第49話 四獣王の実力

 『聖水結界』。この世界のほぼ全ての村や町を守護している結界…… 

 この結界、実は万能ではない。


 以前勇者ファーウェルたちを殲滅する作戦を立てる際に『聖水結界』については詳しく調べていた。『聖水結界』は神の聖水と呼ばれる水を土地の龍脈と呼ばれるポイントに染み込ませる事で二つの効力を発揮する。それは魔法の無効化と魔物の弱体化である。

 ファーウェルたちとの戦闘で逆手に取った移動魔法瞬間帰還サトガ・エリのポイントマーキングが町に直接行えない理由もそれだ。


 つまり町中での魔法使用ができないのは魔物も人間も同じ。そして実は町中に魔物が攻める事は「可能」だ。

 長時間結界内にいれば命を落とす危険性もあるが町に入る事ができないわけではない。ただし『聖水結界』内では魔物はその力を十分の一も出す事はできない。それ故に町を攻めるのは非常にリスクが高いのだ。しかし逆に言えばリスクさえ負えば町内部まで攻める事は出来る為人間側としては魔物が襲って来た際は町に逃げ込める範囲で軍を展開するのが常套手段となっている。


「で……定石通り王都カレンダの兵士さんたちが出て来てくれました、と」


 王都カレンダまで目前と言う所でやっと兵士が俺たちの前に現れる。数も二十人ってとこか、こちらが三匹しかいないと思って軽視しているようだな。

 流石に王都ウエディとここまで離れた場所で戦闘になるとは予想外だったな。まあ仕方ない、ウエディの偵察隊はカレンダの中にも潜伏しているだろうし情報は伝わるだろう。


「魔物どもぉ! この場所を何と心得る! 王都カレンダ領内であるぞ! 貴様らは野に帰るが良い。さすれば命までは取るまいぞ!」


 兵団のリーダーらしき男がこちらに向かって吠える。


「ふーん、つまり命が惜しいからできれば戦いたくない。見逃して欲しいって言っているのかな?」


 俺は一歩前に出て兵団の長に話しかける。


「無礼な! ここ最近調子づいてこの王都カレンダに攻めて来ているようだが我らがいる限りその汚い足を一歩たりとも王都に踏み入らせはせんぞ!」

「分かった分かった、別に踏み入る気はないから安心しなよ。ただお前等はここで死ぬけどな」

「な、なんだと?」

「ニュウナイス。トレスマリア。一人も逃がすな、殺せ」


 俺はパチンと指を鳴らす。


「ちゅんちゅん!! 凄い! 凄いでちゅピクルスちゃん!! 今のどうやったでちゅか? もう一回やって! もう一回やって~!!」


 羨望の眼差しでこちらを見つめるニュウナイス。

 どこに食いついているんだお前は……


「い、いや……ほらこうやって中指と親指で……」


 俺はもう一度指を鳴らす。


「ほわ~不思議でちゅ~! ピクルスちゃんピクルスちゃん! 今度僕にも教えて欲しいでちゅ!」

「わ、分かった。敵を全滅させてからな」

「わ~い嬉しいでちゅ!」

(お前には手がないから教えても無理だと思うけどな……)

「さあ行くのだニュウナイス! そしてトレスマリアよ!」


 ……

 ……あれ?


 今度はトレスマリアの姿がない。


「……トレスマリアは何処に行ったのだ!?」

「トレスマリアならそこでちゅけど?」


 ニュウナイスの指さす方向には何やら黒い影が……


(影……? いやあれは穴……ウサギ穴だと!?)


 なんであいつだけ動物の習性が色濃く出てるんだよ! 『玄武』のくせに! 


「す、すまんニュウナイス。前方の兵は任せたぞ」

「了解でちゅ」


 俺は穴の方向へ駆け出す。


「に、逃げたぞ! 追――」


 ヒュン!

 カレンダ兵が言葉を言い終わらぬ内にブシュ――っと赤い鮮血が喉笛から噴き出る。


「な、何が起こったのだ??」

「ピクルスちゃんの邪魔しちゃ駄目でちゅ。舌切っちゃうでちゅよ?」


 くちばしを赤く染めながらニュウナイスはチュンチュンと鳴く。



「おいトレスマリア! 敵が目の前にいるのだぞ!? さっさと出てこないか!」


 俺は地面に掘った穴の中で幼虫のようにうずくまるトレスマリアに呼びかける。

 穴の中から面倒くさそうにこちらに向け首を捻るトレスマリア。


「ピクルッシュ。私は疲れたんだ。なんだか、とても眠いんだ」


 そう言ってそのまま安らかな寝顔を見せる。


(それ冬眠じゃなくて死ぬ奴だから! そもそもまだ何もしてねーだろお前はよぉぉ!!)


