第43話 Level99(カンスト)勇者

「……ピ……ス……様……起き……くだ……い」

「むにゃ?」


 聞き慣れた声が俺の安眠を妨害する。


「ピクルス様! いい加減起きてくださいよ。最近寝てばかりじゃないですか」

「……もうこんな時間……か、ごめんごめんサイ君すぐ起きるから先に行っといて」


 そう言って布団をかぶり直す俺。この世界にも四季の変化はあるらしく最近は少し肌寒くなって来た。ふかふかのベッドで寝るには絶好の気候なのだ。


「もう早くしてくださいね。今日はアールグレイ将軍も来ているんですから」

「え? そうだったっけ?(また来てんのかあのダチョウ)」

「そうですよ。最近また気が緩んでますよ、しっかりしてください」

「はいはい。いいから先に行って準備しといてよ」

「一時間後にはいつもの場所で会議ですからお願いしますね」 


 分かった分かったと両手でジェスチャーしながらサイ君を部屋から追い出した俺は大きな欠伸をしながら仕方なくベッドから起き上がる。



 メカチックシティでの勇者ポシェットとの戦いから半年……俺はここ一ヵ月人生最高の時を謳歌していた。

 

 勇者ポシェット撃退の戦果は当然俺の手柄として扱われた為、ブリキ将軍の代わりに将軍職も……と思っていたのだが俺に打診はなく結局北の大地アトランティスは魔王直下の統治地区となり現在は立ち入り禁止地域となってしまった。

 最初は納得がいかなかったが今にして思えば将軍職について北の大地復興の激務に携わるよりも今のポジションで自由気ままにやるのも悪くない。そう思わせるほどの魔性の魅力がこのベッドにはあるのだ。


 チラリと壁に掛けてある時計を見るとすでに正午を過ぎていた。


(今日もまた昼過ぎまで寝てしまったのか……最高だ……)


 ダチョウ将軍が来ているからと言って急ぐ理由にはならないが確かにサイ君の言う通り俺はここ最近緩んでいる自覚がある。

 しかしそれも当たり前というものだ。勇者が育つ前に早めに狩ってしまう『サンドイッチ作戦』も順調に機能しておりここ三カ月はミックスベリー将軍の統治する地域で『勇者観測記』に載るような危険度の勇者を一人として輩出させていない。

 

 また既存勇者への対策も抜かりはなく「無駄にレベルアップをさせない」という観点からランクC以上の勇者を発見した場合は必ず戦わず逃げるように徹底させている。その際には勇者の行動地域だけを特定させミックスベリー城に配置している手練れのビースト軍筆頭戦士を複数送り込む算段となっている。

 この『逃げるが勝ち作戦』を運用したのは四ヵ月ほど前からだが一定の成果をあげておりミルウォーキー大陸で確認されていた危険度Cランクの勇者を二人始末する事に成功した。

 そんなこんなで勇者対策に追われそれなりに忙しかったのだがここ最近はやっと着手した作戦が軌道に乗って来た為ゆっくりできる時間が増えたのだ。


(会議は一時間後だったよな……とっとと済ませて二度寝でもするか)


 それにしても最近ダチョウ将軍は頻繁にミックスベリー城に来るようになった。理由はダチョウ将軍の統治するイーシオカ大陸の勇者を退治する為に俺に知恵を貸りたいという殊勝な心がけからだ。

 すでに『サンドイッチ作戦』は取り入れる事が決まっており現在は魔物の配置図を一緒に考えてやっている。頭は悪いが良い物を良いと素直に受け取れるだけ見込みがあるダチョウだ。


 しかし首も長いが話しも長いのがこのダチョウの悪いところで前来た時にはブリキ将軍との思い出話を延々と三時間もされた。来訪頻度が増えている事も相まって最近は相談に乗るのもあまり乗り気ではないのだが一応将軍職ということで円滑な関係を築いておきたい。それに万が一ブリキ将軍が生きていた時に面倒な事にならないようこいつも掌握しておく必要があるからな。

 俺は頭をポリポリとかきながら会議に出席する準備を整える。



「遅くなって申し訳ございません」

「うむ。忙しいところすまないなピクルスよ」

「よう軍師さん。また来たぜ!」

「お久しぶりですアールグレイ将軍」

「クェクェ一ヵ月ぶりくらいかな? お蔭様で随分と助かってるぜ」

「それはなによりです」


 大聖堂の会議室で椅子にもたれ掛かりながら挨拶してくるダチョウ。会議にはいつものようにミックスベリー将軍とサイ君……ん……? 今日はキツネとヤギがいないな?


 ダチョウ将軍が来ているから遠慮しているのか? いや来ているからこそ意地でも参加してくるのがあいつ等だ。


「あの、キュービック軍師とスクエア軍師は?」

「ああ、あの二人なら城にはおらぬぞ」

「え……なんでですか?」

「なんでも勇者を殲滅する凄い策を考え付いたとかで三日程前から出かけているのだ」


 そうなんだ……魔王軍が滅びるような策じゃなければいいが……


「クェクェクェ。ベリーよ、ここは活発でいいな。ウチも軍師制を採用しようかな」

「お勧めするぞアールグレイ、特に複数の軍師制をな。考えもつかないような案を切磋琢磨して出してくる。三人とも実に有能な我が軍の誇る軍師だ」


 おい、あの二人と俺を並べるな。


「まあベリーの所のピクエアビック軍師くらいになるには時間が掛かるだろうけどな」


 ユニット名みたく言うな。そして俺をあの二人と並べるな。


「ではこれで出席者は揃ったという事で宜しいのですね。早速会議を始めましょう」


 少しふて腐れ気味に場を仕切る。さっさと終わらせて寝たいんだ俺は。


「うむ、そうだな。では今回の会議の議題だが……勇者ノワクロの殲滅について、だ」

「……!? 勇者ノワクロ!? ってあのノワクロですか?」


 ミックスベリー将軍の言葉に驚く俺。それもそのはず、その名前は『勇者観測記』に記されている危険度Aの勇者の内の一人だったからだ。


「確か『勇者観測記』によると仲間パーティーを連れずに単独ソロで行動しているっていう……」

「そうです。その勇者ノワクロです」


 サイ君が話に割って入る。


「勇者ノワクロ。イーシオカ大陸出身の三大勇者が一人。その実力は全勇者最強とも言われ単独ソロでありながら危険度Aにランクする唯一の人間でもあります」


 当然知っている。危険度Aの勇者の情報なら隅から隅まで熟読したからな。それにこいつのデータは少し気になる事があった。


「サイ君……勇者ノワクロのレベルは把握しているのか?」

「いえ、正確には。なにせレベルアップの光をカウントする以外こちらに確認する術はないですからね。でもレベル50以上はあるという噂です」

「そうか……いや、ならいいんだ」


『勇者観測記』には戦闘履歴も記載されている。だがある時期からノワクロは戦闘の所要時間、使用魔法に変化が無くなりレベルアップの光も観測されなくなっていた。


 恐らく勇者ノワクロのレベルは99カンスト……つまりは究極的な所まで自己の能力を高めた唯一無二の勇者なのだ。

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