第12話 超全滅

雷鼓光ライコウ!」

「ジャックスマグナム!」


 ファーウェルさん達が左右に分かれて道を作る様に魔物の進行を食い止めてくれている。二人が命を懸けて切り開いてくれた僅かな突破口を後ろ髪引かれる思いでスフィアと共に突っ切る。

 敵の目的は勇者であるファーウェルさんなのだろう。俺たちに目もくれず後方に置き去りにする形となった二人に肉団子のように固まって襲い掛かっている。

魔物たちの叫び声と共に雷撃の爆音と戦士の雄叫びが鳴り響く。


 しかし圧倒的な数の暴力の前には成す術もなかったのだろう。その勇者たちの雄々しき声もやがて聞こえなくなった……。


「くそ……せめて万全の状態なら皆で逃げる事くらいは……」


 ファーウェルさんの優しい笑顔と、ジャックスさんの豪快な笑い声が頭を過ぎる。目から涙が溢れそうになり引き返したいという衝動にかられる、だが今は……


「!?」


 急に左手がグンッと後ろに引かれる。振り返ると手を引いていたスフィアがその場に立ち止まっていた。


「駄目だよ……やっぱり駄目だ。二人を助けに行こうルナちゃん!」


 涙を流しながら訴えるスフィア。


パンッ!


 俺はスフィアの頬を思いっきり引っぱたく。


「いい加減にしろスフィア! なんでファーウェルさん達の気持ちが分からないんだよ!」

「っ……」

「それに、それに俺の気持ちだって……」

「……ルナちゃん?」

「俺だって、例え俺が死んだとしてもスフィアだけは守りたい! 大好きなファーウェルさん達を犠牲にしてでもスフィアには生きていて欲しいんだよ! だから頼む! 今は逃げてくれ!!」


 はぁはぁと呼吸を乱しながら本音が零れる。

俺はお世話になった仲間を犠牲にする屑でも構わない、俺自身がどんな醜い死に方をしても構わない。それでもスフィアだけは……

 スフィアは俺の目を真っ直ぐに見ていた。瞬間的に目を逸らす、その瞬間

ギュッ……とスフィアは手を優しく握ってきた。


「……スフィア」

「行こうルナちゃん。私が間違ってた。私たちの命は旅を始めた時、勇者様に預けたんだもんね。その勇者様が生きろと言うなら……生き残ろう、二人で」

「……あぁ、そうだな」


 スフィアの手を強く握り返す。


 ギャギャギャ……

 ほんの少し立ち止まっている間に数十体の魔物が俺たちの周りを囲んでいた。俺は一息入れて魔物たちに言い放つ


「魔物共、我を誰と心得る。偉大なる勇者ファーウェルの意思を継ぐ魔道士ルナホープぞ。貴様ら低俗な獣の群れにくれてやる程安い命ではない! ひれ伏せ! 炎乱気流フレイムストーム!!」


 残ったありったけの魔力を使って魔物を蹴散らす。


「ルナちゃん……」

「行こうスフィア」


 もう立ち止まる事はない。自分たちが生きる為に今はただひたすら前を向いて走るのみだ。




 夕闇が迫り辺りも暗くなる中、雑念を捨てグリエルタウンに向かう俺たち。だが何かが、何かがおかしい、なんだこの違和感は……

 ファーウェルさん達が食い止めてくれていたとはいえ空から見た魔物の軍勢は千を超えていた。


(……やっぱり変だ)


 勇者の命が第一優先順位と言ってもいくらなんでも俺たちへ襲い掛かって来る魔物の数が少なすぎる……魔力のほとんど尽きた魔法使いと僧侶は一般人と変わらない。殺るなら今が好機のはずだが……それとも俺たちなんて眼中にないのか?