 プッツン来た俺はトレスマリアの耳をガシッと掴み地上に引っ張りあげる。そして笑顔のままドスの聞いた声で話しかける。


「こんなところで寝たら風邪ひくぞ~トレスマリア……いい加減仕事しろや」

「い、痛い痛い……もうピクルス君ったら……乱暴なんだから……キュン」


 やれやれと穴から出てくるトレスマリア。


「さあ、早くニュウナイスと共にカレンダ兵を蹴散らすのだ!」

「え? もう終わってるみたいだけど……ぴょん」


 ……へ? 

 後ろを振り向くと二十人はいた兵たちが血まみれで倒れていた。

 マジか!? まだ五分と経ってねーぞ!?


 ニュウナイスは転がった兵士の甲冑の上で毛づくろいをしている。


「本当に……もう倒したのか?」

「まあニュウナイスなら当たり前……ぴょん」

「そ、そうなのか、凄いな。しかしその戦いっぷりを見る事ができなかったのは残念だな」


 だがそれ以上にニュウナイスの強さは嬉しい誤算だ。労いの言葉をかけに俺がニュウナイスの方へ歩き出そうとしたその時、ピンッ! とトレスマリアの長い耳が何かに反応する。


「どうしたのだトレスマリア?」

「ピクルス君……ラッキーね。私の戦いっぷりも見れそうよ……ぴょん」

「……?」

「八時の方角から兵士と思われる足音が三十……いえ四十はいるぴょん」

「何? お前聞こえるのか?」

「聞こえるだけじゃない……ぴょん」


 グイッと自分の左耳を俺の方に向けるトレスマリア。その耳からはマイクで音を拾うかのように兵士の足音と、その話声まで聞こえてくる。


「……なるほど、これがお前の『超越技能イレギュラースキル』か」

拡散聴力イコライザーっていうの。便利でしょ、ぴょん」


(確かにこれは便利だ。戦闘向けではないがこれほど役に立つ能力もそうそうないぞ)


「ニュウナイス!」


 俺は一仕事終えたニュウナイスに声をかける。


「あっ! ピクルスちゃん。次は何をすればいいでちゅか?」

「カレンダの兵の殲滅ご苦労だった。だがどうやら敵の増援が来ているらしい。頼めるか?」

「もちろんでちゅ! それよりさっきの音を鳴らす奴教えてほしいでちゅ!」

「あぁ、これは指パッチンと言ってな……」


 ニュウナイスに指パッチンの講義を行う俺。

 そうこうしている内にカレンダの城門から援軍がゾロゾロとやって来る。


「もう来たでちゅか? まだ僕は指をパッチンできていないでちゅのに……」


 ガックリと肩を落とすニュウナイス。


「じゃあ今度はこれにしまちゅかね」


 ジッと地面に突き刺さったカレンダ兵の剣を見つめる。すると見る見るうちにニュウナイスの体が剣の色へと変化する。


「じゃあ行ってきまちゅね」


 ビュン!

 そう言ってカレンダ兵に向けて凄まじい勢いで飛び去る。


「な、何か向かって来るぞ! 撃墜しろぉ!!」


 後列に陣取った弓兵がキリキリと弓を引く……が、矢を放つより遥かに早く弓兵の首はニュウナイスによってポトリと落とされる。


「なっ!? 馬鹿な!! なんだこの鳥は!?」


 近くにいた兵が恐怖に慄きながらもニュウナイスに向けて剣を振り下ろす。

 ガキィィィィン! 鈍い金属音同士の衝突音が響く。


「か、硬い……どうなってい――」


 驚く暇もなく今度は超速で心臓を貫かれるカレンダ兵。


(おいおい……滅茶苦茶強ぇじゃねーか!)


