第32話 遭遇

「このどでかい球体にどうやって入るんですか?」


 俺たちはメカチックシティを覆う反転重力場アンチグラビディの巨大な黒い球体の前まで来ていた。


 すでに目の前の黒い壁が球体とは視認できない。

 なにせ船着き場から意外と近いな、とか思っていたらここに来るまで丸一日掛かったくらいだ。完全に遠近感がぶっ壊れるレベルの大きさだった。


 そしてそれは同時に町の広さを表しているとも言えた。

(こんな広い町の中から勇者ポシェットを探すのかよ……)


 正直ウンザリする。

 今回の俺の主たる目的はあくまで『確認』だからだ。四大将軍会議で見知った情報を元に立てた仮説が合っているかどうか。それが確認できれば今回はまあOKだ。


 目の前の黒い壁をまじまじと見つめながらそんな事を考えていると、一人黙々と壁の前で作業を行っていたプラムジャム将軍が声を掛けてくる。


「軍師クン、あまり近づくト危ないゾ」

「あ、はい。分かっていますプラムジャム将軍」


 当然だろう。頼まれても触らない。

 ゴォォーーーーと低い音で唸りをあげる黒い壁。触ったらただでは済まない事くらい教えて貰わなくても直感的に分かる。もしこの壁に突っ込んでいくやつがいるとすれば相当な馬鹿……


「あ……」


 一瞬思い出したくもないキツネとヤギの顔が頭をよぎる。


「ン? ドウした軍師クン?」

「いや、なんでもないです」

(あの二人もしかしてペシャンコに潰されて死んだかな……)


 ま、いいか。


 奴らはポシェットを倒す槍の一つになればと考えていたが死んだなら死んだでまあしょうがない。それが奴らの運命だったという事だろう。


 そもそもあの二人、今回に関してはその浅はかな知恵を信頼はしていたが信用はしていない。ポシェットを倒す0か100かの博打策に過ぎない捨て駒だからな。

 それより気になるのは……


「プラムジャム将軍。結局これで全員なんですか?」


 振り向くとそこには大量のカラクリ兵が整列している。

 大量の……と言っても船着き場からメカチックシティまでの道中、野生のカラクリ兵を引き連れて来てやっと二百といった所だ。プラムジャム将軍の本拠地であるこの地で護衛としてはあまりに少ない数だ。


(そもそも野生のカラクリ兵ってなんなんだよ!?)


「イ……イヤーほんとにおかしいナ。いつもはもっと待機シテるんだヨ。こう町を囲うようにシテ監視の為にサ。ホ、本当だゾ!」


 蒸気をピッピーと吹きながら熱く語るプラムジャム将軍。

 別に疑ってはいない。多分その通りなのだろう、いくらブリキ将軍がポンコツでもそこに嘘をつく理由はないからな。


 つまりこの事態、考えられるケースはそう多くはない……か。


「ン、何を溜息ついているんダ軍師クン?」

「いえ別に……」


 今回は状況を見て早めの撤退も視野に入れておいたほうがいいか……

 まあ少ないと言っても二百体のカラクリ兵と赤獅子のレオナルドもいるしな。後方待機ならひとまず危険はないだろう。ただ……


 直立不動でプラムジャム将軍の近くに立っている青い髪のエルグランディスの方にチラリと目をやる。


(念のためあいつからは離れておくか……)


「オーイ、軍師クンそろそろゲートヲ開くゾ。離れテいなさイ」

ゲート?」


 やはりどこかに入口があるのか。まあこんな重力場に普通に突っ込んだら死ぬわな。

 ん……?

 

 プラムジャム将軍は黒い壁の方を向くと体を大の字に大きく広げる。

そしてブリキの体の胸部がガパッと開くと大砲の筒のようなものがグイーンと全面に押し出される。


 ウォンウォンウォン……


 そして体全体から放たれる光の粒子がプラムジャム将軍の胸部に集まってくる。


(おいおい……ゲートってまさか!?)


ゲート発射!!」

「やっぱり力技で開けるのかよぉぉ!!」


 もの凄い勢いで岩壁に隠れる俺。

 凄まじい熱を帯びた荷電粒子砲が眼前の反転重力場アンチグラビディを直撃する。


 ズオオオオォォォォン!!


 磁場が偏向し中和されメカチックシティを覆う反転重力場アンチグラビディに直径二十メートル程の大穴が空く。


(おぉ……マジで凄ぇ。やっぱり将軍の名は伊達じゃねぇんだな)


「サア、コレで……ナカ……ニ……入レ……ル……」


 体全体からプスプス焦げ臭い匂いを放ちショートしている。荷電粒子砲を打ち出した筒はその役目を終えてドスン…と根元から地面に転がり落ちた。


「って死にそうじゃねーか!?」


 なんで最後の一撃みたくなってんだよ! 

 お前いつもこうやって中に入ってたの!? そりゃあ命にも関わるわ!


「ダ、大丈夫ダ……半日はまとモに動けなイが皆と共に移動スル程度なら問題ナイ」

「そ、そうなんですか……? とてもそんな風には見えませんけど」


 ガシャンッ、と今度は右腕が地面に転がり落ちる。


「モ、問題ナイ。いつもの事ダ。それにこの穴は二、三日は空いたままだからナ、安心したまエ」

「はあ、そうなんですか……って!?」


 いや安心しちゃ駄目だろ!? 

 こんなでかい穴が開きっぱなしだと勇者が外にで放題じゃねーか! メカチックシティ内に閉じ込めておくんじゃなかったのかよ!?


「サア、先を急ごう。この穴ヲ潜ればそこはもうメカチックシティダ」


 ……レモンバーム将軍がこの事知ったら殺されるなこのブリキ。

 それに謎が解けたわ。メカチックシティ近辺の機械兵がいない理由はやっぱり……

 こりゃあ本当に入り口付近で指揮だけ取っておいたほうが良さそうだな。



 円形の大穴を潜りメカチックシティに足を踏み入れた俺は一目で感心する。


「おぉ、こりゃ凄いな」


 明らかに他とは文明レベルが違う事が一目瞭然であった。

 懐かしささえ感じる高層ビルのような建物とこの世界では初めて目にする舗装されたアスファルト。所々咲いている花は人工的な造花、空中には以前は使っていたであろう運搬用と思われる透明で筒状のレーンまで敷いてあった。


(ひょっとして元の世界より文明レベルが上かもな……ん? あれは……)

 

 その透明なレーンの上をガクガク震えながらしがみ付いている見覚えがある二匹の魔物と三人の……女の子?

 それにあの真ん中に座ってる金髪の少女……なんか見覚えがあるような……


 それを見たプラムジャム将軍は一人呟く。


「ポシェット……」


 ……おいおいマジかよ……



――――メカチックシティに踏み込んで約一分。


 俺はこの世界で初めて勇者の脅威を知る事になる。

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