そんな事を考えているとムササビの魔物が死角から飛びかかって来た。


「きゃっ!」

「くっ! 炎乱気流フレイムストーム!」

 

 ポス……手からは炎の魔力は放出されない。ついに魔力切れか、だがこのくらいの相手なら


火鉛ヒエン!」


 小さな火球を放出しムササビの魔物を迎撃する。しかし一撃で仕留めるまでには至らず持っていた短剣で止めを刺す。


「はぁ……はぁ……」

「大丈夫ルナちゃん……」


 くそっ、考え事なんてしているからこんな事に。今は一刻も早くグリエルタウンへ……しかしあと少しという所で町の方向から数十体の魔物が姿を現す、そして……


『……やっと尽きたね。魔力』


ゾクッ……


 この世の物とは思えない冷たい声。体全体から悪寒が走る。

 数十体の魔物たちを掻き分けてその声の主であるネズミの魔物が姿を現した。


「やあ、初めまして。勇者ファーウェルの魔法使い君と僧侶さんだね」


 ネズミ男がペコリと挨拶をする。


「君たちが忘れ物をしていたから届けに来てあげたよ。ま、私は町付近で待機していたから先ほど部下から届けてもらったというのが正しいのだけれど」


 そういうとネズミ男は不敵に笑いながら傍にいたライオンの魔物を指さす。

 なんだ? 暗がりでよく見えないが、あのライオン男が手に持っているのは……!!?


「っ! 見るなスフィア!」

「きゃああぁぁぁぁ!! ファーウェルさん! ジャックスさん!」


 ライオン男が両の手に持っていたのはファーウェルさんの首とジャックスさんの手首だった。


「はい、夜遅いんだから叫ばない。見て貰ったように貴方達の勇者はお亡くなりになりました。そこで提案が……」

「うおぉぉぉぉ!!」


 俺は我を忘れてネズミ男に短剣で飛びかかる。

 しかし遥か手前でライオン男に取り押さえられてしまった。


「人が喋っている時はお静かに。ちなみに私の周りにいる仲間は軍の精鋭部隊だから君たちに勝ち目はないよ。万全の状態だったとしてもね」


 テクテクと俺に近づきながらネズミ男は続ける


「そんな主を失った君たちにビッグニュースがあります。なんと今回サプライズとして私が君たちの新しい主となる事にしました~」


 ネズミ男の言葉が終わると同時に魔物たちから拍手が巻き起こる。


「あ、ただし今回は女性に限ります。え~っと。ところで君、男? 女?」


 地べたに這いずる俺を見下しながらネズミ男が問いかけてくる。


「……見れば分かるだろ」

「あぁ、そうか。じゃ残念~!」


 ネズミ男がパチンと指を鳴らすとライオン男が俺を取り押さえたまま鋭く尖った爪を俺の脳天目がけて振り下ろす。


(終わりか……でも今の話だとスフィアは助かるかも……どんな形でもいい、生きてくれ)


ザシュ……


 鮮血が飛び散る。俺のものではない、これは……。

 目の前で肩から胸にかけて深々と爪を切り込まれ倒れるスフィア。


「スフィア!!」


「ばっか! お前何やってるんだよ! 僧侶の方殺しちゃ駄目じゃん」


 目の前でネズミ男に叱られシュンとなるライオン男。

 その隙をついてライオン男の手から抜け出しスフィアに駆け寄る。


「スフィア! なんで……」

「え……だって……勇者のパーティーで僧侶だけ生き残るなんてカッコ悪いじゃない……」


 ニコッと笑うスフィア。


「ふふ……嘘。本当はルナちゃんの……」


 その言葉を掻き消すようにネズミ男の声が響く。

 

「あーもういいや。あれ多分もう駄目だから二人とも片付けといて! 全く。僧侶が巻き添えにならないように配置指示出したのに台無しじゃん」


 明らかに怒った口調で魔物達に指示を出すとネズミ男は闇の中に消えて行った。

 ライオン男を筆頭に精鋭と呼ばれる魔物たちが俺たちを睨み、そして襲い掛かる。


(くそっ! もう駄目だ!)


