第14話 作戦名「サンドイッチ」

 勇者たちを完全に撲滅する。

 その言葉に食ってかかって来たのは案の定軍師の二人だった。


「ゆ、勇者たちを撲滅? 一人残らずという事か? あまり調子に乗るなよピクルス!」

「うーむ。そうじゃのぉ。それに先ほどファーウェルクラスの勇者が同時に攻めてきたら対処できないと自分で言っておったではないか、勇者撲滅など……そんな奇跡のような策があるとでもいうのか?」


 まあ、こいつ等が言いたくなる気持ちも分からないでもない。城にある書物は大体目を通したが勇者と魔王軍との戦いは百年近い歴史があるらしい。しかし当然のことながらまだどちらかが完全に滅んだ事はない。

 それをたかが一軍師に一体何ができるんだ? とでも言いたいのだろう。


「勿体ぶらずに教えろピクルス! 私が考えていた策と同じなんだろ? そうなんだろ?」

「思えばお前に軍師のいろはを教えてやったのはわしじゃったのぉ。そんなお前なら起こせるかもしれんな……奇跡を」


 あ……違った。

 こいつ等完全に勝ち馬に乗る方向にシフトしていやがる。


「ピクルスよ。余には皆目見当もつかんが勇者を撲滅する策があるというなら申してみよ」

「かしこまりましたミックスベリー将軍。サイ君、例のデータを」

「はい。ピクルス様」


 俺の指示に従ってサイ君は長テーブルに地図とグラフ表を広げる。


「なんだこれは!? 円の中にケーキのような切れ目が!」

「いや、これは円ではなく丸ではないか? 勇者を倒す古代魔方陣が記してあるとか……」

「数字も振っておるな。これは何かの暗号か?」


 しまった……これ円グラフの説明に時間を取られるパターンだ。


「あー。取りあえず形は気にしないでください。重要なのはそこではありませんので」


 コホンッと一つ咳払いをして話を続ける。


「これは我がビースト軍団が管轄する三つの大陸から輩出された勇者の数を表したものです。知っての通りこの居城の本土でもあるミルウォーキー大陸。本土の東に位置するブラッドレスリー大陸。そして本土の北に位置するゴッサム大陸の三つです」

「確かにこの円には各大陸の名前が書いてあるな」

「そうです。勇者観測記から抜粋したデータによると過去も含めてこの三大陸から勇者は総勢122名出ております」

「ふむ」

「ここで注目して頂きたいのは大陸ごとの勇者輩出内訳です。ミルウォーキー大陸からは17名。ブラッドレスリー大陸からは103名。そしてゴッサム大陸からは2名しか勇者が出ておりません」

「!?」


 ガタッ! と席を立つキュービック。


「そ、そうなのです、ミックスベリー将軍! 前々から私は進言しようと思っていたのですが我々の居城を勇者のいない安全なゴッサム大陸に移すべきだと思うのです!」

「そうじゃの。そうと決まれば善は急げじゃ。早速引っ越しの準備に取り掛かりましょうぞ」


 おいおい待て待て馬鹿共。勇者撲滅だって言ってるだろうが。逃げてどうする。


「ミックスベリー将軍。私が言いたいのは勇者の育つ環境に地域差があるという事です」

「地域差?」

「そうです。例えばブラッドレスリー大陸とゴッサム大陸、この二つの大陸は何が違うのでしょうか?」


 パチンッ! と指を鳴らすキュービック。


「そうか! 名前か!」


 パチンッ! じゃねーよ。何を閃いたつもりだったんだこのキツネは。


「ほほ、思慮が浅いのキュービック」

「な、なんですとスクエア殿!」

「ゴッサム大陸は我が軍の領土で最も北部に位置する大陸、つまり……」


 ニヤリッ、と笑みを浮かべるヤギ爺。


「つまり勇者は寒さに弱い」


 ニヤリッ。じゃねーよ。ちょっとだけマシな馬鹿じゃねーか。


「話を続けますミックスベリー将軍」


 取りあえず二軍師は無視する事にして話を進める。


「二つの大陸の大きな違いは魔物の強さ、です」

「魔物の?」

「そうです。ブラッドレスリー大陸に配置されている魔物は力の弱い者が多い。言い換えればレベル1の勇者が育ちやすい環境にあります。対してゴッサム大陸は本土に近い為、屈強な魔物が多く勇者が誕生しにくいのです」