「『超越技能イレギュラースキル等価硬化カメレオンセキュア。ニュウナイスは凝視した物と自分の体を同じ硬度にする事ができる……今のニュウナイスは鋼の塊。それがあの速度で自由自在に飛び回るのだから人間ごときに太刀打ちする術はない、ぴょん」


 俺の横で博識ぶったトレスマリアの解説が入る。 


(なるほどな、確かにあの飛行速度で意思を持った鋼の剣が襲い掛かって来るとか脅威だわ)


「ひ、ひぃぃぃ!!」


 あまりの出来事に錯乱したカレンダ兵が一人ニュウナイスから逃げるようにこちらに向かってくる。


「さて……では私も戦うとしましょうか、ぴょん」

「おい、大丈夫なのかお前の『超越技能イレギュラースキル』は戦闘向きではないんじゃあ……」

「な、なによ。心配してるつもり? 別にあんたなんかに心配されても嬉しくなんてないんだからね! それに私の必殺技はパイルドライバーなんだから勘違いしないでよね!」


 そう言って遁走したカレンダ兵に向かって行くトレスマリア。

 そして怯えるカレンダ兵をガシッと摑まえるとそのまま自慢の脚力を活かして大ジャンプを決行する。


「おぉ……って! おいおいおい!!」


 遥か上空を見上げる俺。

 その大跳躍の高さは大よそ三十メートル! そしてその高さから地面に目がけて……


「ラビットパイルドライバァァァァ――――――!!」


 脳天から地面に突き刺した。

 肩まですっぽりと地面に根付き絶命するカレンダ兵。


 と、飛びすぎだろ……これは痛そうだわ……。

 って言うかこれが出来てなんで五階の高さから落ちたくらいで足を怪我するんだ?


 その後も二人の四獣王によって成す術なく蹂躙されるカレンダ兵たち。目前にある城に帰る隙すら与えてもらえず絶望の中その命を奪われていくのであった……




――――「さて、これで改めて全滅だな」


 俺は血に染まったカレンダ領内を見つめながら呟く。


「もう終わりでちゅか? それなら指パッチンのやり方もう一回教えて欲しいでちゅ」

「久しぶりに運動したら汗かいちゃった……ピクルス君、恥ずかしいからあんまり近寄らないでよね!」

「本当にご苦労だったな二人とも。その力、十分に見せて貰ったぞ」


(しかし四獣王……予想以上だったな)


 援軍も含めて六十の兵士を倒すのに十分と掛かっていない。下手したらこの二人だけでこのまま城を落とせるんじゃないか? そう思わせるほどの無双っぷりだった。ノワクロとの戦いを前にして十分すぎる戦闘データだ。

 そしてインパクトも十分、噂話の尾ひれをつける必要すらない。この王都カレンダの大敗は王都ウエディにも驚愕の結果としてすぐに広まるだろう、上々の結果だ。



(それにしてもこいつ等結構高そうな装備してるな~。通常兵士と戦ったのって初めてだけど皆こんないい物装備してんのか?)


 俺はカレンダ兵の亡骸の横を歩きながら地面に突き刺さった剣を手にする。


「これとか結構いい金属使ってんじゃねーの? 刀身の割に軽いしよく切れそうだ」


 ブンッと横に剣を振ってからポイッと投げ捨てる。


「まあこっちには関係ない話だけどな」

「ちゅんちゅん。凄いでちゅねピクルスちゃん! それがピクルスちゃんの『超越技能イレギュラースキル』でちゅか?」


 ニュウナイスが声を掛けてくる。


「は? いや、私はお前達のような特別な技能スキルは持ち合わせていないが……」

「またまた~。今人間の武器を装備したじゃないでちゅか」

「え? いやいやこれはただ手に取って一振りしただけだから……」

「……? だから『超越技能イレギュラースキル』じゃないでちゅか?」


 『超越技能イレギュラースキル』? これが? 

 確かに魔物は決まった武具しか装備できない。それは俺の前の『ピクルス』が証明している。でも元々人間だった俺にとってはこんなの普通の事だ。だがただ手に持って一振りしただけで……これが装備していると……?


 いや……言えるのかもしれない……どんな巨漢の魔物でも自分の武具以外はナイフ一本持つことはできなかったのだから。


 兵の腰巻にさしてあった鞘を抜き取り自分の腰にさし直す。そして先ほど放り投げた剣を拾いあげ鞘に納める。


(……俺の技能スキルについては検証してみる必要があるな……だが今はノワクロの事が先だ)


「二人とも戻るぞ。作戦はこれより最終段階に入る」

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