王都ウエディ攻略の策の進行状況を『魔王空軍』の魔物を使って報告させていた。
(まあ本当は進行状況の偵察くらい自前でやる予定だったけど……作戦開始と同時にビースト軍の手駒はほぼ壊滅状態になっちゃったからなぁ)
俺が連れて来た四獣王以外のビースト軍の魔物は王都ウエディ偵察の任を与えた際に五階エントランスの出入り口から落下して行動不能になっていた。本当に迂闊だった。
ちなみに四獣王も同じ高さから落ちている。体は割と平気だったようだが他の魔物と同じで頭は平気じゃないようだ。知力測定くらいして連れて来れば良かった、本当に迂闊だった。
しかし幸か不幸か『魔王空軍』は案外使える事が分かった。報告用に使っている秘書のモルフォは鱗粉を撒き散らす以外はそれなりに気が利くし、他の魔物も基本的には頭の程度はビースト軍と大差はないが「飛べる」という利点は予想以上に大きかった。
それほど高くまでは飛べないようだが上空からだと王都ウエディの軍の配置状況もある程度把握する事ができたからだ。
「しかし良いのですか?」
「ん? 何がだ?」
「いえ、内部文書が人間側に渡ってしまっては何かと不都合があるのでは?」
モルフォが心配そうに尋ねる。
「いや、いいんだよ。あの内部文書は本当の事しか書いてないからね」
「……? だからあまり良くないのでは?」
「モルフォ。人間と言うのは面白いものでね、自分たちの都合の良い様に解釈して結論だてる愚かさを持った生き物なんだよ」
「はぁ……?」
そう、魔物を思い通り動かすよりも人間側を動かす方がよほど簡単だ。
敵だった者同士が仲間になる理由。細かく言えば色々あるんだろうが大体はより強大な「共通の敵」の出現によるものだ。
ならば「共通の敵」ではなく「片側だけの敵」になってやれば良い。利権絡みで牽制しあっている表面上の仲ならばそれで容易くバランスは崩れるだろう。
事実上空から王都ウエディの動向を観察させた結果、一週間もしない内に援軍を出し渋り始めたからな。
これも「勇者ノワクロがいる」という理由があればこその説得力なわけだが。
そして肝の部分は王都ウエディは王都カレンダを疎ましく思ってはいても滅ぼされては困るという事だ。
別に勇者ノワクロは王都ウエディのお抱え勇者ではないからな、カレンダが滅ぼされたら今度は自分たちが危ない……
それならやる事は一つ。この好機に覇権だけは取る算段を付けておくってとこだろう。
「モルフォ。悪いが四獣王を呼んで来てくれるか?」
少し早いが計画は第二段階に移行させるとしよう。
勇者ノワクロ……残り少ない余生をせいぜい楽しんでおく事だな。
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