「……成程、しかし本土であるブラッドレスリー大陸の方がゴッサム大陸より勇者輩出の数が多いのは何故だ?」

「ゴッサム大陸は土地の面積も少ない為そもそも住んでいる人自体が少ない、というのもありますが魔物の平均レベルでいうと本土のミルウォーキー大陸と差はありません。実際ミルウォーキー大陸で誕生した勇者の殆どは将軍の城から遠く離れた大陸の端から生まれていますしね」

「ふむ……」

「ピクルス! つまり貴様は何が言いたいのだぁ!!」


 何故か急に切れるキュービック。完全に脳みそがついて来ていないらしい。


「つまり、勇者は弱い魔物がいる地域から生まれやすい。そして将軍の城に近づくに連れて魔物は段々強くなる……この段々強くなるというのがいけないのですよ。勇者を育成する土壌になっている」


 そう言って地図をスーッと指でなぞる。


「だから勇者が育たないように分断してやるのです」


 そう、現勇者たちを倒しても次から次へと新しい勇者が誕生するのであればジリ貧なのだ。いつかどこかで強力な勇者が現れた時に必ず対処できなくなる。そして人を根絶やしにしない以上勇者の供給源を絶つというのは無理である。だが誕生した勇者を弱いうちに消してしまう事は簡単なのだ。事実、勇者観測記に載っている危険度Eランクの勇者はそのほとんどが危険度Dに格上げされる前に死んでいる。

 言ってしまえば勇者は誕生させていい、そして誕生した勇者を早めに狩る事に注力すれば危険はほとんど無いということになる。


 俺は一般的なRPGゲームなどは人並みにやっていたがいつも疑問だった。何故敵が都合のいいように段階的に強くなっていくのだろう? と。

 何もご丁寧に師匠のごとく敵を鍛えてやる事はない。生まれた先から根絶やしにしてやればいいのだ。アリアハン大陸から抜ける洞窟がネクロゴンドの洞窟だったなら抜けられる勇者はいないだろう。断層の様に弱い魔物と強い魔物を配置してやればいい。


「弱い魔物と強い魔物の住家を交互に配置する事で強力な勇者を誕生させない作戦。名付けて……サンドイッチ作戦でございます」


 ドヤ顔でミックスベリー将軍の方向を見る。


 決まった……。

 皆も俺の策に圧倒されポカンとこちらを見ている。


 ……そして、少し考え込んだ素振りを見せた後ミックスベリー将軍が口を開く。


「いや、だがそれは無理だろう」

(……は?)


 予想外の回答に固まる俺。


「それぞれの土地の者達にも家族がある。急な配置換えと言っても可哀想だ」

(えっ? 何言ってんのこの将軍)


「そうだピクルス! 急な転属では家も建ててやれないぞ! 貴様同胞たちに野宿でもしろと言うのか!」

(家あんの!? いや仮にもビースト軍団名乗るなら野宿くらいしろや)


「そうじゃのぉ。つまり勇者は寒さに弱い……そう言う事じゃな?」

(ヤギ爺に至っては痴呆が始まってるじゃねーか!)



 寒々しい空気が流れる会議室に夕刻を知らせる鐘の音が響く。


「おっと、もうこんな時間か。皆長い時間ご苦労であった、会議はこれにて一旦終了とする。……ではこれより勇者ファーウェル抹殺祝賀会に移行する!」


 パンッ! パンパンッ!! パンパンパンッ!!!!


 ミックスベリー将軍が号令を出すと大量のクラッカーが大聖堂会議室に鳴り響く。

 いつの間にか天井に吊るしてあったくす玉が割れ、中からは「ありがとう! ピクルス軍師」の文字が顔を出す。その後城の中の魔物たちが次々と会議室内に入って来て俺に花束を渡してくる。そしてどこからともなく心地よいクラシック音楽が流れ、豪華な料理が運ばれてくる


「ほらほら、ピクルス様好物のうさぎの丸焼きですよ!」


 サイ君までもが俺の手を引っ張り嬉々としてはしゃいでいる。



 駄目だ……ここ滅びるよ……

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