「ジャックスキャノン!!」


 先陣を切って襲い掛かってきたライオンの魔物の頭に何かがヒットする。

 ゴロンッ、と転がったその謎の物体は……


「これは……ジャックスライトハンド?」

「諦めるなぁ! ルナホーーーープ!!」


 聞き慣れたこの声は……!!

 後方から血だらけで両の手首を失っているジャックスさんが俺たちを勇気づけるように笑っていた。


「ジャックスさん!!」

「遅れて悪かったなぁ二人とも。さぁ後は俺に任せてさっさと行きな。おらぁ! 魔物ども! さっきはよくもレフトハンドを殺ってくれたな! お蔭様で蹴って発射する新型ジャックスキャノンが誕生しちまったじゃねーか!」


 魔物への威嚇を続けながらチラチラと目線をこちらにくれる

 長くは持たない、早く逃げろと……そう言ってくれている。


(ありがとうございます。ジャックスさん。町の方向は魔物が囲っている……こっちだ!)


 俺は無言でスフィアを抱きかかえると町と真逆の方向に向かって走り出した。


「さて……これでゆっくり相手ができるな。親友の仇は取らせてもらうぜぇ!」




 はぁ…はぁ…

 どれくらい走ったのだろう。あてもなく魔物の居ない方へと走りだした俺であったが、千の魔物から逃れる術はなく海沿いの岸壁まで追い込まれていた。致命傷は受けていないものの幾度の戦いの傷と疲れで倒れこむ。


「はぁ、はぁ……くそ、まだ追って来るのか」


 だが一時的に魔物を引き離す事はできた。今の内しかない。


「スフィア! 起きてくれ、頼む! お前の神秘回復ホワイトリザベーションでお前自身を回復するんだ。今なら少し時間もある」


 俺の声が届いたのかスフィアは静かに目を開ける。そして両手を合わせて神秘回復ホワイトリザベーションの詠唱を唱え始めた。

(良かった……って!?)


 癒しの光は俺を優しく包み込んでいた。


「スフィア! 俺じゃない。お前に使うんだよ!」

「い…いいの。魔法は万能じゃない、心臓まで届いているこの傷は私の神秘回復ホワイトリザベーションじゃ治せない。ルナちゃんも分かってるでしょ?」

「そんな……でも……」

「懐かしいなぁ……昔はよく訓練や喧嘩で怪我したルナちゃんを回復してあげてたよね」

「……」

「私が回復魔法……こんなに使えるようになったのも……ルナちゃんがいっぱい怪我してくれた……お蔭かな」

「スフィア、もう喋るな」

「ルナちゃんは……私の一番の患者さんで……一番の……」

「……」


 癒しの光が静かに消えていく。スフィアは眠る様に事切れていた。


 ギャギャギャ……


 にじり寄る魔物たち。

 俺はスクッと立ち上がると短剣を手に向かって行く。


「おおおおぉぉぉぉ!!!!」


 やっぱりお前の回復魔法は凄いよスフィア。さっきまであんなに疲れていたのにもうこんなに動けるんだから。でも、確かに魔法は万能じゃないな。お前の神秘回復ホワイトリザベーションでさえ毛根とポッカリ空いたこの胸の傷は治せないんだから――――





――――カナン山山頂関所


「ピクルス様~」

「ん? どうしたサイ君」

「ピクルス様。勇者ファーウェルの残党狩りの件、追っていた仲間から電報が届きましたよ」

「あ、そう」

「何か不機嫌ですね? 最近絶好調なのに」

「別に。それよりサイ君。目下の脅威は去ったわけだが今後の勇者の対策についてミックスベリー将軍に進言したい事がある。時間を調整してもらえないか」

「かしこまりました。電報ここに置いておきますね」

(ちっ、あの僧侶惜しい事したな。予想以上に手こずったし……これは根本から対策を打たないとな)


 気持ちを切り替えてサイ君から受け取った電報に目をやる。そこには一文のみ



――――勇者ファーウェル一行全滅――――

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